第3話:厄介ごと

 なんだろうと、人混みを掻き分けて囲いに加わる。

 囲いの中心では一人の獣のような耳と尻尾を生やした少女と、大きな肉体を持った男が言い合いをしていた。


「だからBランクのテメェに!! できるわけねぇだろ!!」

「できるったらできるもんっ!!」


 どうやら、依頼の奪い合いの一環らしい。

 テンプレのような光景、日常茶飯事だ。

 大して注目すべき内容でもない、はずなのだが。

 囲っている人たちはその二人の言い争いに注目して離れようとしない。


 一体なんのクエストで取り合っているのだろうか。

 と、二人の手元を確認してみるが、依頼用紙が見当たらない。

 と言うことは、奪い合いではないのだろうか。


「いいか。Sランクの俺らですら、生きて戻ってくるので精一杯だったんだぞッ!! テメェみたいなガキが、それもBランクのやつがッ!! 飢餓個体の竜を殺せてたまるかッ!!」


 なるほど。

 凄くめんどくさい。


 なんせあの二人の言い合いの原因は、俺の受けた依頼だからだ。


 本来、Aランクには無理な依頼だ。

 復帰依頼が難易度の高い依頼とは言え、普通こんな依頼は出さない。

 あの男が言った通り、俺より高いランクに位置するSですら、生きて帰るので精一杯と言う感じだ。


 数十人、Sランクをその程度用意してやっと、と言った感じだ。


 そんな依頼をあの受付嬢は渡してきたわけだが。

 俺のことをから渡してきたんだろう。

 ……多分。


「うるさいッ!! 私はあいつを! あいつを討ち果たす!! 絶対にッ!!」


 その決意と殺意に満ちた目に、男は一瞬怯んで後ろに下がるが、負けじと言い返し始める。

 言い争いは大きくなるばかり。

 このままではいずれ、戦闘へと発展してしまうだろう。


 そうなった場合……結果は見えている、と言ったところか。

 ランクとは即ち、貢献度……貢献度はそのまま戦闘力に直結するものである。

 どれほど強いやつを倒したか、どれほど危ないことをしてきたか。


 ランクはそれを指し示す。

 多少例外はあれど、ランクでその人の力は測れる。


 そしてランクはFからA、そしてA+、S、S+となっている。

 つまり、BとSには大きな差が存在するのだ。


 故に、戦闘になった場合、あの少女が負ける可能性は高いだろう。


「……やあ。ちょっといいだろうか?」


 取り敢えず大変なことになる前に、割って入ることに。

 二人の視線が俺に向けられる。

 その視線はまるで、奇妙なものを見るような目だった。


 まぁ、サーベル片手に片目のない金髪女が現れたら、そんな目にもなるだろう。

 一先ず事情を説明することに。


 二人から一度、飢餓竜について確認を取り、それについてもめていたことを聞き出す。

 そして俺がその依頼を受けた、と伝えた。


「それじゃあ、お姉さんが飢餓竜の依頼を受けて?」

「まぁ、そんなとこだね。規定としては……」


 他人の受けた依頼を横取りするような真似は禁止されている。

 仲間内、もしくは事故ならば問題はないが、言い逃れのできない状況であるのならば、道具を用いて通報することが可能だ。

 その場合、問答無用で資格剥奪されることになる。

 ルールを守れない人間は組織に必要ない、とのことで。


 ただ……彼女の場合、倒すことだけが目標のように見える。

 依頼を横取りとは、報酬を受け取るまでが横取りとなっているため、今回の場合は横取りにならない可能性はある。

 が、そのまま討伐させてしまうと、後でもめる原因にはなる。


 自暴自棄でないならば、の話だが。


「ほう? 嬢ちゃん、そいつは復帰依頼なんだな?」

「ああ、元はAランク。ランク的には不足してる、ってのは理解してる」

「……?」

「……ああ、本当さ」


 Sランクなだけはある。

 ある程度とは言え、俺の実力を見抜いているようだ。

 少なくとも、飢餓竜はなんとかなるだろう、ってことぐらい。


 だからそれ以上の疑問を提示することはないし、それ以上は何も言ってこない。

 だが、少女は違った。


「その依頼、買わせてくれませんか!?」

「……! なるほどね……」


 なるほど、そう来たか。

 買わせてくれ、という依頼の売買はそれなりにある。

 例えば討伐対象から取れるものが良い素材になったりした時とかだ。


 一応ギルドの規定で依頼の売買時、売る方は報酬料以上の金額を提示してはならないとなっている。

 とはいえ、断ってはダメ、などと言うルールもないわけで。


 ……さて、どうしたものか。

 別に売ってあげてもいいが、それではほとんど見殺しにするようなものだ。

 ならば……。


「百万」

「……へ?」

「百万へリル、それで売ってあげてもいい」

「ひゃ、百万ですか!?」

「復帰依頼だからね。復帰するのに百万へリル、だから売るのもそのぐらい、ってわけ」

「そ、そんな……」


 少女は百万という大金に狼狽え、唸り、悩み始める。

 かなり無理をすれば払えない金額でもないだろう。

 仮に借金をしたところで、奴を仕留めれば報酬は貰えるからな。

 それで借金は返せる。


 ……仕留めれば、の話だが。


「す、少し待っててください! お金! 用意しますから!!」


 そう言うと走り出して去ってしまった。

 あの様子では、確実に借金しに行ったのだろう。

 そこまでして討ち取りたい相手、ってことになるのだろうか。

 とは言え、規則を破ってまで殺したい、ってほど自暴自棄にはなっていないようだが……。


「……なんか知ってる?」


 俺は男の方に顔を向けると、頭を背後の部分を掻きながら答える。


「いや……ちょっと聞いた程度だが。兄のかたきだとか何とか……まぁ、そうは見えねぇけどな」

「そ。仇……ふーん……そうは見えないね」

「同感だな。大事な奴の仇ってんなら、もっと生き急ぐもんだ。普通ならな」


 そう言って俺へと視線を向ける。

 そして改めて体ごとこちらに向けると、今度は俺に向かって質問を投げかけた。


「嬢ちゃん。名前は?」

「……言う必要ある?」

「言いたくないなら言わんでいいが……その特徴。言わずとも分かっちまうぜ」

「……やっぱり?」


 ああ、と頷く。


「『』のノエル。傭兵として名を知らしめ、世界を救った一人」

「……世界を救った、か。仕事、だったからね……それに今は……」


 俺は片目に触れる。

 今はもう見ることもできない右目を。


「……『片目の極光』、そう呼ばれてるんだったか? ……どちらにせよ、じょう……いや、アンタになら任せられる。奴のことはな」

「じゃ、早速だけど色々教えてもらえると助かるな。遭遇したんでしょ?」

「ああ、構わねぇ。つっても分かってることも少ねぇからな。手短になるぞ?」


 そうして飢餓竜の情報を手短に聞いた俺は、少女を待たずギルドを後にしたのだった。

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