(3)


「……ショート?」

「あ、俺の事知ってるのか?」


 ケインと違い短く切りそろえられた煌めく金色の髪が、太陽の光を含んでキラキラと光っています。


「へぇ、俺も有名人になったモンだな」

「わぁ……!」


 そう、やっぱり彼はケインの弟、ショートです!

 でも、ケインと違って……なんでしょう、どこか子供っぽいというか、人懐っこい顔をしています。僕がまだ子供だった頃に何度か見た事がありますが、まさかこんなに大きくなっているなんて。


「ただ、呼び捨てはいただけないなぁ。階級以前に、ほら……俺の方が年上なんだからさ?」


 そう言って軽くウインクをしてくるショート様に、僕は慌てて頭を下げました。


「っも、申し訳ございません!ショート様!」

「ま、別にいいよ。俺はそういうのあんまり気にしない方だから。ただ、他の奴には気を付けた方がいい。こういう場所じゃ、特にな」

「は、はい、承知致しました!」


 本当は階級も、年齢も……僕の方が上なのですが、僕は深く頭を下げました。でもそれは、ショート様が僕の正体に気付いていないから、ではありません。


「ショート様、いつも本当にありがとうございます」

「あ?何が?」

「民が今日も平和に暮らしていけるのは、ショート様のような立派な兵が居てくださるからです。本当に感謝してもしきれません」


 僕の言葉に、ショート様は不意を突かれたように目を丸くしました。そして、とんでもない事を言うのです。


「あ、いや。それは、別に当たり前の事で……」

「は?」


 なんという事でしょう。いざという時に戦場で命を賭して戦う事が「当たり前」ですって?


「なんて事をおっしゃるのですか!?」

「う、おっ!」


 ケインもそうであったように、ショート様も幼い頃からクヌートの名を背負い、日々訓練に励んできました。そのおかげで、広大な領土を抱えながらも、今の平和が保たれているのです。

 それが、どれだけ〝有り難い〟事か!


「スピルが広大な領土を抱えながら、他国からの侵略によってただの一度も領土を割譲されていないのは、クヌート家の方々が常に体を張って前線に立ってくださるおかげです!一度奪われた領土や民を取り戻すことがどれほど難しいか……!あの、いいですかっ!」

「は、はい!」


 ショート様が、明らかに戸惑っているのが分かります。僕自身、どこで息を吸っていいのかすら分からず、声が上擦ってしまう。


 でも、止められない。


「戦争によって失われるのは、土地だけではありません!残された民の心には、深い傷と不安が刻まれます!ですから、国境線を守るのは城壁ではないのです!ショート様のような立派な兵士の勇名こそが、他国からの侵略を抑止する最大の力なのです!」


 確かに、ショート様の言うように、兵が自国の為に敵国と戦うのは「当たり前」なのかもしれません。


 しかし、決して履き違えてはいけません。

 スピルの兵に与えられた役割は「盾」であり「剣」ではない。


「戦争は……大変、だったでしょう?」

「あ、いや」

「痛かったし、怖かったでしょう?」


 「剣」を持つのは王族です。

 王族は政治を持ってして、言葉の「剣」を振るう。故に、戦争になった時点で、王族は自らの無能を国民や他国に示したも同然なのです。


「だ、だから、よ、四年前は、本当に……ありがとうございました」

 僕たち、役割を果たせなかった無能な王族の不利益を負ってくれて。


 まったく、こんなに喋ったのはいつぶりでしょう。


「っはぁ、っは」


 日頃ケインに対して抱えている想いを吐露するように、僕は普段では考えられないような勢いで言葉を吐き出しました。


 本当はこの言葉はケインに一番伝えたいのですが、彼は僕が四年前の戦争について話そうとすると酷く居心地の悪そうな顔をしてきます。

 でも、それは仕方のない事です。僕のような何の役割もまっとうしていない、所以「形だけの王族」に、何を言われても虚しいだけでしょうから。


「……お前、変なヤツだな」

「っ!」


 ショート様のしみじみとした様子の声に、僕はやっと我に返りました。


「あ、あっ……!僕、今、なにをっ」


 一体何様のつもりなのでしょう!こんなの思い上がりも良いところです!


「申し訳ございません!申し訳ございませんっ!」

「おいおい、ちょっと落ち着け!」


 その瞬間、さきほど庭園を駆け抜けた時よりも、ずっとずっと体が熱くなっている事に気が付きました。顔なんて、きっと湯気が立ちそうなほど火照っているに違いありません。


「別に俺は謝るような事は言われちゃいない」

「い、いえ!僕は、あのっ、身の程を弁えない事を、言いました!」

「弁えないっていうか……、あんな事は普段言われないからな。少し、驚きはした」


 ショート様の頬がわずかに赤らんでいるのを見て、僕は思わず目を瞬いた。


「お、驚いた?」

「あぁ、兵士に向かって『怖かったでしょう?』なんて、普通の人間を相手にするみたいに労ってくるヤツを……俺は他に一人しか知らない」


 ショート様は微かに口元を緩めたが、その目は親しげな誰かを追いかけているようでした。


「だから、むしろ嬉しかったよ。ありがとう」


 そう言って、先ほどまでのような子供っぽい笑みとは違う、ふわりとした笑みを浮かべるショート様はとてもケインと似ていました。

 ケインだ。ここに昼間は中々会えないケインが居ます!


