第五章 これは邪神ですか? いいえゾンビです3

「くっそぉ……いってぇ……」

「なるべく早く離れるぞ、喜助」


 排水機場を出て、僕と喜助は帰路に着く。幸いは僕は無傷での帰還となった。喜助に肩を貸し、ヨロヨロと車に向かう。

 人生で、グラーキさんに邂逅した以来の刺激的な夜であったが、 やはり僕の鼓動はときめかない。

 難儀だなぁ、本当に。排水機場の証拠もなるべく消さないと。落ち着いたら、さっさと復讐の準備だ。楽しみだ。今度こそ、達成感があるかもな。


「……やっぱ、宇宙生物ってやつはもうやめましょうよ……」


 喜助がポツリと。


「なんで? 止める理由が見当たらないな」

「危ないですって! 今回助かったのも、たまたまですって!」

「だって、つまらないんだもの」

「もっと面白いものはありますよ! ほ……他にも!」


 ……はぁ……今まで色々試してきて、こうなったんだけどな……。喜助には分からないのかな?


「か……金はいっぱい儲けたんだし、旅行に行きましょう! 美味いもん食って! いい女抱いて! 大丈夫っす! どこまでも付いていきますよ」

「……フフ。別に喜助は来なくていいんだけどね」

「な……何を言いますか! こういうのは、だれと行くかでしょう!」


 ……そういえば、僕にも承認欲や食欲はあったな。

 随分とカニやノドグロを食べていない。昔は、うちの誕生日の定番メニューだったんだけどな。


「……だれと行くか……か」

「そうっす!」


 しばらく、羽柴さんへの復讐は後回しでいいかな……。

 

 バツン!


 急に辺りの電気が消え、空気が冷える。


「ちょっといいか、二人とも」


 そこには、『人外』がいた。背が高く、肌が青い、触手を纏った『ナニカ』が。

 電気が無いというのに、やけにはっきりと見える。


「……貴女は?」

「神だ」

「なるほど?」


 異様な雰囲気だ。普段なら鼻で笑うところだが、有無を言わせない圧がある。一笑すれば、殺される。そんな圧が。……面白いな。


「何かご用ですか?」

「まあな。……ひょっとしたら逆だったかも……。いや、無いな」

「何がですか?」

「何でもない。顔を見に来ただけだよ、私は」


 ふと気づくと、辺りは燃える夕焼けのように赤い。月が赤いんだ。なぜか満月になっている。今日は、大して印象に残る月では無かった筈だ。


「貴女、まさか旧世界の……」

「察しがいいな。いや、普通か……?」

「グラーキさんの仇ですか?」

「そんな訳ないだろう。顔を見に来ただけだと言った筈だが?」


 大変ムカついたようで、ため息を吐きながら、やれやれと首を横に振る。

 どこからか、波の音が聞こえる。もう僕はおかしくなってしまったのだろうか。


「いや、お前は正常だ」


 ……思考を読まれた?


「本当はいつでも読めるんだ、正確には『感じれる』だがな。まぁプライバシーには気を使ってるんだ。これから永いこと一緒にいるわけだからな」

「じゃあ、この景色は……」

「気にしなくていい。どうせ理解できない」


 そう言われてもな。僕の鼓動は、高鳴り始めている。やっぱり、僕の考えは間違っていないんだ。宇宙生物は憧れなんだ。


「お……おねーさん。マジエロいっすね……」


 喜助が声を出す。この状況で言うことはそれか? 喜助らしいと言えば喜助らしいが。

 しかし、人外は無視をする。



「いや……何言ってんだろ? いや、マジで抱かせてほしいっす。自分チンコには自信があるっす。だから、今! ここでさぁ!」

「喜助?」

「あ゛ぁ゛! 違くてぇ!」


 さっき足に包丁が刺さった人間とは思えない動きで、悶えている。地団駄を踏み、頭を掻き毟っている。


「何ていうのかなぁ! ホント! そんなんじゃ無くて! もっと、なんていうか!? と……友達からっていうかさぁ! そんな下心とかじゃなくてぇ! なんていうか! 愛なんですよ! なんていうか!」


