第29話「剣閃を振るう」
————キィンッッッ!
乾いた金属音が響き渡る。
敵が振り下ろした剣と、私が居合で引き抜いた剣が正面から斬り合って火花を散らす。
私の抜刀の勢いによって振り下ろされた敵の剣は軌道が逸れて、私の左側に落ちる。
低くした重心を、膝を曲げることでさらに落としてから、ため込んだバネで飛び上がる。
「はあっ!」
上段に構えた剣を振り下ろす。
敵は私の動きに一歩引いて、左腕を防御のために突き出した。
「せいやぁっ!」
構わず剣を振る。
何の抵抗もなく、私の剣は敵の左腕を斬り落とした。
その勢いのまま着地して、後ろ飛びに一旦距離をとる。
「まずは左腕」
斬り落ちた左腕が、光になって消えていく。
「…………ふぅ」
小さく息を吐く。
発作は起こらない。
それどころか、さっきまでの雑念が嘘のように晴れて、無心の境地に身を置いている。
「…………」
両手に握った剣を見る。
いつの間にかアイテムボックスに収納されていた刀を。
「あの巨大グマから、こんな刀が手に入るなんてね」
八岐大蛇の伝説でももじったのだろうか。
刀身は紫と黒の間のような色。こんな真っ黒な刀は初めて見た。
でも、こうして改めて手に収めてみると、その鋭さがよく分かる。
「……本物の名刀」
名工に鍛え上げられた一本には、魂が宿る。
耳を傾ければ、その剣の声が聞こえてくる。
そしてこの刀もまた、その一本に入る名刀。
内に秘めた意志の強さは、現実世界の私の真剣、シロツバキと遜色ない。
「クロキバ、いい剣ね」
クロキバ、それがこの刀の銘。
これがあるなら、目的は果たせるだろう。
ここにいるみんなを助けるという目的を。
そして、エンを上層に連れていくという目的を。
「##########!!!」
私に腕を斬られて大人しくしていたと思った敵が、雄叫びを上げながら私に迫ってくる。
そのまま大人しくしてればよかったのに。
まぁ、別に構わない。どちらにせよ、向かってくるなら斬り捨てるまでのこと。
そもそも、逃がすつもりは毛頭無い。
一歩、また一歩と少しずつ足を速めて、駆けていく。
敵は剣を大きく振り上げて、上段の構えを取る。
やがてお互いがお互いの間合いに入る瞬間に、構えた剣が振られる。
片や振り下ろし、片や振り上げ。
重力に逆らわない分、当然向こうの剣のほうが圧力は上である。……はずだが。
「#####?」
私の剣をぶつかり合った位置から押し込めない、そのことに驚きと困惑の声を上げる。
「侮るなよ、ひよっこが。お前はたかだか数年程度、剣の素人どもを相手に天狗になっていただけでしょう。私は……」
均衡を保っていた鍔迫り合いを、弾き返す。
「本物の剣士たちと戦っているの!」
剣を弾き返して、生み出した隙。
その隙を、逃さな——
「!?」
——急いで右側に飛び退く。
「あっぶな」
私の動きがコンマ数秒遅かったら、背中の方から飛んできた炎に焼かれていただろう。
炎はそのまま、敵の方へと向かって弾ける。
もっとも、この程度の火力では、敵に対しては温風程度にしかならないだろうけど。
「なっ、なん……」
その炎を生み出した本人は、ひどく狼狽えていた。
「なんで……背中から打った魔法を避けられるんだよ……。背中に目でもついてるのか……」
何を言ってるんだろう。馬鹿なの?
でも今は、そんな馬鹿に構ってる暇はない。
「エン、動けるなら二つお願い」
壁から這い出て、私の近くまでやってきていたエンに声をかける。
「え……」
振り返ることもなく声をかけてきた私に、動揺したんだろう。声に若干震えがあった。
「私が敵の攻撃を取りこぼしたら、その処理をお願い。残念だけど、些末事に気を配れる余裕はまだないから」
「と、取りこぼし……?」
「それと……、後ろのみんなを黙らせておいて。エンを含めて、決して私の間合いに入ってこない様に」
顔だけ振り返って、エンとその後ろにいるみんなを見る。
私の邪魔をするな。大人しくそこで見学していろ。
そんな脅迫まがいの気迫と喝を視線に乗せて。
「「「「「————————」」」」」
私の目に映るみんなが緊張で固まる。私の忠言を、過たず理解しただろう。
故に彼らに向けた殺気を一瞬解いて、エンに微笑む。
「それじゃあエン、よろしく」
それだけを言い残して、再び敵と相対する。
「##########!!!」
「……?」
何かおかしい。
あの叫びは、私の剣に恐怖した声でも、自身を鼓舞するような雄叫びでもない。
やがてその答えは、敵の前に唐突に現れた五本の黒い靄が示す。
「あれは」
黒い靄は柱になって、やがて形が変わっていく。
あの敵によく似た、しかし大きさは一回り小さい敵に。
「セミ・オグルだ」
後ろから、エンの声が聞こえる。
あぁ、あの豚のバケモノのちっちゃい奴か。
自分だけじゃ勝ち目がないから、部下を呼び出したのだろう。
「たったそれだけでいいの?」
しかし生み出されたのは、たったの五体。
その程度で私がたじろぐと思われたのなら、心外だ。
「はっ!」
自身を鼓舞する気合を発して、突撃する。