「うわ。ま、眩しい……っ」


 相手がケインでないことはわかっているのに、僕は嬉しくなって思わず心の内をそのまま口にしていました。


「眩しいって……もしかして、俺が?」

「はい!はいっ!」

「ふーん、だったらもっと近くで見てみるか?」

「っはう!」


 なんという事でしょう!

 ケインと瓜二つのショート様が、ケインでは決して言わなさそうな事を口にすると、それはとんでもない威力があります。胸がとてもドキドキします。


「こんな事さ、自分で言うのも何なんだけど……もしかして、お前。俺に憧れてたりする?」

「はい!」

「ふーん」


 とっさに頷いた僕に、ショート様は機嫌の良さそうな顔でグシャグシャと僕の頭を撫でました。


「お前、可愛いな!」

「っわ、わわ」

「それに、なんか和むなぁ。普段こういうのあんま無いから……癒される」


 こんな触られ方をした事は一度も無いので、少しだけ戸惑います。でも、ちっとも嫌だとは思いません。


「それにしても、こんな新入りの使用人の子供にも知られてるほど有名人なのか、俺は」

「ぼ、僕!ショート様の事を、昔からとってもよく知ってます!」

「そうかそうか、裏で俺の愛好倶楽部があるのは知っていたが……女だけじゃなく、お前みたいな子供にも人気があったなんて。うん、悪くないな」


 それに、こんな裏表のない笑顔を向けてもらったのも久しぶり!


「ま、お前が女の子だったらもっと嬉しかったけどなぁ」

「ふふっ」


 そう言ってふざけるように軽くウインクをしてくるショート様に、僕は思わず笑ってしまいました。


 これも、決してケインだったらしないような表情です。でも、だからこそケインと似た顔でそんな事をされると、なんだかご機嫌なケインに会えたような気がしてとても得した気持ちになれます。


 たまに外に出ると良い事もあるものです。金色のバラに、ショート様。日中にケインに似た素敵なモノに二つも出会えたのですから。


「さぁ、新入り。そろそろお前も俺も持ち場に戻らないとだろ」

「あ、えっと」

「お前は一体、どこの担当だ?送ってやるよ」


 ショート様の太い腕が僕の背中に添えられます。

 それに対し、ここにきて僕はどうしたものかと焦りました。なにせ、これ以上ここから離れると部屋に戻るのが遅くなって「人質が逃げた」と思われるかもしれないのです。


「あの……ぼ、僕は、そのあっちに」


 そう言って離れの方を指さすと、ショート様が呆れたような表情を浮かべました。


「あっちって……だから。あの離れには近付くなって言ったろ?聞いてなかったのか?」

「で、でも……僕は、あの」

「ここに居たのが俺じゃなくて兄貴だったら、子供とは言え容赦しないからな。ほら、もう行くぞ。その格好だと……調理場か庭師か?しっかりここの事を先輩に習うんだぞ」


 ショート様が僕の背中に添えた腕にグッと力を込め歩き出しました。


「あっ、あっ!」


 兵士として働くショート様に、ずっと部屋に閉じこもって寝たり転んだりしているだけの僕が力で敵いっこありません。もうこうなったら、ちゃんと僕が「人質の王族ラティ」である事を伝えなければ——!


 そう、思った時でした。

 ヒュンと何かが風を切る音がすぐそばで聞こえ、僕は反射的に身をすくめていました。


「っへ?」


 直後、肉を打つようなパシッという軽い音が聞こえたかと思えば、次の瞬間、ショート様の痛みに悶える声が僕の耳に響き渡りました。


「っい、っでぇぇぇっ!!!」

「え、えっ!?な、な、なに!?ショート様っ!?」


 気が付くと、僕の目の前でショート様が地面に倒れ伏し、痛みに転げ回っています。一体何が起こったのか。僕にはまったく状況が掴めません。


 すると、僕の背後からとても聞き慣れた声が聞こえてきました。


「ショート、お前は俺に殺されたいのか?」

「っ!」


 とっさに振り返った僕の後ろには、金色のバラでも、とても良く似た姿の弟でもない。


「ケイン!」

「……ラティ」


 なんだか、とても苦しそうな顔をした「ケイン」本人が立っていました。



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