こわい話

鳴平伝八

出発

 6月8日、金曜日。蒸し暑さを感じ始める時期。

 若い男女がアパートの一室で、日ごろの憂さを晴らしていた。

「うちの上司、マジでパワハラだわ!残業が当たり前だと思ってんだよ!明らかに今日のノルマこなしてんのに、自分のさばけてない仕事回してきてさ!今日もやっと解放されたよ」

 時刻は十時。仕事終わりにやっとの思いで駆け付けた南が愚痴を吐き出す。

 その手には、一気に半分ほど飲み終えた超強力炭酸水のペットボトルが握られている。

「南!それはパワハラだから訴えちまえ!」

 そう語気を強めるのは、目の前に空き缶を並べている北島。ビールからチューハイまで多岐にわたり、4人の中で一番の酒豪である。

「そうそう!もうやっちゃいなさいよ南くん!」

 楽しそうに煽り立てるのは西山。ビール缶をマイクの様に離さない。もちろん中身が入っているものに限る。

「あんまりことを荒げると、それはそれで居づらくならない?」

 東谷は穏やかな口調ではあるが、北島と肩を並べるほどの酒豪である。

 ただ、本人は強く否定をしている。

 彼女の前には、今日も空き缶がみるみる並べられていく。


「え?もうすぐ日付変わるの?早!」

 西山が驚きの声を漏らす。

「解散とかやめてくれよぉ?俺はまだ帰ってきたばっかりの気分なんだが」

「場所を提供してくれてる家主がそう言うなら今宵はつき合ってやるかなぁ!」北島が続ける。「でももう一人の家主にも聞いておかないとな」

「もちろん大丈夫ですよ」

 視線を送られた東谷が、親指を立てて胸の前に掲げる。普段は絶対にしない。そして東谷以外が、彼女が酔っていることを把握した。

「じゃあさ!ちょっとドライブでも行っとく?」西山が声を上げる。「どうせなら、ちょっと早いけど、肝試しいかね?」


 南は車のハンドルを握りながら、車内の楽し気な雰囲気を感じ、楽しんでいた。

「君が下戸でほんとによかったよ!」

 西山が嬉しそうに後部座席で体をひねらせている。

「ミーくん、いつもごめんね」

 東谷が助手席で手を合わせる。ちなみに人前でミーくんなど、酔っていなければ発することは無い。

 南は全員に見えるように親指を立てて、腕を掲げた。楽しそうな笑顔で。

「で、南?その心霊スポットまであとどれくらいなんだ?」

 南と西山は前日に同じ番組を見ていたようで、西山が肝試しと行ったところでピンと来ていた。「●●トンネルか?」と聞くと、西山が嬉しそうに頷いた。

「あと30分ぐらいかな」

「昨日の番組でやってた中では抜群に近かったんだよ」

「確かに一時間ほどでテレビでやるような心霊スポットに行けるなら行くわなぁ!」

「わくわくするわ」

 各々がワクワクを胸に、車は目的地に近づいていった。

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