第8話 質問

「バッド君。ちょっと入ってきてくれる」


 暗い声のケイトに、俺は呼び出された。

恐る恐る、ドアを開け中へと入る。


 そこには、お母さんの部屋着に着替えたケイトの後ろ姿があった。


「あ、あの! け、ケイト、ち、違うんだ……」


 俺が焦って言い訳をしようとしたその時だった。


「バッド君ってさ……私といる時……どんな風に思ってるの?」


 この質問に答えがあるのか、と言われれば恐らくノーだ。

 これはただ、ケイトの考える正解を当てる簡単な質問だ。


 でも、かなり難しい。俺にとってはかなりかなり難しい。


「ど、どんな風にって……?」


「私はね。バッド君といるとすごく楽しいし、安心するの」


 返事を考える間を与えないように、ケイトはすぐ口を開く。


「だからさ。もし、今私が……」


 そう言ってケイトは着ている部屋着に手をかける。


「待って待って!」


 俺は咄嗟に止めに入る。

 今、ケイトが何を考えて何をしようとしているのか、正直全くもって分からない。


 きっと何かあるのだろう。過去に、今に。そして未来にも。


 その何かを聞くのはまた今度だ。その理由は簡単だ。


「今……脱いであなたを誘ったら……どうするの……?」


 ケイトは泣きながら部屋着にかけた手を下ろした。


「何もしないし、すぐ服着させるよ」


 何をすればいいか分からない。でも、なにかしなきゃいけない。


「だから、どうにかして欲しい時はちゃんと教えて欲しい」


 そう言って俺は、震える彼女を後ろから抱きしめた。


 ケイトは後ろから回された腕を両手でギュッ、と掴み、震えた声で話し始める。


「バッド君って本当に……優しいんだね」


「優しいとかの問題じゃない。俺は君を大切にしたいだけだよ」


「ふふ、ありがとう。こんな私を大切にしてくれて」


「会ってまだ日は浅いけどな」


 俺はゆっくり手を離し、2人で笑った。


「でも、本当に私が脱ぎ始めたら押し倒しちゃうんじゃない?」


 ケイトはクルっ、と振り返り、俺をからかうように言い寄った。


 もう、大丈夫そうかな。


「そんなことするってことはケイトの方が押し倒されたいんじゃないのか?」


 軽くからかい返したつもりだったのだが、ケイトは顔を赤らめさせながら、少し動揺した表情でモジモジし始めた。


 ……あれ? これってそう言う展開?


「嫌だってわけじゃないけど……まだ早いって言うか……だめ! やっぱダメー!」


「ダメって俺は何もダメなんて言わせること言ってないぞ?」


 冷静を装え、俺よ。耐えるんだ。ここで耐えなきゃ未来は無いぞ。


「まぁ……もうちょっと大人になったら。またそう言う話しましょ」


 ケイトはまたクルっ、と振り返り、そういった。

 大人になったら。俺たちが付き合って、結婚してから。


 前世の俺にできたんだから今の俺にもできるはずだ。頑張れ俺。そして、頑張れ……ケイト。


「じゃ、忘れずにな」


「ふふ、忘れちゃうかもね。ベッド座っていい?」


 こうして俺たちは、お母さんが帰って来るまで2人で話をした。




 エッチなことはしてないぞ!


 ──────


「ケイトっていいます……」


「バッドのお友達なんで初めてだからね〜。しかもこんなに可愛い女の子〜」


「バッド……お前も男になったな……」


「ちょっと! 恥ずかしいし本人まだいるから目の前に!」


 俺とケイトと俺の両親は、食卓についていた。

 愛想笑いを続けるケイトを助けようと俺は頑張っていた。


 てか……こんな豪華なご飯なに!? 俺の誕生日よりも豪華だぞ!?


「とりあえず食べよう。ケイトも……ごめんね。遠慮せず頂いて」


「う、うん」


 4人でいただきます、と声をあわせ言い、みんなで食べ始める。


「おいしい……!」


 そう言うと、ケイトはバクバクと料理を食べ始めた。

 お母さんたちも、もう何も言わず静かに食べ始めた。


 嬉しそうにご飯を食べる彼女に俺は見とれてしまっていた。

 彼女に今、何があるのか。知りたくて知りたくて仕方がない。前世の俺も知らない事実。


 でも、今じゃないかな。

 ちゃんと教えて欲しいとも伝えたし。もし伝えてくれないならその程度の男だってことだ。


「バッド〜あなたも食べなさい〜」


「あ、うん。食べるよ」


 お母さんに話しかけられ、魔法が解けたようにご飯を食べ始めた。


 今日は大切な日だ。これからに向けての。

 無駄にするなバッド。


 てか、いつもより美味いな……


 ──────


「ごめん待たせた」


「全然大丈夫だし、本当に家まで送ってくれなくて大丈夫だよ」


「じゃ、隣町にだけでも」


 トイレを済ませ、彼女の帰る時間。玄関でそんな会話をしていると、リビングからお母さん達が出てきた。


「また、いつでも遊びに来てね〜。ご馳走するから〜」


「バッドが変なことしたら……教えてくれよ……」


「はい! 今日は本当にありがとうございました!」


 深く頭を下げたケイトは、ドアを開けて外に出た。俺もそれにとりあえずついて行き、外に出る。


「まぁ、ケイトが嫌ならここでバイバイだな」


「……嫌じゃない」


「ん?」


「じゃ、隣町まで送ってくれる?」


「あぁ。もちろんだよ」


 こうして俺たちは歩き出した。

 30分程歩き、隣町に着く。


「それじゃ……またね」


「おう。またな」


 俺は手を振り、彼女の帰路を見送ろうとした。

 その時。


「次は来週ね」


 彼女は俺の耳元に近付き、小さな声でそう言った。

 驚いた俺はすぐに返事を出来なかった。


「じゃ! またね!!」


 気が付いた時にはもう手を振り、俺から離れていっていた。


 はぁ……来週か……

 遠いなぁ……


 この世界の人達はこうやって惚れていくのだろう。

 俺は再確認した。いや、再確認させられた。


 寂しい気持ちをぐっ、とこらえ、走り出した。


「くっそーーー!」


 何がクソなのか分からないが、自分の気を紛らわせるために叫びながら帰った。


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