一番手前にいた二匹が私の接近に同時に剣を振るう。どちらも振り下ろし。
「馬鹿の一つ覚えが!」
片方の剣をすんでのところで躱し、もう片方は突きで剣の勢いをいなす。
左右に回った別の二匹が、同時に横薙ぎを放つ。
「ふっ……」
身体を屈めて、両方の薙ぎを躱す。私に対しては空振りに終わったその剣は、振るった勢いを止めきれずに最初に二匹に当たる。
「はぁ!」
その間に、ため込んだバネを使って一気に包囲網から抜け出る。
狙うは当然、首魁の一匹。
しかし最後の一匹が、その道を阻むように私に剣を突き立てる。
「ちっ!」
クロキバを防御に回して、いったんその場から距離を取る。でも、
「……行ける」
見える、分かる。
敵の太刀筋が、次に何を狙ってくるのかが。
この戦場の全ての動きが、手に取るようにわかる。
「……は、なんだ。デカい口叩いた割には苦戦してるじゃねぇか」
背後から、そんな侮りの声が聞こえてきた。
この状況でよくまだそんな軽口を叩ける。
一周回ってこちらが感心してしまう。
とは言え彼の言う通り、確かに敵の剣をあしらうだけで、こちらから攻撃は仕掛けられない。
(やっぱりまだ、ワンテンポ遅れてる)
私の振りが自分の想定よりも遅いのは、まだクロキバの重さに慣れていないからか、あるいは私の腕が鈍っているからか。
恐らくはその両方だろう。
私はまだ、クロキバに振り回されている。この剣を完全に掌握できているとは言えない。
流石にゲームの世界、いくら現実と遜色ない感覚とは言え、やはり勝手が少し違う。
現実での私の真剣シロツバキは、私の為だけに打たれた剣であるという違いもあるし、このクロキバの方が刀身は長い。
微妙な違いに、私がまだついていけていない。
でも、その違いもある程度理解した。
「ならお望み通り、決着を付けようか」
改めて姿勢を整え、そして走り出す。
まず狙うは、一番前にいる二匹。
向こうも私に狙いを定め、近づいてくる。
何を学習したのか、先ほどよりも振りが小さくなった袈裟斬りを繰り出してくる。
その剣を、左回りで右側に躱し、その回転の勢いを殺さぬまま飛び上がり。
「せいぁ!」
右側にいた一匹の胴を、真っ二つに斬り裂く。
身体が地面に落ちるままの勢いに乗って、今度は左にいた敵の右足を斬り捨てる。
態勢が一挙に崩れたところを、今度はこちらの袈裟斬りを右肩から脇腹まで振り落とす。
「まず二匹」
すかさず残りの相手に向かう。
飛び跳ねた勢いをも剣に乗せて、一匹の豚の剣に当てて押し出す。
押し崩された体勢が整わない間に、他の二匹の元へ。
攻撃しては隙が生まれると思ったのか、剣を盾に防御の構えを取る。
だがそれこそが悪手、確かに首や胴は守れても、隙はいくらでも存在する。
「せやぁっ!」
二匹同時に、両足を斬り崩す。
地面に前のめりに倒れて、がら空きの背中を後ろから薙ぎ払う。
「これで四匹」
さっき吹き飛ばした一匹が体勢を立て直して、剣を突き出し私に突撃してくる。
それが望みなら、私も同じ技で対抗しよう。
剣を構えて、同じように突進する。
お互いの間合いに入る直前に、お互い剣を突き立てる。
「ふっ!」
突き出された剣同士がすれ違い、狙うはその喉元。
「っ——」
鈍い刺激が剣から伝わってくる。
クロキバが正確に、敵の喉元に突き刺さる。
対する私は、無傷。
「これで五匹。……さて、お仲間は全員死んだけど?」
奴が生み出した手下どもは、みな屠った。
残るは本体のみ。
「##########!!!」
私の挑発するような視線を感じたのか、怒りの咆哮を上げる。
剣を振り上げ、その剣が鈍い光を発する。
「来たわね」
それはさっきエンを吹き飛ばしたものと同じ剣光——ソードスキル。
ソードスキル、それはこのゲーム世界に設定されている剣技の総称。
無数の型や剣戟が存在していて、十人十色の使い方が存在する。
その実例は、私もここまで来るのに幾度も見てきた。
確かに剣の素人が剣技を使うのなら、丁度いいのだろう。
でも私に言わせれば、そんなものは剣に使われているに過ぎない。
剣の使い手が剣に使われていては、剣で強くなることなど不可能だ。
故に私は、このソードスキルというのが気に入らない。
でも無数の型に無数の剣戟、それらを相手するのはものすごく面倒で厄介。
だから余計嫌になる。
だったらどうするか。答えは簡単。
「その剣技ごと、斬り伏せればいい」
向こうの狙いは、さっきエンを吹き飛ばした時と同じ剣技で私を斬り飛ばすこと。
故に敵は地面を蹴って、剣を構えたまま私に突撃してくる。
だったら、私も同じやり方で応えよう。
あえてその場から動かず、ただ剣をゆっくりと上に振り上げる。
それはありふれた、何の変哲もない上段の構え。
「教えてあげる。上段の構えから放つ、本物の剣技を」
私の鋭く冷たい視線に怯んだか、敵の剣先がわずかに逸れる。
「——雷電」
敵が間合いに入るか入らないかの刹那。
小さく呟くと同時に、私の剣は部屋の床に振り落とされる————
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