これで未来は変わるかも
@yutuki2022
第1話 夏休みは昼夜不明
それは夏空透きとおりそうな朝のこと。
朝顔の姿を見るのは二年以上ぶり。なんて鈍く怠けた日々を過ごして来たのだろうと思う。きっと毎年咲いていたのだろうに、私は気にもしていなかったわけだ。
いやいろいろ忙しくて……なんて。さっさと言い訳をしてしまうあたり、反省も感慨も薄いらしい。駄目だ。
そんな風味に一般的な私、今朝は私風には日常的ではない朝を過ごしている。
早起きだ。
六時。小学校からはラジオ体操の音楽が聞こえる。こちらの方は二年どころではない話。通うことが義務ではなくなって以来の年数きっちり、ご無沙汰している。朝顔に気付くか気付かないかとは違い、こちらは当然と言ってしまっていいと思う。スタンプ集めもなくなったのにラジオ体操に通い続けている人がいたら、そっちの方が変わっているのだ。と思う。と、控えめに。
なぜ早起きをしたのか。
とはあまり聞かれたくない。答えてしまうと早起き、という言葉の意味からズレていることがバレてしまうから。
つまり私、丸一日の記憶がない。丸一日を寝倒して失い、目覚めた私はそのことに気付いて愕然とし――さらに数分を失い――、慌てて着替えて外に出たのは、罪滅ぼしのような心地だったみたいだ。夏休みなんだから構わないと言ってしまえばそうなんだけど、あまりのだらけ具合には呆れてしまった。我ながら。ですけれど。
ラジオ体操の音楽に合わせ、うろ覚えで腕を回す。出てきたものの、こんな時間に目的にできる場所なんてコンビニくらいしかないわけで、起きたら起きたで立ち読みですか、と。そんなら寝てたって同じじゃんとか、言われてしまったら返す言葉はございません。
まぁしかし、でもほら。こうして朝の空気を吸っていることは素晴らしいわけだし、赦せ赦せ。
いいかげんな体操を続けながら歩く私の目に、神社の鳥居が目に入った。
あぁ、こんなんあったっけ。
朱色の鳥居、白い石畳の向こうに、緑の木々を背負ったお社がある。蝉の声が大きい。襲いかかるみたいだ。ミンミン。シュワシュワ。あぁ、今日も暑くなりそう。
私はひょい、と足をそちらに向けた。朝顔発見に伴い、軽く和風な気持ちになっていたからかもしれないし、珍しい早起きに続き、さらに珍しいことをしてみようって思ったからかも。じっとしていたら汗が噴き出しそうだったというのもある。神社の中は木が鬱蒼にも近く生えていて、影は涼しそうに見えた。
まぁとにかくなんとなく、私は神社に入り込んだわけだった。
参拝の仕方が不明。わからない。
後ろに並んでいる人がいるわけじゃないし、と適当に鐘を鳴らして拍手をして手を合わせる。
お賽銭すらないというのに虫のいいお話ですが……と深く頭を下げる。お願い事もいつからぶりかな話で……初詣すら記憶に遠く……清掃にも参加しないでなんなんですが、……。
「いやでもお願いはしない方が迷惑でなくていいんだから、そのごぶさたは謝らなくていいわけだ。要点としては、いつもこちらに神様がおわすことをいかに忘れて、て言うか気にかけちゃないかとないかという点であるのだからして、えー……」
声に出したら出しただけ逆に不信感を煽ったよーに思う。
私は首を振る。邪念よ去り給へ。でもお願い内容は邪念に類するよな、などと振ってる側からそれが邪念だって。
「お願いしますよ、私の恋を!」
力強くもつぶやけば。
「あいわかった!」
と、大きな声が。
いや答えない。普通なんにも答えない。くるっと後ろを向く。誰もいない。そりゃそうだ。
だいたいこの動きは理屈に反している。声は前から聞こえたのだから。前。正面。
なんと言い換えてみたとこで、前なんだってばだから。
私はお社に向き直った。お賽銭箱の上に身を伸ばし、格子に顔を近づける。見えない。何も。つか遠いよ。
お賽銭箱の向こうに回ってやり直し。格子の隙間から中を窺えば、斑に光が入り込んだ畳が見えた。朝の光はそれが限界。こんなに木が繁っていなかったら、もっと何かは見えたかも。
格子を引いてみた。鍵の手応えがして開かないその戸を、それでもまだまだ引いてみる。罰当たり? いやだけど。
人の気配はないみたい。くるり。身を翻し、私は急いでお社の後ろに回った。枝葉が屋根となっているようで、表側よりもさらに影ばかりだ。なんとなくだけど、怖い。背中をぞくりとさせるものはなんだろう。なんだかわかんないからコワイのか……? 誰もいない誰もいない。蝉以外の生きてるものには会うこともなく、お社をぐるりと回って元の場所にと戻ってきた。
「なに。これ」
ここはやはり……空耳で当然か。
そりゃそうだ……
でも。
未練がましくお社を見て、それから木々を見上げて、ウン、と私はうなずいた。
そーうだったらいいのにな。それで願いが叶うんならね。
まだ時間は早いのに、すでに暑くなってきた。太陽のヤツ、本気だ。外界目指して歩き出したら、顎を伝った汗が一粒、石畳に落ちた。
じゅっと音はしなかったけれど、この小さな神社をぬける頃には跡形もなく消えていると思う。
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