止まらないDM
星来 香文子
前編
今日の取材は、元有名Vtuberの女性の自宅で行う事になった。
Vtuberというものにさほど詳しくない私でも、その名前くらいは聞いたことのある人で、突然の引退宣言は世界トレンドワード1位にもなっていた。
それから2年、人気Vtuberを目指して配信を始める若者は多い。
しかし、それと同時にある問題が浮上していた。
ファンによる行きすぎた行動と、アンチファンによる悪質な誹謗中傷。
私はその実態を記事にすべく、今年入社したばかりの新人の三森くんを連れて、指定された住所の部屋番号を押した。
セキュリティのしっかりしていそうなタワーマンション。
そこに、件の彼女は母親と一緒に暮らしている。
「どうぞ」
社名と取材出来たことを伝えると、自動ドアのロックが解除され、私たちはエレベーターで11階にたどり着く。
1101号室の前で、もう一度チャイムを鳴らすとすぐに物静かな雰囲気の母親が顔を出した。
「お邪魔します」
「こちらへどうぞ」
案内された部屋はとても殺風景で、色が何もない。
白と黒、グレーでまとめられたシンプルなもの。
初めて対面した本人は、母親をそのまま若くしたような顔をしていたが、その声は事前に観た過去の動画と全く同じものだった。
「堂本
地声がもうアニメのキャラクターのような声だ。
高くて、少し鼻にかかっているような、可愛らしい声だった。
以下は、彼女本人に許可をいただき、録音した音声を書き起こしたものである。
なお、向井は私、真凜さんは仮名としてMさんとする。
* * *
向井:まずは、をはじめたきっかけを教えてください。
Mさん:はい。私はこの声で……昔からぶりっ子だとか作っていて気持ち悪いって、中学の頃に軽いいじめにあっていました。だから、人前で話すことは苦手だったんです。そんな時、Vtuberというものがあると知って……当時まだ高校生でしたが、始めてみることにしたんです。
向井:なるほど、Mさんの声は確かに個性的ですからね。「声優さんですか?」なんて、聞かれることも多いのでは?
Mさん:そうですね。V(Vtuberの略称)になる前から親戚の叔父さんとかには、将来は声優さんになれるって、よく言われてました。始めて一ヶ月でチャンネル登録者数は1万人を超えて、三ヶ月後には15万人。毎日どんどん増えて…………私はVとして活動することが楽しかったし、誇りを持っていました。高校を卒業しても、ずっとこの活動を続けていこうと……でも……
向井:二年前、あなたは突然引退してしまった。何があったんですか?
Mさん:DMです。悪質なファンからの……
向井:悪質なファン……とは?
Mさん:Vとして活動を始めた時、一番最初にスパチャをくれた人でした。まだ始めたばかりの頃だったので、当然最初は配信を始めても5人くらいしか視聴者はいなくて……でも、その人が何度かスパチャを送ってくれたおかげで、注目の配信として他の視聴者の目にとまるようになりました。そのおかげで、視聴者は500人近くまでいったんです。
向井:500人!? それはまた、急に増えましたね。
Mさん:すごく嬉しくて……配信が終わった後、Twitterでエゴサしました。そうしたら、私の配信を拡散してくれていた「大豆ケーキ」って人で……嬉しくてリプを送ったんです。拡散してくれてありがとうって……それからも、大豆ケーキは私を応援してくれました。深夜でも、配信を見に来てくれて、コメントもスパチャもたくさんくれて……いい人に推されているなって、最初はそう思っていたんです。それが、いつの間にか……
向井:悪質なファンになっていたと?
Mさん:そうです。大豆ケーキさんの他に「万場太郎」さん「段ボール槙野」さんって視聴者さんがいました。三人ともほぼ毎日私の配信に来るようになって、視聴者同士で喧嘩になって、コメント欄が荒れました。私が辞めるように言っても、ずっと同じ事で喧嘩して、そこに関係のないアンチから「死ね」とか「声だけで顔はブスだ」とか繰り返し同じコメントも……
向井:なるほど、それは酷い。
Mさん:アンチはブロックしましたが、その配信の後、大豆ケーキからTwitterにDMが来ました。「大変だったね、これからはああいう輩が現れたら僕が助けるよ」って……それで、モデレーターをお願いしたんです。
向井:モデレーターって?
Mさん:簡単にいうと、コメントを管理してくれる人です。アンチコメントやスパムコメントを見つけ次第ブロックしてくれるので……大豆ケーキさんなら初期からの視聴者さんだし、安心して任せられると思いました。でも……それが、そもそも間違いだったみたいで、大豆ケーキさんは、アンチでもスパムでもなんでもない、普通の視聴者さんをブロックしたんです。
向井:それは、一体どうして?
Mさん:「コメントの内容が、D(MさんのVtuber名)には相応しくないから」……と。
向井:相応しくない……?
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