近未来人形戦闘兵器はサトバも喰える

三鷹たつあき

Episode1 異常に熱い時代

熱。嫌い。人を異常な気質にさせるから。寒ければ凍えておとなしくしていればいいのに人はそんな季節にも熱を求める。それは温かさじゃないわ。もっとドキドキすること。成功、結果、強さを求める。だけどそれはあなたの限界を超えた力。あなたには扱いきれないはずの力。そんな力を手に入れること自体が無理なこと。それでも人はそんな力に憧れる。それを手にする為には他の人と争うことがなによりてっとり早いの。人を傷付ける。男を、女を傷付ける。だから熱は嫌い。夏も冬も嫌い。夏は縮こまっていても熱を浴びるから。冬は活動的に動いて熱を得ようとするから。人はいつでも熱に包まれている。だから人は嫌い。


 異常に熱い季節。西暦二千四十四年の夏。天高くまで続いている蒼い空に白い雲が座している。もう、雲は浮いていると表現するのは適切ではないわ。雲の上半身は少しずつ形を変えていくが、下半身はどっしりと腰を下ろしてそこから動かないの。まるで大きな山みたいに見えるわ。夏は人を狂わせる。人の脳は茹っている。あたしは嫌いな夏の空をすごいスピードで駆ける小さなジェット機を見上げていた。


蒼い空、真っ白な雲。蒼白い顔。神谷翔という少年を乗せたその小型の戦闘型ジェット機は東京都心から埼玉県大宮市に向かっている。これはClipzeon(クリプジオン)のジェット機。あたしは何度もその機体に乗ったことがある。今日も乗ることは可能なのだけど、なんだか気分が悪いから今回は他の人に任せた。機体が向かう先では日本に降り立った数が五体目だと認識されている「もの」と呼ばれる怪物が人を捕まえては喰らうという怖ろしい振る舞いをしているらしい。ものの頭上にジェット機が到達した途端に翔はパラシュートを開いて地上に舞降りる。空中で手首に巻いたバンドのスイッチを押した。するとどうしたことだろうか。少年の身体は近未来的な戦闘服に包まれる。戦闘服にはごつい装甲などなにもない。ただひとつ装備しているのは両肩にある突起で、そこから弾丸を打ち出せるらしい。少年の体型にぴったり合うサイズの真っ赤な戦闘服は実に彼に似合っている。特徴的なのはふたつの瞳の他に額にももうひとつ瞳があること。目が三つもあるとこの世はどのように見えるのだろうか。戦闘服というよりは、まるで求道者の恰好のようだとあたしはいつも思っていた。


この姿になったときの彼はジャナンと呼ばれている。ものは、ジャナンの姿を発見すると攻撃対象をそれだけに定めたわ。ものは人間の少年程度のしなやかな肢体なのに、顔だけが異常に大きくその殆どが口であった。鼻も瞳も確認できるが、それらに比べて口だけが人間ひとり丸呑みにしてしまいそうなほど大きいの。ものは個体によって姿形が異なるが、今日発見されたものは随分と気持ち悪い形をしているわ。  

地上に降り立ったジャナンと手を握り合って力比べをするが、ジャナンに分がある。ジャナンの体重を支え切れずにものは大きく背をそらしてこられる。やがてものは蹴り飛ばされ激しくビルの壁に叩きつけられた。十階建てのビルはものが衝突した部分が粉々になってしまい崩落する。それでも、ものはすぐに体勢を整えてジャナンに立ち向かう。そのくらいやつ等の身体は強くて頑丈にできているの。人間の使う兵器では太刀打ち出来ないということが分かるでしょう。


ものは腕力ではジャナンに勝てないと認めて大きな口と力強い顎でジャナンに噛み付こうとするわ。顎の力は腕力よりずっと強い。

遂にジャナンは大きな口に噛み付かれてしまったわ。ものの口の中には鋭く尖った太い歯が並んでいるので、ジャナンの身体も激しく傷付けられてあちこちから血が流れている。ものはさらに顎に力を集中させてジャナンの上半身を噛み砕こうとする。ジャナンはなんとか口を開いて脱出しようと腕に力を込める。あたしはジャナンの身体が半分に喰いちぎられてしまうのではないかと予感した。だけど、ジャナンは、翔は頑張った。ゆっくりとものの口をこじ開けて、口から抜け出すとそのまま両腕に力を込めて、ものの口をふたつに裂いて殲滅した。ものの死体はその場に残らずに空気に溶け込むように消えていく。これまでに死んでいったものも同じように消えていったな。


 ものの死体がすっかり消えた後、ジャナンは多くのマスコミに囲まれる。できればそうなる前に立ち去りたかったのだが、ものを処分した後はどうにも気だるくなり、すぐには動けない。なぜか。疲労のせいだけではないのよ。それもジャナンというものの特徴なのね。


