第29話 射的なんかに本気になるわけが無いし

「わぁ〜!景品の数がすごいですね!銃もかっこいいです!」


「だなー。こんなに本格的な射的屋があるだなんて、さすが老舗だ……」


射的屋の暖簾をくぐると、そこには昭和時代の面影を遺した内装と、いかにも老獪な店主の姿があった。古風な景品棚には似つかわしくない最新のゲーム機も備えてあり、小さな子連れの先客が肩車をしてまで一生懸命に景品を狙っている。

俺と玲華は童心に帰ったように店を見て回ったが、一方で冬華はまだ不機嫌なご様子だ。



「冬華、もしかしてまだ怒ってますか……?」


「別に怒ってないし。あたしはここで見とくから、早くふたりでやりなよ」


腕を組んで壁にもたれ掛かる冬華。俺と玲華は仕方なく二人で店主のおじさんから銃を受け取り、コルク弾を詰めると構えて狙いを定めた。



「本当にやらなくていいのか?冬華」


「いいってば。興味ある景品もないし、こーいうのってどうせ当たっても落ちないでしょ」


「おまっ、店主さんの前でそういうこと言うなよ……」



苦笑いの店主がいたたまれなくなり、冬華の代わりに軽く頭を下げつつ俺は景品棚へと銃口を向けた。



「なあ玲華、何が欲しい?」


「ふぇ、当ててくれるんですか?」


「ああ。こうみえて射的は得意だからさ」


「えーっと……、じゃあ上にあるお菓子の詰め合わせが欲しいです。兄さんは何が欲しいですか?」


「なんだよ、玲華も代わりに当ててくれるのか?」


「もちろんですともっ!」


「そっか。じゃあ、俺はあの熊の置物が欲しいな。部屋に飾りたい」


「わかりました!私にお任せください!」



威勢よく力こぶを作ってみせる玲華。だがその細い腕には筋肉と呼べるほどの塊はないらしい……。


俺たちはお互いの欲しい商品を目当てに、景品を狙い始めた。俺の放った一発目は惜しくも外れてしまった。二発目でようやく、景品に命中した。だが、倒れる気配はない。一方で玲華はというと……。



「……玲華?さっきからなにやってんだ?」


「うぅ……銃が重たくて引き金がひけません……」


「おいおい、啖呵切っといてそれかよ……」



玲華は息を切らしながら両手で銃を抱えており、引き金に指をかけるどころではなかった。確かにコルク銃の造りは珍しく精巧で重量感もあるが、大人であれば難なく扱えるスケールのはずだ。まさか玲華がこれほどまでに非力だとは……。

見かねた店主が子供用の銃を与えようとしたところで、傍で見ていた冬華がそっと手助けをした。



「もう、お姉ってば何やってんの。あたしが代わりに支えててあげるから、ちゃんと狙って撃ってよね」


「わ、ありがとうございます!冬華は優しいなぁ」



冬華に支えられながら、玲華はゆっくりと慎重に引き金を絞っていった。先程まで喧嘩をしていたとは思えないほど、その姿は仲睦まじい姉妹そのものだ。そして放たれた銃弾は、惜しくも景品を掠るだけに留まる。その後もポンポンと数発撃ち込むが、いずれもヒットには至らなかった。



「うぅ、ぜんぜん当たらないです……」


「ま、人には得手不得手があるからな。俺のをお手本にしてくれ」


「うわすごい自信じゃん。外したらダサいよそれ」


「はは、まあ見てろって……」



そう言って狙い撃つと、俺は弾丸を見事景品にクリーンヒットさせた。倒し切ることは出来なかったが、立て続けにコルク弾を発砲してようやく景品を倒してみせた。


「はぁ、危なかった……。弾追加するとこだったぜ」


「わっ、倒れましたよっ!すごいです!」


「ま、まぁな〜。ほれ、玲華」


「えへへ、ありがとうございます」



玲華に菓子の詰め合わせ手渡すと、彼女は嬉しそうに受け取ってくれた。その様子を見て、冬華は少し不満そうに俺の方を見つめてきた。



「あー、悪い。冬華も何か欲しかったりするか?」


「いらないってば。別に欲しいの無いし」


「そっか。ならいいんだけど」



遠慮しているのかと思い再度声をかけてみたが、どうやら景品には興味が無いらしい。その後も玲華は果敢にチャレンジして撃ち続けたが、景品を掠めただけで倒すことはできなかった。



