第49話 部長の秘策


 俺と部長は、手を繋いだまま部室へと戻ってきた。


「よかったよかった。体も元に戻ったようだし、これで安心して触れ合える」

「そういえば、部長って小さい頃から何かにつけて俺にくっついてましたよね」

「そ、そうだったかな。むしろ、くっついてきたのはまーくんのほうだったような」


 蘇った記憶をたぐりながらそう口にすると、彼女はあからさまに視線をそらした。


「絶対違いますって。それと、まーくん呼びはやめてください。さすがに恥ずかしすぎるので」

「誰も聞いてないよ。そっちも、みゃーちゃんって呼んでいいから」

「呼びませんから」


 ニコニコ顔のまま、わざとらしく肩を寄せてくる部長を俺は必死にかわす。

 雨宮あまみやみやこだから、みゃーちゃん。当時の俺、どんなネーミングセンスしてたんだろう。

 もしかしたら、本人がそう呼んでくれって言ったのかもしれないけど。


「それより、今はポスターを完成させるのが先ですよ。アドバイス、よろしくお願いします」

「それなんだけどね。私、秘策を思いついたんだ」

「秘策……ですか?」

「そう! 私とまもるくんにしかできない、共同作業だよ!」



 ……その後、俺は下書き用の鉛筆を手に、ポスターの前に座り込んでいた。


「言われたとおりにしましたけど、ここからどうするんです?」

「そのままじっとしててね……よいしょ」


 ……直後、部長が背後から抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと部長、どういうつもりです?」

「私は鉛筆を握れないけど、護くんになら触れることができるから。キミに協力してもらえば、こうやって……」


 そう言いながら、彼女は俺の右手に自分の右手を重ねた。

 結果的に、彼女は俺を介して鉛筆を握る形になる。


「どう? これなら私が鉛筆を持ってるのと同じだよ」


「……かなり無理がありません?」

「そんなことないよ。そのうち慣れるから、護くんも手と肩の力抜いて」

「力を抜けと言われましても……」


 そこまで言って、俺は言葉に詰まる。背中には押しつけられた柔らかいものが当たっているし、どうしても力が入ってしまう。


「……まだ力が入ってる。力を入れるのは指先だけだぞ」


 次の瞬間、耳元でそう呟かれた。吐息がなんともくすぐったい。


「あと、もう少し鉛筆を倒してくれると嬉しいんだけど」

「こ、こうですか?」

「そうそう。そんな感じ」


 どぎまぎしながら、その指示に従う。彼女が俺の手先を動かすと、それに連動するように線が引かれていく。


「……よしよし、描けてる描けてる。数年ぶりのイラストだ……」


 何度か試行錯誤をしているうちに、彼女も俺を使って絵を描くことに慣れてきたのか、耳元で声を弾ませる。

 その様子に俺は安心感を覚え、いつしか彼女に身を任せていく。


「うーん、護くん、ちょっと笑ってみて」

「はい?」


 その時、下手に顔を動かせば触れてしまいそうな位置から、部長が言う。

 笑えって、どういうことだろうか。


「ポスターの男の子の笑顔を描くのに必要なの。早く笑って」

「こ、こうですか?」

「引きつってる……」


 全力で笑顔を作るも、彼女は眉をひそめていた。


「でも、笑いながら絵を描くとか、誰かに見られたら変に思われません?」

「全然そんなことないよ。絵は楽しく描くものだし。誰だって笑顔になるよ」

「そうですかね……?」


 俺は首を傾げるも、部長が楽しげに鉛筆を動かす様子を見ていると、不思議とその理論も正しいと思えてくる。

 そんな彼女と一緒に作業をしているうちに、俺もいつしか笑顔になっていたのだった。


「……よーし、下書き完成!」


 それから一時間とかからないうちに、手を繋いだ男女のイラストが完成する。

 そこに描かれていたのは、俺と雨宮部長にそっくりな二人だった。


「ちょっと待ってください。これ、俺と部長に似てませんか?」

「そ、そうかなー。気のせいだと思うけどなー」


 思わず問いかけると、彼女は顔を赤くしながら視線をそらす。


「……正直、恥ずかしいんですけど」

「私の姿は護くんにしか見えないのだし、何を恥ずかしがる必要があるのかね」

「いや、部長の姿が見えないからこそ、これじゃまるで俺が理想の女の子を描いたように思われそうで……」

「り、理想の……それはそれで、勝手に思わせておけばいいんだよ! ほら、次は着色作業! ちゃちゃっと終わらせちゃおう!」


 ついそう口にするも、部長はどこ吹く風。そのまま俺の手を掴むと、画材の置かれた棚へと向かっていく。

 まったくこの人は……昔と全然変わっていないな。

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