第1章 灰色の助手アッシュ

#1 あなたのパンツは何色ですか?

 この質問にあなたなら、どう答える?

 なにもむずかしく考える必要はどこにもない。

 自分のありのまま、純粋な気持ちを言いなさい。


 え? セクハラだって?

 わかった。自重しよう。


 では、質問を変える。


 あなたの好きな色はなんですか?

 今度こそ、単純の極みだろう。

 子供なら挙手して即答するよ。

 だって、この世はいろんな色で溢れているのだから。よりどりみどりのはずだ。


 ん? なんだって?

 そんな不躾な質問に答える義理はないって?

 だいたい、おまえは誰なんだよって?

 まあまあそう邪険に扱わずに。


 へ? じゃあ、そういうおまえなら好きな色を答えられるのかって?

 いいよ。そこまで言うのならわかった。

 攻守交代ってことであたしが答えてあげよう。

 は? 誰もそんなこと訊いてないって?


 あなたは、わがままな人だ。

 いいじゃない。不毛なんて思わずに聞いてちょうだいよ。

 あたしの好きな色はね――


 パァンパァン!


 と、獰悪な爆音が響く。

 彼の耳朶をカラフルに震わせた。

 彼は頭からつま先までをカラフルな包帯でぐるぐる巻きにしており、素性は知れない。しかし、そんなサイケデリックな外見の中でも極めて異彩を放つのは彼の手に握られた――45口径の回転式拳銃リボルバー


【ブラックホーク】。シングルアクション。44マグナム弾使用。

 彼はロッドを押し上げて空薬莢を排出する。新たにドス黒い弾丸を装填すると、勢いよくギュリリリィとシリンダーを回した。

 黒味を帯びた硝煙が大気を舞う。

 彼の眼前では、今まさに元人間であった肉塊が青い鮮血を噴き出しバタリと倒れた。

 もうすでに息はない。


「『♯330099』――」


 立て続けに、彼の背後から忍び寄る緑人グリーンはそう憤激する。


「土に還れ! この化け物!」


 植物の蔓がうねうねと蠢いて包帯の彼に躍りかかるが、ついぞその蔓が彼に届くことはなかった。

 なぜなら、緑人はいつの間にか白い濃霧に包まれており廃人となったからだ。錯乱する緑人の額に黒く無骨なリボルバーの銃口が押し付けられる。躊躇なくトリガーは引かれた。緑色の脳漿が弾け飛び、彼の包帯の新たなシミと化した。

 灰色の空の下には、ペンキをぶちまけたような虹色の屍山血河が広がっていた。


「何をしよるかあああああああああああ! このうつけええええええええええええええ!」


 丘隆地の高台にそびえ立つ、古色蒼然とした魔城。

 そこから、亜麻色のホウキに跨がる幼い少女がすっ飛んできた。

 恐慌の色を浮かべて。


 少女は暗紫色のローブを身に纏っていた。頭には鍔広とんがり帽子を被り、靴はつま先が青色の上履きを履いている。髪も瞳も紫がかった黒色できめ細やかな肌は薄橙色である。

 背には真っ赤なランドセルを背負っており目に痛い。焦げ茶色と白のコントラスの美しいソプラノリコーダーがちょこんとはみ出していた。


 ――おやおや、どうやら邪魔が入ったようだ。

 しょうがない。あたしの好きな色はまた今度教えることにするよ。

 ん? だから、おまえは誰なんだって?

 ごめんごめん。それもまた今度。

 そもそも興味なかったかな?

 ごめんね。

 まあ焦らず、腐らずじっくり行こうよ。

 人生いろいろ十人十色。

 あたしはここいらでお暇させてもらうことにするよ。

 ご静聴、感謝する。

 ありがとう。


「このあんぽんたん!」


 とんがり帽子の少女の怒りは収まりそうにない。

 浮遊するホウキに跨がったまま七色の包帯をぐるぐる巻きにした男に接近すると、ソプラノリコーダーで殴打した。


わらわの! 屋敷の! 使用人全員を! 殺害しておいて! ソナタを! 妾は許さぬおおおおおおおお!」

「急に襲われたもんだから……殺した。正当防衛だ」


 どういう仕組みでホウキが宙に浮いているのか、包帯の彼には見当もつかなかった。


「言い訳無用なのだあああああ! このたわけ! 虚け! 間抜けえええええええ!」

「質問がある」


 彼は反省の色を見せずに、質問を少女に投げかける。

 殴打を甘んじで受けながら。


「あんたは『お絵描きの魔女』だろ?」

「この人殺しッ――ん?」


 お絵描きの魔女と呼ばれた少女は、彼への制裁を一旦中止する。


「この城に人間の血液を用いて絵を描く魔女が住んでいると聞いた。だから、僕はやってきた」

「ほほう」


 一転、少女は豹変したように、目の色を変えた。

 包帯の彼を値踏みするかのように、ためつすがめつ見つめる。


「ふむ。いかにも、妾はお絵描きの魔女なのだ」


 そう答えたのち、魔女は眼を細め、真っ赤なランドセルを背負い直す。


「それよりも先に、ソナタは言うべきことがあるのではないかね?」

「そうだった。すっかり忘れていた」


 彼は虹色の包帯頭を左手で恥ずかしそうに撫でた。

 それから魔女に向かって平坦な口調で言った。


「あなたのパンツは何色ですか?」

「…………」


 魔女は目を白黒させてしまった。


「……まさか初対面の若僧に下着の色を尋ねられるとは、妾もヤキが回ったものなのだ」


 ぷっぷっぷっぷ。

 と――魔女は奇怪な哄笑こうしょうを上げた。


「しかも、そやつが妾の使用人を鏖殺おうさつした犯人ときたものだ」


 ガタンガタンとけたたましくランドセルがなり、魔女の雰囲気がガラリと変わる。


「こうなれば、ソナタには何らかの形で責任を取ってもらわねばならんのだ」

「責任?」

「目には目を、歯には歯を――血には血を」


 その魔女の隠すつもりのない殺気に、包帯の彼は思わず身構えた。


「そっちがその気なら、僕もそれ相応のものを返すだけだ」


 包帯の彼は色めきたつ。

 そして問い直す。


「あんたの血は何色だ?」


 その獰猛な視線を受けて、魔女は包帯男のまつげから瞳孔に至るまでをくまなくギロギロと覗き込んだ。


「ふむ。ひと目見たときから感づいてはおったが……。ソナタ、人間ではないな」


 右目は、闇を吸収する黒一色。

 左目は、光を反射する白一色。


「稀有な瞳の色なのだよ。よもや黒人ブラック白人ホワイトの混血か……。妾も初見なのだ。しかも魂レベルで完全に混ざっておるな」


 興味深そうに魔女は呟き、わずかに膨らみのある胸を張る。


「まあよい。俄然興味は惹かれ――」


 パァンパァン!

 と、魔女が言い終わるよりも先に、耳をつんざくような銃声が大気を切り裂いた。彼は【ブラックホーク】の撃鉄を下ろし、魔女の猫のような額に銃口を向けて、トリガーを引き、発砲する。火花が散ったのち、また撃鉄を下ろし、トリガーを引く。

 この一連の動作を、彼は計6回も繰り返した。なんとこの間、0・6秒。

 ガンマン顔負けの目にも留まらぬ早撃ちだった。

 しかし。


「ぷっぷっぷっぷ。すごい腕なのだ。お見逸れした」


 黒い硝煙の晴れ間から魔女は顔をのぞかせた。

 無傷でおまけに愛らしい笑顔である。

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