「うう、うまく当たらないです……」


「お姉、肩に力入りすぎだってば。それにもう少し上を狙わないと落ちないから」


「なるほど……。ねぇ冬華、最後の一発分やってみない?」


「え〜、なんであたしが……」


「お願いします!兄さんが欲しい景品、力を合わせて取りませんかっ!?」


「ん〜……。仕方ないなぁ、一回だけだからね」



渋々ながらも了承した様子で、冬華は銃身へとコルク弾を込め始める。正直そんなにその景品が欲しいわけではないのだが……と、口を挟むのは流石に野暮だろう。俺は手を合わせて彼女の成功を祈った。



「落ちろ〜〜落ちてくれ〜〜」


「冬華ならできます!ファイトですっ!」


「そんな期待されても困るし……」



冬華は銃を構えると、先程までの玲華と同じように、慎重に狙いを定めていく。その集中力は凄まじく、綺麗な瞳から殺気を放つほどだった。やがて、引き金を引くと同時に銃口から勢いよくコルク弾が飛び出していった。それは見事に景品の中心に命中した。しかし、数ミリほど動いたものの景品自体は落ちなかった。



「うそっ!?あれで落ちないの?」


「わっ、綺麗に当たったのに、惜しいです……」


「惜しかったなー。でも気持ちだけでも嬉しいよ、二人ともありがとな」



残念そうな二人に礼を言い、俺は店を後にしようとした。すると、冬華がおもむろにバッグから財布を取り出して店主へと硬貨を渡したのが見えた。



「あと5回分お願いします」


「はいよ。姉ちゃん、頑張るねぇ〜」


「ちょ、まだやるのか……?」


「うるさい。負けたままとかムカつくし……。お兄は黙って見ててよね」



冬華は俺を一蹴すると、再び銃を構えて狙いを定める。どうやら、本気で落とすつもりらしい。



「絶対に落としてやるんだから……」



冬華は呟きながら、引き金に指をかける。その目は真剣そのものだった。そして放たれた弾はまたしても景品を数ミリ動かしただけに留まった。よほど重たい景品なのだろう……。



「わあ、当たってるのに全然動かないですね……」


「ふん、俄然燃えてきたし。落とすまでやるから」



それから、コルク弾を追加購入して合計9発の銃弾を放ったが、全て景品を僅かに動かすだけに留まった。だが、それでも冬華は諦めずに撃ち続けた。


そして、ラスト1発。冬華は祈るように引き金を引いた。放たれた弾丸は、景品を大きく動かしてそのまま地面へと落としてみせた。



「よしっ、やった!」


「おお。やるなぁー」


「ふふん、まあね。このくらい余裕だし」


「冬華ってばすごいですっ!」



店主と周りにいた客からの拍手を浴びて照れた様子の冬華。彼女は店主から熊の置物を受け取ると、俺に手渡してくる。



「はい、これ。お兄、欲しかったんでしょ?」


「なっ、いいのか?あんなに頑張って取ったのに」


「別に頑張ってないから。射的が楽しくて遊んでたら、たまたまそれが落ちただけだし……」



冬華は顔を背けつつも、頬を赤らめていた。それが照れ隠しなのは言うまでもないだろう。俺は素直に可愛らしい置物を受け取り、冬華の頭を撫でた。



「ちょ、人前で頭撫でないでよ」


「ははっ。他人が見てない所でならいいのか?」


「もう……。ほんとお兄のそういう所嫌い……」


「いや、悪い悪い。ありがとな、大事にするよ」


「ん……」



冬華は小さく返事をして、頭に置かれた俺の手をどかして控えめに握ってきた。手を繋いで欲しいのかと思い握り返すと、彼女は耳を赤くして俯いた。



「あっ、そろそろチェックインの時間ですよ!旅館に戻りましょう!」


「もうそんな時間か。あっという間だな」



玲華に急かされて、俺達は旅館へと向かった。

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義妹相手に本気になるわけがない。〜美少女姉妹と5年ぶりの同居生活!?〜 壱織らむね @ramune_10r1

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