第13話 救助

「どうして……来ちゃったの?」


 その言葉に俺は驚愕した。あたかも来て欲しくなかったかのように。


 見てはいけないものを見せてしまったかのように。


「どうしてって……そんなの後だよ! 中に人は!? お母さんは!?」


「私以外……みんないるよ……」


 泣き崩れ、見たこともない表情をした彼女を見て、俺は何をすればいいか分からなかった。


 思考が追いつかない。何故彼女だけ外にいるのか。


 でも、身体は勝手に動いていた。


 目的無しに燃え盛る炎の元へと走っていった。


 熱い熱い……目も開けてられねぇ……くっそ!


 俺は玄関のドアを蹴り飛ばした。燃えていたおかげか、軽く吹っ飛び、中の様子が見えた。


 家の中も炎でいっぱいだった。


「勢いで来ちまったけど……こんなとこ入れねえ……そうだ」


 身体中に神経を集中させた。血液の流れに。

 俺は流れるところになら魔力を流せる。だったら……


「身体中に魔力を……流せ!」


 この行動は普通の人なら恐らくすぐ動けなくなるだろう。


 でも、俺ならできる。俺の魔力量なら。唯一人より優れているこの点で。


「これならまだ熱いけど……耐えられる!」


 俺は家の中へと走って入っていった。ポケットから、いつから入っているか分からないハンカチを取りだし口を抑え、間取りも分からない家を走り回った。


「うわっ! 人……なのか?」


 なにかに躓き、転びそうになった身体を何とか立て直した。


 振り返り、床を見てみると、ほぼ原型をとどめてない人が倒れていた。


 途端に気分が悪くなる。


 これ……お母さんとかじゃ……ないよな……


 メイドか何かだろうか。もうなにかも分からない。


 この調子じゃ恐らく誰も生きていられていない。

 その時だった。


 ……!


 魔力だ。魔力を感じる。多分1階から2つ……2階に1つだ。


 これが人の魔力なら……行く価値あり。


「熱いけど……もし、本当にもし、これがケイトのせいだって言うなら……」


 被害は最小限にだ。これが俺に出来る最大の助け。まだ信じていない。でも、本当に彼女だとしたら。


 罪は償わなければいけない。今俺のやってる行為はただの私情だ。この街の人からしたら反逆者だ。


 でも……でも。俺は信じるって決めたんだ。


「あっちぃなぁーー! こんにゃろ!」


 俺は1階の魔力を感じる部屋へと走って行った。


 その部屋の前まで着くと、やけにこの部屋のドアだけ綺麗に保たれていた。


 ドアに……魔力?


 ドアには魔力が流れており、結界のようになっていた。

 恐らく内側から開けられないようになっている。


 俺は急いでドアを開けた。


「お、おい! 助けが来たぞ!」


「……た! 助けてください!」


 そこに居たのは見覚えのある男と、見覚えのない女だった。


 その男はまさにケイトのお父さんであった。

 でも、その姿に目を疑った。部屋の中には火の手はまだわずかであった。


 恐らく、結界のおかげで中まで火が回っていないのだろう。

 内側から開けられないって言うのは少し疑問だ。


 でも、お父さんは上半身裸。女は全裸で、俺が入ってきた途端、毛布をくるみ、身体を隠した。


 俺にはそこの女がケイトのお母さんには思えなかった。


「……怪我はないですか」


「あぁ! ないから早く助けてくれ! 火傷で体が痛いんだ!」


 俺は溢れ出す感情を抑え、ハンカチをくわえ、2人を抱えて部屋を出た。


 そこから1番近い窓を突き破り、外へと出た。そこから、ケイトの方へと走り、抱えていた2人を投げ捨てるように少し荒く手放した。


「ケイト。これだけ教えてくれ。そこの女の人は君のお母さんか?」


 そう聞くと、ケイトは小さく震えながら首を横に振った。


 俺はまた走り出す。さっき感じたもうひとつの魔力の所へと。


 階段を駆け上がり、その部屋までたどり着いた。


 ここも魔力の結界が……誰がこんなこと……


 急いでドアを開ける。するとそこには一人の女性がベッドの上に座っていた。


 その様子は、焦りでなく、ただ、死を待つだけの装いだった。


「大丈夫ですか!?」


「……誰? 助けに来たなら私はいいから……他に行ってちょうだい……」


「もうあなた以外助けましたし死にました」


「……そう」


 ベッドの女性へと駆け寄り、俺は抱えようとした。


「本当に私はいいから」


「良くないです! 早く!」


 俺を拒絶する女性は本当に生きる気力を無くしていた。まさに、寝取られた時の俺のようだった。


「どうしてそんなに助けようとするの? いいって言ってる人を」


「じゃあ……! これだけ教えてください!」


 さっきの部屋と同じ様に、結界のおかげで、まだ火の手は大きくは広がっていなかった。


 そのため部屋の原型もまだあった。

 俺の目線の先には1つ、額縁があり、そこに入っていた写真に写っていた人を見て、ある質問を決心した。


「あなたには……1人でも大切な人がいますか!!」


「……!」


 その質問を聞いた瞬間、女性は俺がさっき見た写真の方へと目を向ける。


 その写真に写っているのは、紛れもなく、この女性とケイトのツーショットであった。


 写真を見て、女性は涙を流す。

 そして、女性は小さく頷いた。


「だったら今回くらい死ぬこと諦めてください!!!」


 こうして俺は女性を担ぎ、部屋を出た。


「あっつ!!」


 魔力を纏っていても耐えられないくらいに火の手は回っていた。


 階段を降りてる暇は無い。こうなったら。


「おーーりゃーーー!」


 俺は窓を突き破り、2階から飛び降りた。


 足に魔力足に魔力足に魔力!!


 ドンっ!!!


「痛ってぇ……けど行ける!」


 着地に成功した俺はもう一度、ケイトの元へと向かった。


 女性は気を失っており、俺は優しく安全な石の道へと寝転ばせた。


 今ここにいるのは、俺、ケイト、ケイトのお父さん、裸の女、そして、最後に助けた女性だ。


 パチンっ!


「おい! お前がやったのかと聞いているんだ!」


 戻ってきた時に起きていたのは、家族喧嘩だった。


「……」


 ビンタされても何も言わないケイトが俺に気が付く。


「一旦……待ってくださいお父さん」


「君には関係ないだろ! これは家族の話だ!」


「俺はあなたを助けた! その事くらいは分かってください!」


「その話は後だ! 今は違う話を……」


「だったら尚更静かにしろよ!!!!」


「……!」


 何が尚更だ。今更家族ぶるなよ……俺。

 俺の叫びで、場が静まりかえる。


「消防です! 怪我人は!」


「あっ……この3人だけです。みんな軽傷なんで。後はもう……」


「……分かりました。先に消火活動を行います」


 複数人の消防隊員が魔法で水を発生させ、消火活動を始めた。


 俺は会話を再開させる。


「ケイト。この女性は……?」


「私の……お母さん……」


「お前……!」


 また話しを遮ろうとしたお父さんに睨みを聞かせ、最後にもうひとつ質問をした。


「……この火事。ケイトがやったのかな」


「……」


 長い沈黙が続く。そして、やっとケイトが口を開いた。


「ごめんなさい……私が……私がやりました……」


 考えうる中で一番最悪で、一番可能性の高かった回答が返ってきてしまった。

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