ゆえに夏止まり

呪わしい皺の色

『ゆえに夏止まり』(きれいなほう)

登場人物

①つむぎ:おなご

②てるは:おなご


つむぎ  昔見た写真集の中にね、落とし物のハンカチが写り込んだ写真があったんだけど、それが何色だったのか気になってさ。て、あたしの話聞いてる?


てるは  全然聞いてない


つむぎ  へえ。じゃ、最初から話すね。昔見た写真――


てるは  嘘。聞いてた。超聞いてた。


つむぎ  何て言ってた? あたし


てるは  ハンカチの色がなんちゃらかんちゃら


つむぎ  超テキトーだね。


てるは  でも、なんでそんなこと思い出したの?


つむぎ  さあ。それにしても、暑いね。ほとほと参っちゃうね。ほとほっと


(間)


てるは  そう、だね。


つむぎ  でしょ。そんで喉乾いたのあたし


てるは  なら、そこの自販機で飲み物奢るよ


つむぎ  ええ~? いいのぉ?


てるは  しらじらしい。さっさとして!


つむぎ  ありがとうってば。……うぅ、悩む。飲みたいものがありすぎる。お茶もコーラもレモンサイダーも飲みたいじゃん。人間だもの。……いっそ口が三つか六つ付いてればなあ


てるは  化け物だ


つむぎ  別々の胃袋に流し込んで、そんで……ああ、あたしは人間なんだった。ついでに乙女。ちっちゃな胃袋。入れるものは慎重に選ばないと


てるは  (言いながら自販機のボタンを押す)めんどくさい。コーラでいいよね


つむぎ  よくないよ。やっぱいいよ。うわぁ!?


てるは  おおげさ。どうしたの


つむぎ  カマキリがいる! 取り出し口にカマキリがいる!


てるは  うん


つむぎ  ほら見てよ。いるでしょ。しかし、なんでこんなところに入っちゃったのかな。気にならない? 


てるは  うーん……


つむぎ  そうだよね。


てるは  ねえ


つむぎ  気になるよね。


てるは  ねえ


つむぎ  この謎はあたし達が解かなければ


てるは  ねえってば! こっち見て!


つむぎ  こっちってどっち?


てるは  私!


つむぎ  見たけど、どゆこと?


てるは  やっぱなし。なんでもない


つむぎ  そう。……ひょっとして、こういうこと?

自販機の 取り出し口に

   立てこもる

カマキリじゃなくて 私を見てよ!


てるは  違っ


つむぎ  で、合ってる?


てるは  そんなわけない


つむぎ  かわいっ


てるは  殴っていい?


つむぎ  そんで、あたしも恥ずかしい


てるは  ぁ


(二人、キャップを空けてジュースを飲む)


つむぎ  それにしても、暑いね


てるは  ね。


つむぎ  あはは、あはは、はは……


てるは  あのさ、写真の件だけど、それ、白黒写真でしょ。


つむぎ  そだよ


てるは  撮った人の気持ち、わかったかも。つむぎ、試しに私を白黒で撮って!


つむぎ  おっけ。……撮れたよ


てるは  ここからはたとえ話なんだけど、もしも私が死んでしまって――


つむぎ  なたとえだね


てるは  もしも私が死んでしまって、残った写真がこれっきりになったら。つむぎだけなんだよ。私の色と今日この時の状況を憶えているのは。

(耳元で囁く)ぞくぞくしない?


つむぎ  ……まあ、悪い気はしないね。


通りすがりの死神  今、無性に鎌を振りたい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る