09.どうやら上手くやって行けそうだ
ギルドの入口扉が音を立てて勢い良く開かれ、何事かと思って目を向けたら、そこに立っていたのはトランクを両手に引いたセーナだった。
「ルーチェさん!」
「え、あ、はい!」
「私、“雷竜の咆哮”を抜けます!出奔届を提出するので受理して下さい!」
「あー、やっぱそうなっちゃったかぁ〜」
なんて言い合ってる間にもセーナは受付カウンターまでやって来ているし、ルーチェはさっさと書類一式揃えて出している。
セーナは素早く読み込むと、ちゃっちゃと必要事項を書き込んでサラリとサインした。
「はい、じゃあこれ処理に回しておきますね。ところで“雷竜の咆哮”には⸺」
「知りませんよ。もう関係ないので」
セーナはにべもなかった。青加護の彼女は普段は温和で穏やかで冷静だが、一旦見切りをつけると氷のように冷淡になる。それもまた青加護の特徴だ。
と、ここで彼女はレイクがいることに気付いた。
「あ、レイクさん居たんですか」
「え?あ、うん」
「…………そうですか。
「うん?なんかちょっと誤解してないか?ジュノとは新しくパーティを組むだ」
「そう。そういう仲なんだ」
「いや待てジュノ」
「こういうことは最初にハッキリさせておいた方がいいんだぞレイク」
「え、そ、そうなのか?」
「私はレイクさんを
セーナにそう言われて、レイクとジュノは思わず顔を見合わせた。
「そうだな、俺は必要だと思」
「いや必要ないぞ?」
レイクは普通にパーティを組みたいだけだが、ジュノはライバルが増えることを嫌がっている。ジュノがなぜソロを貫いていたのか知っているレイクとしては、苦笑するしかない。
「あのなジュノさんや」
「なにかなレイク?」
「男性とパーティを組むのは」
「嫌だ!」
「だろう?だったら仮に俺たちがメンバーを増やすとすれば、女性しか有り得ないだろ?」
「だからメンバーは増えなくていいと」
「セーナなら仕事上の人間関係に恋愛ごとは持ち込まないから、俺にとってもジュノにとってもドライで適切な関係が築けると思うんだ」
レイクはパーティメンバーを揃えたい。だって彼はジュノが冒険者になった理由も目的も聞いて知っているのだから。
そして彼女の目的を達成するために選ぶメンバーとして、青加護の法術師は必須と言っていい。そしてセーナは考えうるベストな人選だった。
それに、セーナのほうも所属パーティがなくなって、今後のために次の冒険者パーティを探さねばならない。だからレイクたちがセーナを受け入れることは合理的で、そして全員に利点があるのだ。
「それは……まあ、そうだが……」
そしてジュノのほうも、ギルド所属の立場としてセーナを含めた“雷竜の咆哮”の普段の様子を見てきて知っていた。彼女の目から見てもセーナは公正で、仕事に余計な人間関係を持ち込まない女性だった。
つまり、すでにある程度の信用はあるのだ。
「大丈夫だ心配するな。セーナは信用できるから」
「そうですね。私、レイクさんのことは仲間として信頼していますけど、別に男性としては見ていないので」
そうハッキリ言い切られるとそれはそれで忸怩たるものがあるが、レイクだってセーナを恋愛対象として見ていなかったから、彼はぐっと黙って何も言わない。
「とはいえパーティリーダーはジュノなんだから、どうするかはジュノが決めたらいい」
「………………分かった。セーナが加入してくれるのなら、私も受け入れよう。⸺受け入れる、努力を、する」
人の心は移ろうもの。今は何とも思っていなくとも、セーナだってそのうちレイクをそういう目で見るようになるかも知れない。その懸念はジュノの中で消えることはない。
だって自分だって最初はレイクを何とも思わなかったどころか男性
だけど、この先どうなるかまで気にしすぎても仕方ないと彼女だって分かっているのだ。人の気持ちなど、自分自身にさえどうにかできるものではないのだから。
だから最後には渋々ながら、ジュノもセーナを受け入れた。
人の気持ちが移り変わることは、自然の摂理であって防げないものだ。嫌いな人を好きになる事があれば、その逆だってあり得る。自分自身だっていつかレイクを嫌いになる可能性が無いとは言えないのだ。
だから、独占して彼の自由を奪うのは良くないことだ。せっかく決まったパーティ名に恥じるようなことは、ジュノはしたくなかった。だって愛しいレイクが考えてくれた素晴らしいパーティ名なのだから。
「では、これからよろしくお願いしますねジュノさん。⸺ところで、パーティ名はなんとおっしゃるのですか?」
「ああ、よろしく。⸺私たちは“吹き渡る自由の風”だ」
「吹き渡る、自由の……。ふふ、とってもいい名前ですね!」
セーナはそう言って、この場で初めて微笑んだ。それは花が開いたように優しく美しく穏やかで、まるでこの
その笑顔を見て、自然とレイクもジュノも笑顔になった。どうやら上手くやって行けそうだと、3人は声に出さずに心中でハモっていた。
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