 喜助は失禁しながら、饒舌に語っている。大学生だというのに、漏らしていることを気にもせずに。


「清純派? ってやつなんすよ俺! だからぁ! 今から証明したいんすよ!」


 喜助はおもむろに地面に這い、河原の土に頬ずりをしている。とても愛おしいように、生まれたばかりの我が子にするように、丁寧に頬ずりしている。何回か口づけをすると、恋人にする愛撫のように、舐め始めた。


「はぁっはぁっ。愛してます! 愛してんすよ!」


 唾液をだらしなく垂らしたと思ったら、急に飢えていた犬のようにかぶりつく。両手で大事そうに掬い、砂漠のオアシスで数週間ぶりに水を飲むように口に含む。とうとう、身に着けているものを全て脱ぎ捨て、体中に土を擦り付けている。


「バファ! オップ! おぇっ! はぁっ! はぁっ! ズゾゾゾゾ!」

「それで、何故私が貴様の顔を、見に来たのかというとだな……」


 目の前の人外は、これが当然の光景だという言わんばかりに、何も反応を示さない。グラーキさんを見た東城之会の人達も、ここまでは狂っていなかった。


「貴様、感動ができないと言っていたな?」

「なぜそれを?」

「『ビーモス君』だ。本来はな、あいつの周りを警戒する為のものだったんだよ。まぁ、すぐに投げられたけどな」


 あいつ? 今日の侵入者の奴らか? ……羽柴さんか。


「フフフ、一応あいつは、私の庇護下に置かれているんでな。安全はもとより保障されていたんだ。この私の加護に不満があったら困るんだ。……話が脱線したな、結論を言うと、私はお前の病気を治療しに来たんだ」

「なに?」

「簡単に言うとだな、今までお前の脳の一部は、機能障害が生じているんだ。だから、ドーパミンや偏桃体の影響を受けづらいんだ」


 ……なぜそんなことがこの人外に分かるのだ? いや、もうそんなことはどうでもいい。今は、この人外が僕に興味持っている事が感じる。……嬉しい?


「ああ。もう直したんだ」


 こんな、初めて会う人外に、喜助を滅茶苦茶にした人外に、僕は、僕は、こんなにも胸が高鳴っている。


「それが普通の反応だ。私を直視したのなら、須らく発狂する。上位者と既に発狂している狂人以外はな」


 脳が揺れている感じがする。生まれてからの記憶が駆け抜けていく。親、兄弟、クラスメイト、宇堂喜助、宇宙生物。


「ちなみに、直接接触するともっとすごいぞ? 宇宙の真理とやらが感じれるらしい。もちろんおかしくなってしまうがな」


 あまり言葉が入ってこない。

 吐きそうだ。なんだか、無性に悲しい。親に甘えたい。でも、申し訳ない。今までの一挙一足を後悔している。

 

「あぁ。それが、罪悪感だ。……フフ、お前の脳と血液を無理やり加速させ、刺激を与えているんだ。君が人間である限り、この機能からは離れられないよ」


 頭に直接響いてくる。なんだそれは、全然治っていないじゃないか。


「得られる結果は同じだ。悲しいだろう? 苦しいだろう? なんとなく……死にたいだろう?」


 なぜこんなことを?


「思考を放棄しだしたな。それこそ正常な人間だ。あぁ、実に汎用的な人間だ。……堕ちてしまったな。……理由はな、なんとなくムカついたからだ。お前のせいで、あいつとの時間が減った。あいつは、あんなに苦しんだというのに、お前が苦しんでいないのがムカつくんだ。つまり、贔屓だよ」


 何が神だ。お前なら、こんな事態になる前に、未然に防げたんじゃないのか。最後に来て、解決した雰囲気を出すんじゃない。

 ……とんだ邪神だな。

 ……横になりたい。

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