旦那の気持ち・2

旦那は其れを描き上げてから、ぴたりと筆を置いた。

あれ程好きだったのに、其れ以後一枚たりとも描こうとしなくなッちまった。




旦那の長屋を訪ねて来た絵の師匠は、アタシの背中を撫でながら或る日ぽつりと漏らしたもんさ。


「慎之介は真に描きたい物を描き切ッちまったんだなぁ」


その声は何処か羨ましそうで、悔しそうでも有った。


「彼奴の描きたかったモンは屹度、形のない愛情そのものだったんだろうな……」


成程。

若紫が叶わぬ恋を夢想したように、旦那も屹度いつか出会うであろう因縁めいたえにしを若紫に感じていたのかも知れねェ。







だからかねェ……絵を辞めてからは旦那、人が変わったように働いて、数年でお内儀迎えて平穏無事に暮らした。

まるで夢見がちな餓鬼ガキが一息に夢から醒めて大人になッちまったようなもんさ。


でもねェ、アタシはあの好きな事に打ち込んで、何もかも忘れッちまうようなしょうもない餓鬼ガキみてェな旦那が堪らなく好きだったのサ。


だからあの旦那をどッかに連れて行っちまった泥棒猫、若紫の事も一生忘れて遣らねェと決めているのサ。


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