みくり坂下のコンビニ
戸成よう子
第1話
レジ前に立ったその二人連れは、見るからに夫婦といった様子だった。年の頃は四十代といったところだろうか。どちらも人がよさそうで、上品な雰囲気を漂わせている。
二人はやや落ち着かない風情で店内を見て回り、天然水のペットボトルを手にレジへとやって来た。それを差し出しながら、男が尋ねた。
「あの、神社はそこの坂を登った先なのかな?」
周太はバーコード・リーダーを手に、顔をあげて、頭巾の下の男の顔を見た。「はい、そうですよ」
「でも、神社の看板がなかったけど」女のほうが口を開いた。「その坂が参道ってわけじゃないの?」
あの坂の入り口って不親切なんだよな、と周太は胸の内で呟いた。
「参道は、坂を登った先なんですよ」と、説明する。
ふと見ると、二人とも、服の着方がなんだかおかしかった。男のほうは頭巾の紐がちゃんと結べていないし、女のほうは白衣の丈が長すぎる。見るからに、初めて着ました、という様子だ。
「登ると、分かれ道があって、右へ行くと参道です。そこまで行けば、神社の看板や鳥居がありますよ」
「そうなの。手前にも看板を出してくれればいいのにね」
以前はあったのだが、たぶん道路工事か何かで撤去されたのだろう。お陰で、ここ最近しょっちゅう神社への道を聞きに客が訪れる。まあ、その分、店が潤っているとも言えるのだが。
神社を訪れる客の中には、目の前の二人のように白装束に身を包んだ者が少数いる。白装束の参拝者は、よほど信心深いか、遠方から来た観光客、と相場が決まっていた。白い頭巾に、白衣、白木の杖。四国のお遍路さんと似た格好だが、お遍路さんとは何の関わりもないらしい。とにかく、この格好が花中畠神社を参拝する際の正式な服装なのだそうだ。
地元の住人とはいえ、神社には正月に何度かお参りに行ったことがあるだけの周太には、参拝客がなぜそこまでしてあそこを訪れるのか、さっぱりわからなかった。とはいえ、住人は皆、白装束の通行人を熱心な参拝者として敬っている。彼らが不自由しないよう、駅からの街道には様々な心配りがなされていた。駅前には白装束をレンタルできる店がいくつもあるし、案内地図にも神社までのルートが記されている。このコンビニにも、販売用の白装束が常に二、三セットは置かれていた。値段は一式三千円で、杖と草履は別売だ。
「ここからかなり遠いのかい?」と、男がやや不安そうな面持ちで聞いた。
「そんなことないですよ。分かれ道までは十分程度だし、そこからの道は段々になっていて登りやすいですから」
男はそれを聞くと少しほっとした顔をした。「そうかい。何しろ、荷物が重いからね。足元がふらつくんじゃないかと心配で」
よく見ると、男は背中のリュックのほかにボストンバッグまでさげていた。バッグは白装束に不似合いなほど大きく、ずっしりと重そうに見える。
何が入っているのだろう、と周太は内心、首を傾げた。
「こんなことなら、草履なんて履き慣れないもの、履いてくるんじゃなかったよ」
「そうよ。靴なら持ってきてるんだから、履き替えたら?」
周太は女に同意した。「そのほうがいいかもしれませんね」絆創膏ならそこにありますよ、とさりげなく付け加える。
「いや、大丈夫だ。行けるところまで行ってみるよ」
そう言うと、男は買ったばかりのペットボトルの蓋を開けて、中身を飲んだ。
「無理しないでくださいね」
周太はそう言って、二人を送り出した。
ガラスドアが閉まると、店長が奥から姿を現した。「参拝客?」
「そうです。道を聞きに来たみたいです」
「重そうな荷物を持ってたね」
鋭い視線をドアの向こうに送りながら言う。すでにそこにいない客を、その目は値踏みしているようだった。
「そうですね」
「神社に来るお客がいるお陰で、うちの店はやっていけるようなもんだからね。ああいうお客には親切にしてあげてよ」
周太は肩をすくめた。「わかってますって」
店長は頷くと、大きな体を揺すりながらバックヤードに戻っていった。
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