翔はマスコミというものに大きな疑問を感じていた。いや、仕事をするおとなというものすべてに怪しさを感じていた。人がものの近くにいるということは、その命が狙われる可能性が非常に高い。なぜ、命を賭けてまで報道という仕事をする必要があるのだろう。おとなにとって仕事とは一体なんなのだろう。翔にとって仕事とは人命を守ることである。ものを殺すことは二の次なの。人々がものを怖れて、その場から逃げきってしまえば敵を殺す必要はない。ただ、追い払えばいいだけなのだ。人の命を失わないことが一番肝腎な使命なのだが、おとなはなにを考えているのか危険の前に身を晒そうとする。それが勇気であり、美徳であると思っているようにすら見える。命と引き換えても仕事をまっとうすることを優先しているようだわ。おとなが愚かな行動をとらなければ、翔は戦わなくても、殺しもしなくてよいのだ。つまり翔は自分の命まで掛ける必要はないのだ。ただ、おとなはそれでは満足しない。翔とものの戦いを期待する。ものの殲滅に期待する。おとな達は自分が死ぬかもしれないという自覚があるのかどうかはしらないが、彼等が自分の身を守るという行動をとらないから翔は仕方なくものと命を懸けて戦わなくてはならないの。翔はまるで自分がおとな達の商売道具になっているようだと無念を感じる。おとなも仕事よりも命を大切にしたらよいのに。時々おとなが嫌になる。


そして、翔は再びジェット機に乗せられてクリプジオンの本部に帰る途中で独り言を言うのよ。

「今日も死ぬかと思った。ギリギリ勝てた。人を喰らうものから多くの人を守れた。また殺した。人を守る為にはなにを処分してもいいんだよね。人を守る為に敵を殺した僕は褒めて貰えるこどもなんだよね。胸を張っていいんだよね。」 

あたしはおとなから期待されることも励まされることも嫌いだった。翔は逆にそれを望んでいるみたい。

おとなはこどもに将来の夢や目標を持つことを期待する。いや、強要する。自分の目標をはっきりさせて、それに向かって努力するのがこどもの務めだと思っているようだわ。そんなおとながあたしは大嫌いだった。あたしはおとなになってもこどもにそんなことを要求するおとなにはなりたくなかった。もしもあたしがおとなになるまで生き続けられるのであればこどもにはそう接したいと思っていた。こどもに未来の夢や目標を持たせることが厭わしかった理由。ひとつは、こどもはもっと自由な生きもの。明日には今日まで興味のなかった将来に夢を見るのは当たり前のこと。ひとつは、こどもは未来の為に生きているのではないということ。こども達は今日一日愉しければそれでいいの。あたしももちろんそうだった。未来の自分より、今日の自分を大切にしたいの。その理由のひとつは、あたし達がおとなになるまで生きているとは信じられなかったから。人はいつどこで死ぬのか分からない。そんなあたしが将来への投資ばかりに気をとられてしまうのがバカバカしいから。あたしは、捻くれた女なのかしら。別にそう思われても構わない。誰に説教されようともあたしは今日より未来を大切にしようという考えを死んでも受け容れることはない。明日が今日よりも幸せなわけがないわ。今日がこんなに素晴らしい日だったのだから。明日が今日よりもっと素晴らしい日であるなんて過剰な期待。明日は今日よりずっと虚しい日。あなたも未来に期待しない方が幸せに生きられると思うけど。

 

ジャナンレッドを身に纏う神谷翔は動植物に感謝しつつ、その命を頂こうという思想を広めた神谷啓の息子。翔は幼い頃から父が語る人がものを殺して喰うべきだという思想を聞かされていた為、必要があれば生きものを殺すことに抵抗はなかった。ものは、人を喰らおうとする存在なのだ。それから人の命を守る為に戦うことは卑しいことではない。ただ、抵抗がないこととすすんで取り組むというのはまったく違うことなのよね。翔はものですら殺したくはなかった。ただ、ものより人を上に置いているだけ。人の命を守る為の理由が必要なの。もしも、翔が人よりものを上に置いたら?今はやめておきましょう。そんな怖ろしい話は。


翔はあたしと同じで自分に、自分の行動に自信を持てない性質であったが、自分や他人が納得、満足する行為は思い切ってやり遂げようと努力する。そこがあたしと大きく違う。自信を持ったときの翔はみなもとの中でも随分と高い戦闘力を発揮するの。もともと有能なみなもとであるのに、自分に自信がないのでそれをなかなか発揮出来ないだけなのね。

 

翔は人がもっとものを怖れなければならないと考えている。助けてくれと叫んで欲しいのだ。ものを殺して欲しいと願う人の声が聞こえれば自信を持って戦えるのだからね。

 

自分に自信がないのはあたしも翔も一緒だけれど、あたしは翔とは違って誰かの為に生きるのが嫌いだった。他人に期待されると吐き気さえした。あたしを見て誰かが悦ぶ顔を見るのも好きではなかった。笑って欲しかったのは友達くらい。だから自分の価値は小さなものだと思い込んでいた。そのことが恥ずかしいとか情けないとはまったく感じなかった。誰かに褒められたり、感謝されるだけで気持ちがよくなる翔のことが少しだけ疎ましくて羨ましかったわ。


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