第47話 部長を追いかけて
「……何やってるんだろう、俺」
人のいない真夜中の校舎を、俺は部長を探してひた走る。
幽霊となった彼女は、意志を伝える道具を手にすることができない。
つまり、大好きなイラストを描くための絵筆や鉛筆も、一切持つことができないんだ。
美術部の部長という立場を捨ててまでイラスト部を作ろうとした人だし、絵が描けないと知った時の絶望感は相当なものだったろう。
――あなたは絵を描けないんですから、口出ししないでください!
ずっと彼女のそばにいた俺は、その苦しさを一番わかっているべきだったのに。逆にひどい言葉を浴びせてしまった。
いくら後悔したところで、一度口から出た言葉は取り消せない。
あの言葉を発した時の俺は、一瞬……本当に一瞬だけ、彼女のことを疎ましく思っていた。
「……彼女に、謝らないと」
必死に階段を駆け上がり、最上階へ。
やがて目の前に現れた巨大な扉は、半分開いていた。
彼女がいそうな場所、心当たりはここだけだった。
◇
「……やっぱり、ここにいたんですね」
屋上へと続く扉を開けると、すっかり冷たくなった秋の空気が身を包み込む。
以前と同じ、満天の星の下。給水塔に背を預けるようにして、雨宮部長が立っていた。
相変わらず、その姿は透けている。
「……私がここにいるって、よくわかったね」
「落ち込んだ時や泣きたい時は、ここに来るって言ってましたからね」
部長は一瞬だけ驚いた顔をしたものの、その後は無言で空を見る。
拒否されているような気配もなく、俺はゆっくりと彼女に近づいていく。
「……ここ、寒いでしょ。風邪ひくよ」
ややあって、彼女は震え声で言い、鼻をすする。
「俺みたいな馬鹿は風邪ひかないんで、大丈夫です」
そう答えて、俺は彼女の正面に立つ。
それに気づいた部長は視線を落とし、マリンブルーの瞳で、まっすぐに俺を見てくる。体と同じ半透明の瞳は潤んでいた。
「さっきは……酷いこと言って、すみませんでした」
彼女がこのまま消えてしまうような焦燥感に駆られ、俺は心の底から謝罪し、頭を下げる。
「……本当に酷いよ。私、こう見えてメンタル弱いんだから。傷ついたんだぞ」
「本当にすみません」
「いいよ。許してあげるから、頭を上げて。なんか、こっちが悪いことしたみたい」
彼女は優しい声色で言い、俺の肩に手を当ててくれる。
じんわりとぬくもりが伝わってきて、俺は安堵感を覚えつつ、顔を上げる。
……けれど、目の前の部長は半透明のままだった。謝ったところで、彼女の状況は変わっていない。
「……
胸中の悲壮感が顔に出てしまったのか、彼女は不安げな表情を向けてくる。
「その……少し前から、部長の姿が透けて見えるんです」
少し悩んで、俺はありのままを彼女に告げた。
「……そう、なの?」
彼女は目を見開き、まるで確かめるように自分の体を抱きしめる。その様子からして、本人に自覚はないみたいだ。
「そっか。護くんからも、見えなくなってるのか」
「はい。一応見えてますけど、その、半透明で」
「……ますます幽霊らしくなってしまったというわけか」
努めて明るく振る舞っていたけど、その声は震えていた。俺はかける言葉が見つからない。
「……私、このまま護くんからも見えなくなっちゃうのかな」
部長は脱力したように両手を下げると、給水塔にもたれて再び夜空に視線を送る。
「もちろん、これまで護くんと一緒に過ごせていたこと自体、すごい奇跡なんだってことは十分わかってるつもり。だけど……だけどね」
彼女はそこで言葉に詰まる。星空を映していた瞳が、一瞬閉じられた。
「……私、また一人には戻りたくない! 護くんが作ってくれたあの場所で、皆と一緒に過ごしたい! もっと護くんたちと仲良くなりたい! やりたいこと、いっぱいあるのに!」
こぼれ落ちる涙を拭うこともせず、彼女は俺にしか届かない声を上げる。
それは、ほとんど
「護くんと、もっと、もっと……!」
「……雨宮さん!」
このまま思いの丈をすべて吐き出してしまったら、彼女が消えてしまいそうな気がして、俺は彼女を強く抱きしめる。
そしてできることなら、彼女をこの世につなぎとめる存在でありたいと、心の底から強く願った。
――その瞬間、まるで昼間のような明るさが俺たちを包み込んだ。
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