第10話 ただのお出掛けがデートなわけがない。

 車で数十分かけて大型商業施設に到着すると、さっそく冬華に手を引っ張られてアパレルショップへと足を踏み入れる。彼女のお気に入りだという店で服や小物、靴などを一通り見て、冬華はどれを買おうか悩んでいる様子だった。


「んー……どれにしよっかなー。ねえ、こっちのブラウスとこのカーディガン、どっちがいい?」

「そうだな……どっちも冬華に似合うと思うぞ」

「もう、お兄の好みを聞いたつもりなんだけど。どっちも似合うとか、そのくらい分かってるっての」

「えぇ……。じゃあ、左手に持ってるやつで。明るい色の方が冬華には似合う気がする」

「ふーん……。じゃあ、こっちにしようかな。あとこれとこれも」

「おい待て、そんなに買うのか?」

「セットアップなんだから当然じゃん。だめなの?」

「いや、ダメじゃないけどさ……」

「かわいい彼女のお願いなんだから、このくらい買ってよ。大学生のくせに甲斐性ないなぁ」

「彼女って、なんの話だよ。俺はお前の彼氏になった覚えなんて……」

「ここに来る前に約束したじゃん。今日は彼氏っぽく振る舞うんじゃなかったの?」

「なっ、こういうのも含まれてんのかよ……。わかったよ。好きにしろ」

「やった。じゃ、これも買うね」


 冬華はそう言うと、左手に持っているブラウスに加えてボトムスやアクセサリーなどをカゴに入れて試着室へと向かった。


「試着してくるから、お兄は近くで待ってて」

「了解」

「一応言っとくけど、覗いたりしたら殴るから」

「覗かねーよ……」


 冬華はジト目で俺を睨みながら試着室へと入っていく。俺はため息をつきつつ、近くにあった長椅子に腰掛けて待つことにした。しばらくするとカーテンが開き、着替え終わったらしい冬華が出てくる。

 フリルのついた白いブラウスと黒のショートパンツという組み合わせで、普段よりも随分と大人らしい印象を受ける。


「ど、どう……?こういうの初めて着たんだけど、似合ってるかな……」

「ああ、すげー可愛いよ。読者モデルみたいだ」

「それ褒めてんの?まあ、ありがと……」


 冬華は照れたように頬を染めながら礼を言う。サイズもぴったりだったようでその場で購入を決め、元の服に着替えて一緒にレジへと向かった。


「以上3点で24,830円となります。お支払いは現金でしょうか?」

「そ、そんなにするのか……。すみません、カードでお願いします」


 支払いを終えると、彼女は満足した表情で商品を手にして店を後にした。予想以上の手痛い出費となってしまったが、冬華の笑顔が見られたのであれば安いもんだろう。俺たちはその後もアパレルショップやカフェを回り、それなりに楽しいひと時を過ごした。


「これって、よく考えたらデートだよな……」

「ん、なんか言った?」

「いや別に。なんでもないから気にすんな」

「そう言われると気になるじゃん。お兄のばか」


冬華はそう言って、ドリンクのストローを口に含んだまま軽く足蹴してきた。妹と出掛けただけでデートっぽさを感じてしまうなんて、俺も大概のシスコンなのだろう。俺は自分に失望しつつも、ドリンクを飲み干してカフェを後にしたのだった。


​───────​───────​───────


 日も暮れ始めたところで、帰り際に雑貨屋へと立ち寄り商品を眺めていると、背後から冬華の名前を呼ぶ声がした。振り向くとそこには2人組の女子高校生らしき人物が立っており、気付くやいなや冬華と談笑を始めた。同じ学校の同級生だろうか……。


「こんなとこで会うなんてめっちゃ奇遇じゃん!てかさっきから気になってたんだけど、後ろにいる男の人ってもしかして冬華の彼氏?」

「えっ、それは……えーっと……」

「お兄さん、身長高いですねー。顔も結構かっこいいし、冬華ちゃんとはいつから付き合ってるんですか?」

「え……。ああいや、俺は冬華の兄で……いつも妹がお世話になってます。あはは……」

「えっ、冬華ちゃんのお兄さんなんですか?似てないから勘違いしちゃったなぁ。へぇ〜……」


 2人組の女子は俺を興味津々といった様子で見つめてきた。まさかこんな形で絡まれるとは思いもしなかった。というか、俺が冬華の兄だと分かった途端露骨に態度が変わったな……。


「あのー、よかったら連絡先交換しませんか?私、ここの近くの飲食店でバイトしてるんです。お兄さんになら、サービスしてあげますよ〜」

「なっ……!?」

「え、いいのかな?じゃあ早速……ごふっ!?」


 連絡先を交換しようとスマホを取り出した瞬間、脛を思いっきり蹴られた衝撃で思わずその場で膝を着いてしまった。隣を見上げると、冬華が怒った形相でこちらを見つめてくる。


「なにすんだよ冬華っ……」

「こ、こいつはあたしの彼氏だからっ。連絡先の交換とか、勝手なことされると困るんだけど……!」

「え、でもさっきお兄さんだって……」

「それは……そーいうのがこいつの性癖だからっ!彼女にお兄ちゃんって呼ばれるのが好きなんだって、ほんっとキモいよね」

「何言ってんだよ。俺はそんなこと一言も……」


 すぐさま反論しようとするが、手で口を塞がれてしまう。


「いいから話合わせて。今日は彼氏っぽく振る舞えって言ったじゃん」

「くそっ……。お前なぁ……」


 冬華は耳打ちをして、ようやく口から手を離してくれた。どうやら何らかの事情があるようだが、ここは話を合わせるしかないらしい。俺は立ち上がり、恋人役を演じてみせた。


「あー……その、兄ってのは嘘で、本当は冬華の彼氏なんだ。紛らわしい嘘ついてごめんなー……」

「えーそうだったんですか!?じゃあワンチャンないかー……」

「あはは、残念だったねー。でもお兄さんかっこいいし、冬華ちゃんとはお似合いかも〜」

「お似合いって……こいつなんか、全然だし……」

「あ、せっかくのデート中だったのに長話してごめんね?じゃ、私たちは退散するとしますかー」


 そう言い残して、2人組の女子は去っていった。嵐のような出来事に呆然としていると、冬華が少し申し訳なさそうな顔をして俺に語りかけてきた。


「……まったく。会ってすぐのJKと連絡先交換するとか、ほんっとありえないんだけど」

「それは未遂に終わっただろ。ていうか、知り合い相手にまでわざわざ恋人のふりする必要はなかったんじゃないか?」

「それはだって……。あそこで連絡先交換してたら、あの子と絶対やらしいことするじゃん。お兄が性犯罪者になるのを未然に防いだんだから、むしろ感謝してよねっ」

「お前なぁ……」


 相変わらずの憎まれ口に、俺はため息をつくしかなかった。だが、本当にあそこまでする必要があったのだろうか。むしろあの状況だと、まるで俺を取られまいとするような振る舞いだったようにも見える。こいつ、もしかして俺の事……。


「いやぁ、冬華に限ってそんなまさかなー」

「なに……?」

「すまん、ただの独り言だ。そろそろ日も暮れるし、最後にどっか寄りたいとこでもあるか?」

「んー……。じゃ、カラオケ寄ってもいい?」

「おう。少しだけだぞ」

「やった」


 冬華は嬉しそうに微笑むと、俺の腕を引っ張るようにして歩き始めたのだった。


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