第15話 笑顔を見せないわけがない。
「いつから起きてたって……。まあ、最初からかな」
「さ、最初からって……。そんな、うぅ……」
玲華は動揺のあまり言葉をどもらせて、恥ずかしそうに俯いた。彼女は耳まで赤く染めたまま、涙目で俺のことを見つめてくる。
「なんだ、その……。すまなかった。玲華に苦しい思いをさせてしまって……」
「ううん、兄さんが謝ることじゃないです。それに、私の方こそ寝てる間に勝手に、その……あんなことまでしちゃって、本当にすみません……!」
「別にいいよ謝らなくて。冬華にも散々されたし、今さら変わんねーっていうか。むしろ嬉しかったというか……」
「っ……!ほ、ほんとですか……?」
玲華は驚いた様子で目を見開くと、恐る恐る聞いてきた。俺は照れくささから目を逸らしつつ、素直に答えることにした。
「俺から突き放しといて言うのも変だけど、玲華にはてっきり嫌われたのかと思ってたからさ……」
「私も、兄さんには本気で嫌われたのかと思ってました……。迷惑な存在だとか、言われましたし」
「そこまで言ったつもりはねえよ……。でも、いくらなんでもあれは言い過ぎた。本当にごめん」
俺は素直に謝罪の言葉を口にすると、玲華も慌てた様子でそれに応えるようにして頭を下げた。
「わ、私の方こそ、困らせてしまってごめんなさい!兄さんに迷惑は掛けたくなくて、でも好きな気持ちは抑えられなくって……。諦めようとしたけど、やっぱりダメでした」
「ああ、もう十分伝わったよ。俺もここ最近の玲華を見てて心苦しかったからさ。もう好きになるななんて言わないよ」
「また、好きになってもいいんですか……?迷惑を掛けたり、わがままを言っちゃうかもしれないですよ……?」
玲華は俺の言葉を聞くと、不安そうな表情のまま上目遣いでそう聞いてきた。その瞳は微かに潤んでいるようにも見える。俺はそんな彼女の頭を撫でつつ、言葉をかけた。
「玲華が塞ぎ込まなくなるならそれで構わない。お前の下手な作り笑いを見るのはもううんざりだからな」
「むぅ、下手な作り笑いで悪かったですね……。でも、兄さんに嫌われてないのならよかったです」
玲華は安心したように微笑むと、そのまま俺に抱きついてきた。バニラエッセンスに似た甘い香りがふわっと香り、押し付けられたバストの重みも相まって思わずたじろいでしまう。
「おい、急に抱きつくなって……」
「ふふっ。ずっと我慢してたんです、このくらいさせてください」
「お前なぁ……。まあ、この程度のスキンシップなら別にいいんだが……」
抵抗を諦めてそう呟くと、玲華の体をそっと抱き返した。彼女の体温が直に伝わり、その温かさには安心感すら覚える。
しばらく抱き合っていると、不意に玲華は顔を上げてこちらを見つめてきた。そして彼女は頬を紅潮させつつも口を開く。
「あの、兄さん。もう一回だけ、わがままを言ってもいいですか……?」
「ああ。なんでも言ってくれよ」
「えと、その……」
「なんだよ。勿体ぶるなって」
「き、キス……して欲しいです……」
玲華は消え入りそうな声で、そう呟いた。俺はそんな妹のいじらしいお願いに思わずドキッとしてしまうが、咳払いをして一度冷静になる。
「キスって……さっきも俺が寝てる間にしてただろ」
「あれはノーカンですっ。忘れてください!」
「忘れろって言われてもなぁ……」
「難しいお願いなのは分かってます。でも、ファーストキスは好きな人からしてもらいたいなって、ずっと憧れてたんです。だめですか……?」
玲華はもじもじとしながら、上目遣いでこちらを見つめてきた。そんな彼女のいじらしい仕草に、俺の理性が徐々に削られていく。
確かに、恋愛脳の彼女にとって初めてのキスは大きな意味を持っているはずだ。それが寝ている間の不意打ちだったのであれば、残念に思うのも無理は無い。
「……仕方ないな。どうせ1回も2回も同じだ、それで玲華が満足するなら付き合うよ」
「ほ、ほんとですかっ?じゃあ、お願いします……」
俺が渋々承諾すると、玲華は顔を赤くしたまま背筋を伸ばして目を瞑った。どうやら準備は出来ているようだ。玲華のお願いに応えるだけ、ただ唇を触れ合わせるだけのタスクであると自分に言い聞かせつつ、彼女の下顎に触れる。
「じゃあ、するからな……」
「は、はい……っ!」
玲華は緊張した様子で返事をすると、唇を少しだけ開いて迎え入れようとする。こんなキス待ちの顔をされるとは思わなかったので、不覚にも唾を飲み飲んでしまった。
彼女の両肩を掴み、意を決して口付けをしようとしたその時だった。
「んっ……。や、やっぱり無理ですっ!こんなの恥ずかしすぎます……!」
「へ……?」
玲華は突然、俺の胸元を押して距離を取った。そして、自分の口元を押さえながら視線を彷徨わせている。その顔は火が出そうなほど真っ赤に染まっていた。
「なんで止めんだよ。お前がしろって言うから付き合ってやったのに……」
「ごめんなさいごめんなさいっ……。兄さんの顔が近いと頭が沸騰しそうになるんですっ……!」
玲華はぺこぺこと頭を下げながら、謝罪の言葉を口にしてきた。どうやら面と向かってのキスはハードルが高かったようだ。
「いや、元々俺はしたかったわけじゃないし、そんなに謝られてもだな……。というか、寝てる間は出来たのになに今更恥ずかしがってんだよ」
「それは……。兄さんに好意を向けることはできても、兄さんの方からアクションを起こされると急に緊張すると言いますか……」
「なるほど、そういうもんなのか」
玲華の言わんとしていることは理解できる。要するに彼女の恋愛脳は、好意を向けることは得意でも逆に自分がアプローチをされることに対して耐性が無いということだろう。これまた難儀な性格である。
「ですから、その……。兄さんが本気で私のこと好きになってくれる時まで、キスはおあずけでいいです」
「ああ、分かったよ。もしその時が来たら今度は逃げるなよ?」
「はい!約束ですからねっ。兄さん!」
そう言うと玲華は俺の手を握って、向日葵のような明るい笑顔を咲かせた。それは決して作られた笑顔ではなく、本心によるものだろう。俺はそんな彼女を優しく抱き寄せて、しばらく温もりを感じ合ったのだった……。
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