第2話 運ばれました

前半憲兵の青年視点です。



 雪が降ってきた。

 憲兵になって五年目になる青年は制服の衿を立てた。冬用の制服でもこの寒さをしのぐのは難しい。妻が編んでくれた毛糸の股引ももひきがなければとても耐えられなかっただろう。

 寒い季節は本当に嫌だ、と彼は思う。夜が明けて朝になると、必ずと言っていいほど路地で貧しい身なりの人々が亡くなっている。その片づけは他の者たちが行うが、それらを見るにつけやりきれない気持ちになるのだった。

 浮浪者などはまだ割り切れる。だが小さい子どもが……というのは本当に嫌だ。


(雪か……明日の朝も何人かきっと……)


 青年が暗澹たる思いで警らしていると、貧しい身なりの女の子が身体に合わない大きな靴を履いて歩いているのを見かけた。籠を持っていることから物売りだろう。本来ああいう子どもは諭して家に帰さなければいけないのだが、えてして親がクズだったりする。籠の中の物を売り切らなければ、家に入れてもらえなかったりするのだ。


(あの子の品物が無事に全て売り切れますように)


 青年はまだ勤務中だったから買ってあげることはできなかった。せめて制服を脱ぐか、人目のない場所でないと難しい。憲兵に対する世間の目は意外に厳しい。

 大通りを馬車が走っていく。雪で車輪が少し滑ったのか、馬車は少し道を逸れた。その先には先ほどの女の子が……。


「あぶなっ……!」

「どけどけ!」

「きゃあっ!?」


 馬車の進行方向がおかしいというのに、御者が叫ぶ。女の子はかろうじて轢かれずに済んだが馬車に靴を持って行かれてしまったらしく、


「私のくつ……お母さんのくつがああああ!」


 と叫んで泣き始めた。けれど道行く者たちは誰も女の子のことを気にせず、せかせかと家路を急いでる。どうして誰も立ち止まらないのだろうか。青年は不思議でならなかった。

 ひとしきり泣くと、女の子は裸足で立ち上がった。青年は女の子が気になってしかたなかったので、その後を追いかけた。



 *  *



 こんな小さな子どもが生きるのに必死にならなければならないなんて、そんな世の中間違っている。

 青年は面食らっている少女を抱えて家まで走った。憲兵の制服を着ていることから誘拐でないことはわかるだろう。

 家まではそれなりに距離があったせいで、着いた時には青年はもう汗だくだった。


「ここは……」

「俺の家だ。マリー、ただいま!」


 そう言って青年は小さな家の扉を叩いた。家の中からぱたぱたと足音がし、ばんっと扉が開いた。


「ルーイ? こんなに早く、いったいどうしちまったんだ……」


 中から現れた女性は、ふりふりのエプロンを身につけていた。背は高く、かわいいというよりは綺麗系である。彼女は青年と少女に何度か視線を往復させると、うん、と頷いて少女を受け取った。


「ちょっと下がっておいで」


 彼女は少女に優しく笑いかけ、少女を玄関から見える場所にある椅子に座らせた。そして青年に後ろを向くように言うと、あろうことかジャーマンスープレックスをかけたのだった。


「アンタがロリコンとは知らなかったよ!!」


(えええええ)


 少女は呆気にとられ、どういう顔をしたらいいのかわからなかった。



ーーーー

次で終りますー。

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