第22話 新入部員は上級生!? 後編


 先輩の作業が一段落するのを待って、俺たちは家庭科室のテーブルに腰を落ち着ける。


「……まさか、朝倉先輩と内川君が知り合いだったとは」

「そこまでの関係じゃないわ。たまたま一回会っただけよ。ねえ?」

「え、ええ。そうですね」


 俺と朝倉先輩の顔を交互に見ながら、汐見しおみさんは戸惑いの表情を見せる。

 先輩の言う通り、それ以上でも以下でもないので、俺としても反応に困る。


「改めて、朝倉沙希あさくら さき。二年生よ。よろしくね」


 そう名乗ってくれた先輩に対し、俺と翔也しょうやも自己紹介を済ませる。


「ほのちゃんが最近別の部活に入ったことは知っていたけど、イラスト同好会だったのね」

「もしかしてセンパイ、知らなかったんすか?」

「ええ。同じ料理部でも、誰がどの部活を掛け持ちしているかまでは把握していないわ。文化部だと、同じような子は何人もいるから」

「そういや、写真部の中にも料理部や新聞部に所属してる奴がいるっすね」

「でしょう? 文化部あるあるなのよ」


 笑顔の先輩が人差し指を立てながら言うと、翔也は納得顔をしていた。

 俺も汐見さんが料理部だと知ったのは、彼女の自己申告からだった。きちんと部の活動に参加していれば、とやかく言われないのかもしれない。

 そこで一旦話が途切れたのを見計らって、俺は本題に入る。


「それで朝倉先輩、汐見さんから話は聞いていると思うんですが、その……」

「イラスト同好会に入ってほしい……っていうアレね。いいわよ」


 言い終わる前に、先輩はあっさりと了承してくれた。予想外の展開に、俺は拍子抜けしてしまう。


「え、いいんですか?」

「ええ。だって私、イラスト好きだもの。中学の頃はイラスト部だったし」

「中学にイラスト部があったんですか? 珍しいですね」

「そうでしょう? この街から少し離れた学校なのだけど、かなり積極的に活動していたの」

「ふむふむ。美術科にいるってことは、その時に何か賞を取ったのかな」

「じゃあ、その時に何か賞を?」


 近くで話を聞いていた部長がそう呟き、俺はその言葉を反すうするように質問してみる。


「そうよ。三年生の時にコンクールに応募して、それが運良く入賞したの。この学校の美術科に入れたのも、その受賞歴のおかげね」

「知らなかった……」


 口をぽかんと開けながら言うのは、汐見さんだった。


「お前、同じ料理部なのに知らなかったのかよ」

「だって教えてくれなかったし……美術科ってことも初耳」

「一度も聞かれなかったしね。隠しているつもりはなかったのだけど、ごめんなさい」


 汐見さんと翔也のやり取りを見ながら、朝倉先輩は申し訳なさそうな口調で言う。


「でも、美術科に入れたんならそのまま美術部に入りそうなものだけど……どうして入らなかったのかな」


 先程と同じように、話を聞いていた部長がそんな疑問を口にする。俺は少し悩んだあと、同様の質問を先輩に投げかける。


「もちろん、私も入学してすぐに美術部の入部テストを受けたのだけど、落ちてしまったの」


 表情は変わらないものの、わずかに声のトーンを落としながら彼女は言った。

 美術部には入部テストがある……そんな話を汐見さんがしていたけど、事実のようだ。


「それ以来、本格的な絵画は描く気力がなくなってしまったの。だけど、イラストだけは続けていたわ。だから、私の絵は基本趣味みたいなものなの」


 そう言って俺を見る。自分の絵は趣味。以前書店で出会った時も、彼女は同じことを言っていた。


「でも、コンクールに入賞するほどの実力なんでしょう? よかったら、描いた作品を見せてもらえませんか?」

「そうねえ……うーん、こんな感じ」


 遠慮がちに尋ねると、彼女は少し悩んでからスマホの画面を見せてくれる。そこには色鮮やかな作品の数々が並んでいた。

 スケッチブックに描かれた小動物のかわいらしいイラストに加え、独特のタッチのポップ文字、中には大きなキャンバスいっぱいに描かれた大作もあった。


「……これ、全部先輩が描いたんですよね?」

「そうよ。これはカラーインクで描いたの。すぐに退色しちゃうから、写真でしか残ってないけど。こっちの画材はパステル」

「パステル……!」


 思わず部長と声が重なってしまった。

 パステルとは、描画した色を指や布で擦ってぼかすことができる画材で、優しいふんわりとした色合いを出すことができる。一方で色落ちしやすく、使いこなすのが難しいのだ。


「パステルの名手だ……まもるくん、やばい。この人は戦力だよ!」


 顔と顔がくっつきそうな距離でスマホを覗き込んでいた部長が、興奮気味に言う。

 さすが美術科……と、感服せざるを得ない作品ばかりだ。彼女が興奮するのも納得だった。


「……俺が言うのもなんですが、十分すぎるほど上手いと思います」

「ありがとう。でも私、人を描くのが苦手なのよ。美術部の入部テストも、それが不合格の理由みたい」


 言葉を選びながらそう口にすると、先輩はばつが悪そうに笑う。

 美術部の話になると、どうしてもあの時の――目の前で絵を破られた時の記憶が蘇ってしまう。俺は反射的に頭を振って、あの嫌な記憶をかき消した。


「こんな私だけど、イラストは本当に好きなの。掛け持ちという形にはなるけれど、入部させてもらえないかしら」


 朝倉先輩はそう言うと、胸の前で手を合わせながら俺を見てくる。

 その視線に射抜かれながら、俺は先輩の背後に立つ部長を見る。彼女は鼻息荒く、コクコクと頷いていた。どうやら大賛成のようだ。


「……わかりました。朝倉先輩、こちらこそよろしくお願いします」


 それを見た俺は立ち上がって握手を求める。先輩は快く応じてくれた。

 ……こうして、イラスト同好会に新たな仲間が加わったのだった。

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