神話棚博物館
賑わう昼休みの教室、やかましく生徒の声が飛び交う中、
「あ〜〜、マラソンやんた(嫌だ)」
その正面の席に座るのは、友人である
「楽だっちゃ。走るだけなんだから」
「長束お前……球技のときは俺と変わらねくせに……田舎者って体力馬鹿なのわ?」
「お前んとこだって各駅しか止まらねえべや」
短いやり取りのあと、ふたりはそれぞれの弁当の包みを解き始める。唐揚げの匂いが彼らの間に漂った辺りで、伊弦が口を開いた。
「今日見た夢のコーナー始めていい?」
「どうぞ。あ、ブロッコリーもどうぞ」
長束は、マヨネーズがかけられた茹でブロッコリーを、伊弦の弁当箱に放り込んだ。
俺らってよく博物館とか行くっちゃ。今朝見た夢でも、お前に誘われてふたりでど田舎の博物館さ行ってた。山奥の辺鄙なところでさ、田んぼのど真ん中の道をずっと歩ってった先に、ホラゲの洋館みたいな建物が建ってんだよ。
いきなし(とても)でかい赤レンガの門に、「シンワタナ博物館」ってプレートがはまってた。ギリシャ神話に、神棚の棚で神話棚。夢の中でも変な名前だなって思ったよ。棚って文字がすごい邪魔してるっつうか、なんか気持ち悪くね?
黒いスモークガラスの扉を開けたらエントランスホールだった。真っ黒いスーツ着た男が、ホテルマンみたいにお辞儀して、「2名様でご予約の長束様ですね」とか言ってた。
そいつは若い男で……30歳くらい?お前の兄ちゃんみたいな吊り目で、口はニマーッて笑って、何か狐のお面みたいな顔のやつだったよ。
岡崎だか城崎だか、多分そんな名前の名札つけてた。とりあえず岡崎にしとくわ。
博物館とか美術館の案内ってさ、普通端末借りて、音声ガイド聞くっちゃ。でもそこは、客ごとに真っ黒なスーツの学芸員……かな。とにかく職員が、わざわざ来館者の側に立って案内してた。
来てる人は現実の美術館と変わんねかったな。普通の服着た、普通の人。皆その変な学芸員たちの説明聞きながらうんうん頷いてた。
で、俺たちも岡崎に連れられて、博物館を見て回るべしってことになった。
展示ケースの近くに寄ったら、2メートルくらいの棒っきれがあった。ボール紙巻いて、キラキラの金色の折り紙貼っ付けたチャチな作りのやつ。
岡崎はそれの前で止まって、自信満々に「これはかのオーディンの武器、グングニルです」とか早口で説明しだした。意味わかんねえべ?グングニルなんて神話の武器だっちゃ。
そういうコンセプトの施設だとしても、もうちょっと気合い入れて作るべ。それがメインコンテンツなんだからさ。
でも他の展示物も似たような感じで、トライデントとかミョルニルとか、神話の武器やら道具やらの名前がついたものがいっぱい並んでた。でも、俺の目には文化祭の展示物にしか見えなかったよ。セロハンテープとか思いっきり丸見えだし。
岡崎はすっげえ興奮しながら話してて、「すごいですよねえ!」「素晴らしいですよねえ!」って言ってた。他の学芸員も、俺ら以外の来館者もそんなテンションで、皆マジであの展示物を神話に出てくるアイテムだと思ってるっぽかった。
夢の中でも、俺はさすがに変なとこに来ちゃったなっていうか……なんでこんなとこさ連れて来たんだよってお前を睨んだ。無視されたけど。
そんでまた暫く歩いてたら、お前が急にケースのひとつを指して「本物って言うなら使ってみてけれねすか?」とか言い出した。
ケースの中に入ってたのは、誰かの家から持ってきた感じの錆びた包丁。でも他のものと違って、それだけは紙じゃなくて、すげえ錆びてたけどちゃんと金属だった。
岡崎はすっごい焦って、でも展示ケースをぱかっと開けて、素手でその包丁を掴んだ。
「困るんです〜」
「これはまだ無理なんです〜」
とか言ってた。でもお前は「本物なんだべ」ってしきりに詰め寄ってた。
俺はもうどうしていいか分かんなくてぼんやり眺めてて、そうしてると岡崎は恐る恐る包丁を掲げた。今にも死にそうな青い顔で、最後にこう言ってた。「これから本物になるんです」って。
「以上です。どうですか、考察厨の長束さん」
「これから“伝説の大量殺人に使われた包丁”とかになる予定でしょうね」
「それ、俺らも殺されっちゃあ」
長束は牛乳パックの中身をずるずる音を立てて飲みながら、「目が覚めたからセーフ」と返した。
「でも、次はねえからもう行くなな?」
「お前が誘ったんだって」
「それ本当に俺か?」
長束は紙パックをぐしゃりと潰し、教室端のゴミ箱に投げ込む。
「どういうこと?」
「んだって、その俺トイレ行ったか?」
伊弦はその言葉で、この友人の癖を思い出す。彼は博物館に着くと、必ずトイレを済ませてから展示スペースを回る。曰く、尿意が観覧時の思考のノイズになるらしい。
そう言われてみると、ふたりは入館して早々真っ直ぐに展示スペースへと向かった。
それに、伊弦の友人というだけあって長束もまた陰気な男だ。学芸員に対し、あのように馴れ馴れしく話しかけるようなことはしないだろう。
「次は中入んなよ」
長束はもう一度念を押して、弁当箱の蓋を閉じる。
神話棚博物館。もしまた夢であの地と繋がることがあれば、伊弦は形振り構わず走って逃げ出すだろう。
「でも俺走れねんだけど」
「マラソン真面目にやらい」
「真面目にやったら野垂れ死ぬわ……」
食事を終えた生徒たちが続々と更衣室に向かう。伊弦は不平を漏らしつつも、体育着の入った袋を持って立ち上がった。
「……そもそも、夢の中で体力って関係あるのか?」
「自分は体力があるっていう自信があったら、潜在意識とかなんかで走れんでね」
「ありそう〜……はあ、走るかぁ」
神話棚博物館。神話に語られる不可思議な品々と、そしてこれから「そうなる」物を集めたと嘯く奇妙な場所。
長束はもう二度と行くなと言ったが、伊弦の好奇心は未だ後ろ髪を引かれていた。
次にあそこを訪れたとき、あの包丁は何と紹介されているのだろう。
【短編集】伊弦君の悪夢探訪 伊瀬谷照 @yume_whale
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