第9話 ドボンッ

 今度は私も浮き輪を借りてプカプカ浮いています。


スッ


始まった。


「始まったねえ」

「ワクワク」


ミッチとカンナの期待に満ちた声も聞こえた。


スゥー


一度、下に落ちる感覚がした後。


フワァ。


グングンと浮き上がっていく。隣を見るとミッチの笑顔とカンナの目を見開いて驚いている顔、周りの風景も流れていく。


なんかたのしー


と思っていたら、

1番高く上がったと思った時。ヴンって押された。波の頂じゃないかな。

少しの浮遊感の後、風景が急速に流れて見えて、足が天井と重なって見えた。そのまま、水の中に落ちてしまった。


ゴボォウ


聞こえたのは一瞬。もう音は聞こえない。ギュッと目を瞑った。頭から体から、水の中に入っていくのを感じる。

慌てたのも一瞬。脳裏には、お兄ぃの言葉。


『水を飲んだ』


   じゃあ。


 私は両手で口を覆う。水なんか飲んでやらない。あんな辛そうなお兄ぃの顔なんか見たくない。させない。

 そのまま足を引き寄せ、体を縮こませた。

 感覚的に下へ下へと落ちていく。すると誰かが抱きついた。背中に手が回る。ぐるんと体が回る。頭が上になった。膝の下に誰かが腕を入れてきた。

 そうして、体が浮かび上がり、顔にまとわりついていた水が離れた。

 スゥッと空気を感じる。

 でも、まだ口は開けない。額から髪の毛から水が滴り落ち、鼻の頭を頬を水が流れている。


「美鳥」


 一孝の声が聞こえた。焦って切迫している。


   ああ、水から頭が出たんだ。


 口を覆っていた手を離し顔を拭う。

 そして、

そおっと目を開けた。明るすぎて目が眩んだ刹那。一孝さんの顔がはっきりしてきた。


 「美鳥、美鳥。おい」


 目の前に彼の顔があるの。私は腕を彼の頭に回して抱き寄せる。ここで息を吐き出し彼の名を、


「一孝さん」


 呼ぶ。

抱き寄せていた彼の頭を少し離してみた。眉尻が下がって心配してくれてるの。もう一度、頭をかき抱き、


 「一孝さん、一孝さん」


 そうして、時間が過ぎた。

 すぐ、ほんのちょっと、少し、ちょっとだけ、それとも、ずっと。一孝の頭を抱きつづけていました。


「どう、大丈夫か? 水は飲んでない?」


 私は、一孝さんの頭にくっつけている額を否定の意味を込めてグリグリと擦り付けた。


「はぁっぁ、良かったあ」


 彼の緊張の抜けた、ゆったりとした声が聞こえた。ここで私は彼の頭に回していた自分の腕を外す。頭を彼から離し背中を彼の腕に預けた。


「ありがとうございます。一孝さん」


 改めてお礼を口にした。

 私の体は腰は水に使っている。丁度、水着のトップスが水面からでていた。足と背は彼が抱えている。いわゆる姫様抱っこの状態。

 そのうちに一孝さんは歩き出した。浅瀬の方へ歩いていく。水の抵抗などものともしない、揺らぐことなく抱き抱えられている。

 もう、何回目のお姫様抱っこだろう。でも人目があるはずなのに恥ずかしさを感じないの。私は、まだ緊張して強張っているのかなぁ。

 そうして、


   ザバッザバッ、ザザ、ザザッ、ザッ、ザッ、ザ、ザ


 と、水面を抜けて砂の上を彼は歩いて行った。

 周りにビーチチェアが見え出すくらいまで移動したと思ったら下ろされた。その中の空いていたチェアーに降ろされて、寝かされてしまった。

 彼はチェアーの横に跪き、私の顔を覗き込んでいる。


「美鳥」

「はい」

「水は飲んでないよね」


 また、聞いてきた。何度目になるのかな。


「うん」

「うんって、前の時もそう言って、飲んでたの誤魔化したんだから」


 一孝さんは私の額に張り付いた前髪をいじりながら、私をみてる。

 心配してる。心配してくれている。


 「あの時はごめんなさい。今日は大丈夫」


 私は口を手で覆った。そしてすぐ外す。


 「あんな話をされたんだもん。危ないって思ったら思わず、つぐんでいたよぅ」


彼は破顔した。

「良かったよ。俺もあんな話をしていて、すぐ美鳥が落ちただろ。だったから焦ったんだよ」


 一孝さんが私の前髪をワシャワシヤしだした。でも笑ってるの。私は成すがままになるしかありません。


「美鳥、大丈夫?」


 そのうちにミッチとカンナが来てくれた。2人して私を覗き込んでくる。


「いやぁ、私も急に押されてね。そのままカンナの浮き輪にぶち当たって」

「それでぇ、ミッチの浮き輪に思いっきり押されてね。美鳥のに当たっちゃって」


 2人の声から心配してくれている気配がありありとわかる。


「驚いたけど、大丈夫だよ」

「良かったよ。すぐに風見くんが美鳥を抱き上げて、水面から出てきたんだ」

「かっこよかったよ」


 私はチェアーに横たわりながら一孝さんを仰ぎ見る。彼の頬があかくなっていく。恥ずかしがってるの。


「美鳥、もう良さそうね。幸せって顔してるよ」


 そう言いながらカンナが物欲しそうな顔で私に近づいてきた。


「その、幸せ分けてね」


 なんとカンナはビーチチェアーに横たわる私の上に乗ってきたの。


 「ぐっ」



 一孝さんとミッチが私たちを取り押さえてくれたんで、チェアーごとひっくり返るようなことにはならなかったよ。


   ふぅ
















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