3.アリアとクリスの訪問

お父様と私はソファに座ると二人で静かに話し始めた。


「お父様もお聞きになっているのですね」


「ああ、大変急なことで驚いているよ。この間のアリアの聖魔法の発動のことでも驚いている最中なのに頭が混乱しそうだ。」


「ええ、そのことは私も驚いております。お父様にも婚約破棄のお話が陛下からなかったのですか?」


「ああ、昨日卒業パーティーに参列していた知人から聞いたのが初耳だよ。それに昨日はアリスが疲れていてとても聞ける状態ではなかったからな」


「ご心配をかけて申し訳ございません。…しかし、あの時クリス殿下は私に向かって陛下も了承していると言いました。」


穏やかなお父様の眉毛は普段はこうもあからさまに動くことはないがこの時ばかりは私にも分かる程に眉間に皺が寄っていた。


「そんなはずはないだろう!もしそれが本当だとしたら王家はアンリゼット家を辱めに晒しているということだ。それにアリスとの婚約を破棄してアリアを選ぶなんて…陛下の意思とは思えんな」


「ええ、そうなのです。陛下はそんなお方ではないと存じておりますので私は何かの間違いかと思ったのです」


私とお父様がこの婚約破棄に驚くことは無理もないことだった。陛下はラティア王国始まって以来の稀代の王とも呼ばれるほど民にとっても貴族にとっても素晴らしい君主として慕う者が多い。


温厚な性格とは裏腹に的確で冷静な判断でこの国を導いてきた。一番大きな成果としては奴隷制度を廃止し、闇魔法を使うと蔑まれていた奴隷階級に多いティズ族を解放したことは記憶に新しいものだった。


「私も陛下には幼い頃から気にかけて頂いておりましたので…そんな陛下が事前に相談もなくこのようなことをされる方ではないと思うのです。」


「私の方からも陛下に手紙を送るよ。アリスはしばらく屋敷で休みなさい」


「ええ」


「それにアリアと婚約した件も私は聞いていないし、クリス殿下のいつもの癇癪のような気もするがな」


「とにかく私は陛下からの返事を待ちたいと思います。」


私とお父様の話し合いが終わりそうになったその時だった。執務室の扉を叩く音がした。


「旦那様よろしいでしょうか?」


「なんだ?」


お父様が静かに答えると執事が困惑したような声色で扉の向こうから話しを続けた。


「アリアお嬢様とクリス殿下が今すぐに旦那様にお話がしたいといらしております。」


「アリアはともかく、クリス殿下が屋敷に来ることは聞いていないが」


「…それが何でも今回のアリスお嬢様との婚約の件で伺ったというのですが…あ!アリアお嬢様!まだ旦那様のお返事をもらっておりません!」


慌てる執事の存在を微塵も気にしないかのように執務室の扉が激しく開かれた。


「クリス…殿下」


そこにはクリスとアリアが肩を寄せ合って並んでいた。クリスはお父様に「急な訪問失礼致します。アンリゼット侯爵」と端的に言い放った。


「クリス殿下、お久しぶりでございます。」


「ああ、侯爵も元気そうで良かった。」


「しかし、本日はどういったご用件で?」


お父様も動揺しているはずだが決して顔色を変えずにクリスに本題を切り出した。


「アリスもいることだし手間が省けたな。本来ならばこういったことは陛下とアンリゼット侯爵の話し合いの末に決定することだが生憎陛下の具合が良くなくてな」


クリスは静かに側近のレイから厳重に管理された書面を受け取るとお父様の前に差し出した。


「これは」


「ああ、そうだ。陛下から正式に私とアリス嬢の婚約を破棄し、アリア嬢との婚約を結ぶことを了承したものだ」


お父様の方に書面は向けられているが陛下の署名がはっきり記載されているのが私にも分かった。お父様と私が言葉を失っていると静寂を破ったのはアリアだった。


「陛下はやはり素晴らしい君主ですね。しっかりと国の行く末を案じてるからこその判断ですわ。お姉様はもう聖魔法を発動できなくなって『聖女』ではないのですから」


「…アリア、口を慎みなさい。」


「本当のことですわ!以前からアンリゼット家で聖魔法を発動出来なくなったものは二度と扱うことができなかったと言われているではありませんか!」


アリアは私を睨みつけるとお父様に話しを続けた。


「とにかくお姉様とは違い私は聖魔法を発動しました。クリス殿下の婚約者の条件としては正当だとということを陛下も理解されたということですわ」


アリアはクリスの手を取ると二人で見つめ合い静かにクリスが喋り出した。


「それではアンリゼット侯爵、この件はまた後ほど返事をいただきたい。良い知らせを待っている」


アリアとクリスが出ていくとレイも静かにお辞儀をし、執務室を後にした。残されたのは正式な陛下の署名がされた婚約破棄に関する書面と眉をひそめたお父様と唖然とした私だけだった。

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