第35話 幽霊部長と見る花火 前編
部活に精を出すうちに、夏休みは過ぎ去っていく。
ひたすら絵を描くだけの日もあれば、雑談に終止する日や、皆で宿題をする日もあった。
――どこに出しても恥ずかしくない、立派なイラストだよ!
部長からそう言われた時は素直に嬉しかったし、努力が報われた気がした。
……人物を描くのはまだ苦手だけど、こればかりは慣れるしかない。
その点を踏まえても、部長が提案した夏の強化合宿は大成功だと言っていいと思う。
◇
そんな充実した夏休みを過ごしていると、盆踊りの日がやってきた。
今日は18時半に汐見神社の境内に集合することになっている。
「いよいよだねえ。待ちに待ったよ」
お昼前に我が部屋に参上した
ちなみに、ベッド脇の棚にはそれまでなかった写真立てが置かれている。
これは先日撮った集合写真の一枚で、俺の背後に人の足のようなものが写っている。
……つまり、部長の足だ。
あれだけ気合い入れたのに、足だけかぁ……なんて本人は残念がっていたけど、せっかくなので飾っておくことにしたのだ。
写真を見た汐見さんも、女の子の幽霊だけど、悪いものじゃない……と言っていたし、長い時間同じ部室にいたことで、彼女も部長と波長が合ってきているのかもしれない。
この調子なら、そのうち汐見さんも部長の姿が見えるようになるかも……なんて、淡い期待を抱かずにはいられなかった。
そうこうしているうちに時間が過ぎ、皆との集合時間が近づいてきた。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
部長に声をかけて、二人で汐見神社へと向かう。
「……うわ、人多いですね」
だいぶ緩くなった日差しを受けながら歩き、やがて商店街にさしかかると、明らかに浴衣姿の人が増えてきた。
「神社は商店街を抜けると近いから、人通りも多くなるよねえ」
部長が呆れたような声を出す。耳をすませば、喧騒に混じって太鼓の音も聞こえる気がする。
そんな祭囃子に感化され、神社に向かう人々も浮足立っているように思えた。
「ほのかっちやさっちゃんはどんな浴衣着てくるのかなー」
……いや、ここにも浮足立っている人がいた。
「
「さすがに持ってないですよ」
「えー、雰囲気は大事だよ……って、しまった」
その時、部長が立ち止まり、自身の服装に目を向けた。
「……私、浴衣じゃない。それ以前に、浴衣着れない……!」
本気で悔しそうにする部長は、いつもと同じ制服姿だ。
以前、服は変えられない……みたいなことを言っていたし、こればかりはどうしようもないと思う。
「俺だって普通の服装ですし、気にしなくていいじゃないですか。雰囲気だけでも楽しみましょうよ」
苦笑しながらそう言うも、部長は少しだけ歩みを遅くし、俺のあとに続いたのだった。
……商店街を抜けると、やがて赤い鳥居が見えてくる。
奥には大きな社殿があり、広い境内の真ん中には大きな
「あ、来たわよ」
「時間ギリギリだな。もう少しで連絡入れるとこだったぞ」
お祭り独特の空気に飲み込まれかけていると、ふいに声をかけられる。見ると、そこには朝倉先輩と翔也の姿があった。
「ほら、護くん、やっぱり、男の人は甚兵衛なんだよ」
部長が言う通り、翔也は甚兵衛を身にまとっていた。右手に持ったうちわも相まって、やけに似合っている。
一方の朝倉先輩は紺青の生地に、蘭の花の模様が入った浴衣を着ていた。
白色の帯や髪飾りとの相乗効果で、すごく大人っぽい印象を受ける。
「ごめん。人が多くて遅くなっちゃったよ。ところで
「あそこだ」
翔也が持っていたうちわの先で鳥居の脇を指し示す。
そこには人だかりができていて、その中央で汐見さんがうちわを配っていた。
近くを通ったはずだけど、人が集まりすぎていて気づかなかったらしい。
「花火のあとに、地元の特産品が当たる抽選イベントがあるのよ。このうちわが抽選券になっているの」
そう言う朝倉先輩もうちわを持っていて、そこには数字の入ったシールが貼られていた。
「ほのかっち、ファイト……!」
「なんにしても、しばらく汐見さんは合流できそうにないね」
