深海の羽衣〖かがやく密箱〗④


「お待たせ。」


「いい匂い。」


 祖母は、私の目の前に鍋焼きうどんを置くと、隣に座って、手を握った。


「手が真っ赤じゃないか。どおれ、ばあちゃんがあっためてあげようねえ。」


 祖母はそう言うと、私の冷たい手を懐に入れた。不思議なことに、手だけでなく、体中がじんわりと温かくなっていく。


 ダルマストーブでは、芯まで冷えた体をとかすのは難しい。五十代の私が生きる現代は、家も、手袋などの防寒具も、ストーブなどの暖房器具も、どれもこれも目覚ましい改良が施されていて、当時ほど寒い思いをしなくなった。しかしその分、このようなふれあいは減ったようにも思う。


 祖母の顔を見ると、深い皺が刻まれている。これまで生きた証なのだと思うと、とても愛おしい。私は、祖母の顔にそっと触れた。


「昔も、こうやって、ばあちゃんの皺を数えてくれたねえ。」


 こうして触れている祖母は、もうこの世にいない。ぬくもりも何もかも伝わるのに、羽衣を見つけてしまえば、それらは露のように消えてしまう。早く羽衣を見つけたい思いと、このままでいたい思いが交錯する。


 私は、複雑に交わる自分の心をごまかすように、鍋焼きうどんを食べた。あのときと同じ、祖母の優しさがつまった味だった。


「ばあちゃんは、途中で闇の箱を使ってしまったけれど、お前の記憶の再現に参加できたおかげで、羽衣は見つけられたんだ。ありがとうね。」


 お腹がいっぱいになり、心も体も温まったからか、徐々に祖母の声が遠のいていく。返事をしたいのに、お礼もたくさん言いたいのに、体に力が入らない。よりかかった私を支えながら、祖母は、子守をするときのように、背中をポンポンたたいて子守唄を口ずさんだ。



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 ねんねんころりと祖母の声 ダルマストーブ子守唄

 お帰りなさいと抱き締める 祖母に甘える たぬきの子

 冷たいおててを胸に寄せ 風邪を引くなと温める

 ほんの小さな優しさが幾年月にも感じられ

 おててと心を解かしゆく 春の陽射しの暖かさ

 ねんねんころりと永遠の愛

 そっと口付くちづく 祖母の頬


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