【三章完結】英雄になれなかった少年は、取り敢えずギルドを創設して生きることにしました
しいたけ農場
第一章 結んだ灯
1‐1
――ある時、大地に火が堕ちた。
それは瞬く間に燃え広がり、狭い地上を想うがままに焼き尽くさんとする灼熱の炎と化していく。
燃え盛るその炎は加減を知らない。
目の前にある、ありとあらゆるものを飲み込んで肥大化し、やがては自らを生み出した創造主すらも焼き尽くさんとした。
創世の時代、人と神が共に生きていた、今この時に語られる理想郷をも喰らい尽くし、多くの死を生み、不幸を呼び、世界そのものを変えてしまった忌むべき炎。
やがて、それは討たれた。
全ての火種を飲み込み、自分自身を維持することもできなくなり、哀れに、愚かに、最期を向けた。
斯くして、創世の時代は終わる。
そうして、神話の時代が幕を開ける。
炎による災禍を生き延びた者達は、その火に対して名前を付けた。
世界に仇なす災害、神をも飲み込んだ忌むべきもの、世界を闇に閉ざした混沌の主。
人はそれを、魔王と呼んだ。
そして魔王と戦った神の使途を、英雄と呼んだ。
神話の時代は終わり、人が歴史を紡ぐ時が巡る。
――そうして築かれた一つの歴史が、大きく動き出そうとしていた。
▽
一人の女性が一軒の屋敷の門の前で、空を見上げていた。
夕焼けに染まっていく彼方に、影が小さく遠ざかっていく。
「うわー、珍しいですねー。あれって飛空艇じゃないんですか?」
隣に立っていた、食材の入った紙袋子を持つ、メイド姿の年若い少女が、同じ方向を見上げながらそう言った。
「そうみたいだね。ま、あたしらには関係ないことさ」
「そうですけど……。凄いなぁ、今の代に魔法文明の象徴ってやつらしいですよ? 一度乗ってみたくないですか?」
「別に興味ないね。それより、買い物が済んだから次は夕飯の支度だよ!」
あんなものは、自分とは全く縁もない高貴な連中が乗り回すものだ。
「はーい!」
少し強めに言われても、少女は気にしてないのだろう。元気よく返事をして、屋敷の門をくぐって中へと戻っていく。
「元気にやってるだけでいいのさ。今はそう言う時代なんだから」
本人達には決して聞かせない言葉を、一人零す。
あんなものを景気よく飛ばせるほどに、今この国は豊かではない。先の魔王戦役と呼ばれる戦いの傷跡は、人々の生活にも心にも、深く刻まれている。
彼女とて、ここでこうして働かせてもらっているだけでも幸福なものだ。唯一の問題と言えば、雇い主である屋敷の主が味に煩いわりにいい食材を使うと経費に文句を言うことぐらいだろうか。
夜が来る前に屋敷の門を閉めようと背を向ける寸前、視界の端に何かが入り込んで、彼女は動きを止めた。
街道の向こうから、よろよろと歩いてくる人影がある。
最初は珍しくもない浮浪者かと思ったが、次第にはっきりと見えてくるその姿を見て、躊躇いを覚える。
ぼろぼろの布を纏い、よろけるように歩いてくるその姿は半分死人のようで、もう少し暗ければ魔物と誤認してしまっていたかも知れない。
それは、子供だった。
少年とも少女ともつかない顔の子供は、彼女の前まで歩いてくると、そこで力尽きるように倒れ込む。
「ちょっと、あんた!」
流石にそれを見過ごすことはできない。
傍により、身体を仰向けに起こす。薄っすらと開いた瞳を見て、彼女は息を飲んだ。
「……あんた……」
虚ろなその瞳の色は、よく見れば不思議な色の光彩を放っている。
偶然だがそれが人でないことの証であることを、彼女は知っていた。
「人造兵かい……」
▽
赤い炎が夜空を照らしていた。
赫々たる炎が星空を焦がし、天から絶え間なく降り注ぐ星の灯りすらも打ち消すほどの、巨大な光を放っている。
普段ならば、その壮大さに心を奪われていたかも知れない。しかし、それをただ呆然と見ている暇は、少年にはなかった。
焦げ臭い匂いと、悲鳴と、血の香り。
それらが混じりあった異臭に顔を顰めながら、少年は自分より幼い子供の手を引いて懸命に走っている。
とは言え、所詮は子供の足だ。炎と煙に巻かれ、崩れた建物の瓦礫が横たわる建物の中を走りぬけようとしても、できるものではない。
それでもどうにか、せめてこの手の中にある命だけは護り通そうと、炎に巻かれた熱の熱さに耐えながら走り続ける。
先程まで泣き叫んでいた少女はもう、ただ走るだけで精一杯なのか、声をあげることもなく、黙っていた。
少年は振り返らない。
恐ろしかったからだ。
これだけの死が充満した状況で、少年と少女が生きていることが奇跡のような可能性であることは、子供でも理解できた。
一緒に暮らしていた仲間達も、世話をしてくれていた人達も、ここに勤めていた兵達もみんな死んだ。
兵隊達は少年達に対して嫌な目を向けることが多かったので嫌いだったが、それでもその死を喜ぶことはできなかった。
だから、その奇跡が終わるのが怖かった。
後ろを振りかえれば、少女はもういないかも知れない。既に死んでしまっていて、本当は誰も手を握っていない可能性だってある。
嫌な想像を振り払いながら、けれどもそれが単なる自分の妄想であることを確かめることもできずに、少年は走る。
そして、いつも使っている出入り口の扉が見えた。
少年は初めて、少女を強く引っ張って、建物の外へと押し出した。
幸いにも、少女は生きていた。手の中にあった熱は、少年の恐怖が生んだ幻ではなかった。
「走って!」
少年が叫ぶ。
少女は振り返らずに、その場から駆けていく。
瞬間、強い衝撃が少年の背中を打った。
肺から空気が一気に漏れて、少年の身体が前のめりに倒れる。
勢いに逆らうことができずに扉から飛び出して、小階段を転がり落ちて、いつも歩いていた道へと小さな肢体が投げ出される。
立ち上がって、振り返ることもできない。
ただ炎の中からゆっくりと歩いてくる足音だけが、少年に自身の最期を伝えていた。
怖い。
痛い。
苦しい。
――悔しい。
どうして自分には力がないのだろう。
拳をぎゅっと握る。
それがせめてもの、少年の抵抗だった。
一歩一歩、足音が近付いてくる。
何か声がするが、その内容を聞き取ることはできない。
理解できたのは、もう終わりが近いということだけだった。
少年の運命の終わりは、ここで流転する。
短い悲鳴のような、間抜けな声がした。
何かが倒れるような、重苦しい音が響く。
生きている?
それを把握するまでに、僅かばかりの時間を要した。
やがて、少年が顔を上げる。
煙と、背中の痛みに咳き込みながら、自分の横を通り過ぎて行ったその人物を、必死で視界に捉えた。
鎧を纏い、その手には血に濡れた長剣。
精悍な顔立ちは、彼が潜ってきた幾つもの修羅場を、言葉を用いることなく語っている。
白銀の髪を靡かせるその姿は――。
「……英雄だ」
その日、少年は命の恩人であり、それからの日々を決定付ける憧れに出会った。
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