「だな。盆踊りも始まっちゃいるが、まだまだ輪が小さい。ここは出店の下調べでもしておくか」
そう言いながら、翔也が歩き出す。俺たちもそれに続いた。
「……あそこのりんご飴がおいしいの。向こうの焼きそば屋さんは大盛りだけど、ソースが濃いから胃もたれする。あっちのクレープ屋さんは生クリームが絶品」
皆について歩いていると、俺の隣で部長が色々と説明してくれる。
「部長、やけに詳しいですね」
「子どもの頃から、夏祭りと言ったらここだもん。あ、あそこのくじ屋さんと輪投げ屋さんはインチキだから注意してね。今まで何度騙されたことか」
小声で話しかけると、彼女は口を尖らせる。
輪投げ屋の話は、翔也が以前メッセージアプリ上で言っていた気がするけど、くじ屋は初耳だった。気をつけよう。
「い、いたー。やっと終わったよー」
そんなこんなで全体の半分ほどの出店を見終わったところで、へろへろになった汐見さんがやってきた。
「汐見さん、おつかれさま。神社の娘さんは大変だね」
「大変なんてもんじゃないよー。実行委員長さんがなかなか離してくれなくて」
盛大なため息をつく汐見さんは、白の生地に色とりどりの朝顔の絵柄がついた浴衣を着ていた。髪も編み込まれているせいか、普段とは随分印象が違って見える。
「おお……さっちゃんは大人っぽかったけど、ほのかっちは純粋にかわいい……」
そう口にしながら、部長はまじまじと汐見さんを見る。
「えっと……内川君、あんまり見られると恥ずかしいんだけど」
「あ、えっと、ごめん」
そんな部長につられるように視線を送っていると、汐見さんは頬を赤らめていた。俺は慌てて視線をそらす。
「護、謝る必要なんてないぞ、馬子にも衣装ってやつだ」
「は? それどういうこと?」
そのやり取りを見た翔也がにやけ顔で言い、汐見さんが憤慨する。
本来は悪い意味なのだけど、それを冗談で言ってしまえるあたり、この二人の関係性がうかがえた。
「……やっぱり、私も浴衣着たかったなぁ」
その時、部長がそう呟くも、さすがに今この場で反応するわけにはいかなかった。
「護くん、皆で遊んできたらいいよ。私、この辺で盆踊り見てる。幽霊だからか、見てると落ち着くんだ」
続いて彼女はそう言うと、俺たちから離れていってしまった。
目線だけでその姿を追うも、彼女の姿は俺にしか見えないのだから、追いかけることもできなかった。
◇
結局、部長を残して皆と出店を回っていると、いつしか日が暮れていた。
やがて放送があり、本格的に盆踊りが始まる。
「よし、護、いっちょ踊ろうぜ」
「え、俺、この地区の盆踊り知らないんだけど」
「外踊りならすぐに踊れるようになるよ。習うより慣れろだよ」
「そうね。当たって砕けましょ」
笑顔の仲間たちに引きずられるように踊りの輪に加わるも、俺の動きは完全に素人のそれだ。見様見真似でなんとか形にするも、隣の翔也の足を何度も踏んでしまった。
「……翔也、足踏んじゃってごめん」
しばらく踊ったあと、踊りの輪から離れつつ翔也に謝る。
「気にすんなって。昔、ほのかに踏まれた時よりは痛くない。あの時は夏休みが終わっても、しばらく青アザが残ってよ」
「何年前の話してるのー!」
「ふふ。それでも、内川君もだいぶうまくなったんじゃない?」
「そ、そうですか? それだったら嬉しいんですけど」
例によって仲良く騒ぐ二人を後目に、朝倉先輩がそう褒めてくれた。
どこか恥ずかしい気持ちになりながら目を背けると、少し離れた
「……ひっ!?」
その時、汐見さんが声を上げる。
「あ? どうした、ほのか」
「い、今なんか一瞬、制服を着た女の子が見えたような。あそこの灯籠のところ」
そう言う汐見さんが指差すのは、まさに部長が立っている場所だった。
「お盆だし、誰か帰ってきてるんじゃねーか」
「こ、怖いこと言わないでよ……もう見えないし……」
俺は思わず目を見開くも、その後の汐見さんは視線を泳がせるばかりだった。
それから出店巡りを再開するも、そろそろ盆踊りも終盤。花火の時間が近づいてきていた。
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