第13話 ゴールデンウィークの過ごし方


「よし、完成。どう?」


 それから十数分が経過した頃、汐見しおみさんは満足げに顔を上げ、スケッチブックを見せてきた。

 そこには例によって、でかでかと猫のイラストが描かれていた。


「やっぱりかわいいねー。ほのかっちの描く猫」


 それを見た雨宮あまみや部長が頬を緩ませる。

 今回は毛量の多い品種なのだろうか、もっふもふだった。


「そうだ。これポストカードにして校門で配ったら、イラスト同好会の認知度上がったりしないかな」

「うーん……いい案かもしれないけど、ポスター以外で大々的に部員募集しちゃまずいよ。『ご自由にお取りください』って置いておくのはセーフかもしれないけど」


 汐見さんの発言を聞いた部長がそう言い、俺は彼女の言葉を代弁する。


「そっかぁ……いい考えだと思ったんだけどなぁ」

「どのみち、お前の絵じゃ無理だろ」


 残念そうにスケッチブックを引っ込める汐見さんに対し、翔也しょうやはからからと笑いながら言う。


「むー、じゃあ、翔也が描く?」

「俺はパス。風景画なんて誰も欲しがらねーよ」

「じゃあ、わたしと合作するとか」

「俺の描く絵はリアル系だぞ? ほのかの絵とはギャップがありすぎる」

「それって、遠回しにわたしの絵が下手って言ってるよね? こいつめ!」


 少し遅れてその意図に気づいた汐見さんは彼に掴みかかるも、翔也は笑顔のまま容易く回避してしまった。


「本当に仲がいいねぇ」

「本当、仲がいいな」


 部長と同じ感想が自然と口から漏れる。それを聞いた二人はどこか気恥ずかしそうな顔をし、じゃれ合うのをやめた。


「まあ、小学校上がる前からの腐れ縁だしな」

「そ、そうだよねー。いい加減離れたい」

「あんなこと言ってるけど、お似合いだよねぇ」


 視線をそらしながらそう口にする二人を、部長は微笑ましそうに見ていたのだった。


「……そういえばさ、明日からのゴールデンウィーク、二人の予定はどうなってるの?」


 それから少しして、再びスケッチブックに視線を落としていた汐見さんがそう訊いてくる。


「俺は家族旅行の予定。妹が関西の遊園地に行きたがってる」


 その隣で同じようにスケッチブックを開いていた翔也が、どこか気だるげに答える。


「あー、美晴みはるちゃん? 大型連休中の遊園地とか、絶対人多そうだねぇ」

「間違いなく多いだろうな。今から気が重いが、チケット取れちまったからしょーがない」


 わざとらしくため息をつく。彼に妹がいるのは初耳だった。


「そーいうお前は? なんか予定あんの?」

「わたし? んー、1日は月次祭つきなみさいだから、その前後は準備に駆り出されると思う。あと、連休後半もびっしり予定が入ってるんだよね。こどもの日もあるし」

「あー、神社の娘は大変だな」

「お小遣い稼ぎになるから良いけどねー。年末年始と夏祭りに次いで、書き入れ時だったりする」

「書き入れ時って言うなよ。神様に失礼だろ」

「わたし目線だから良いの」

「……汐見さん、神社で何かお祭りでもあるの?」

「ううん。月次祭はお祭りっていうか、神事の一つかなー。色々と準備が必要なんだけど、うちの神社、人手が足りないから」


 つい会話に割って入ると、汐見さんはそう教えてくれた。


「そういう内川君は実家に帰るの? こっちで一人暮らししてるんだよね?」

「今回は帰る予定はないかな。九州だから新幹線使わないといけないし、交通費も高くなるから」

「九州!? マジかよ……!」

「そ、それは遠いね……」


 その事実を伝えると、二人は同じように目を丸くした。

 正確には実家ではなく、父親の勤務地が九州なのだけど。どのみち気軽に帰れる距離ではないのだ。


 ◇


 やがて時間が過ぎ、完全下校時間が近くなると、翔也と汐見さんは一足先に帰っていった。

 もう少しイラストの練習をしようと思った俺は、部長と二人で部室に残る。


「……少し気になったんですけど、部長ってゴールデンウィークの間、ずっと学校で過ごすんです?」


 スケッチブックに鉛筆を走らせながら、隣に座る彼女になんとなく尋ねてみる。


「うーん、いつもならそうなんだけど……今年は内川くんの家にお泊りに行こうかな」

「はい!?」


 俺は驚きのあまり、持っていた鉛筆を落としそうになる。

 思わず視線を向けると、彼女は口元に手を当てながら、大真面目な顔をしていた。


「いやいや、冗談でしょう?」

「私は本気だよ。夜の学校は怖いんだよー」

「幽霊が言う台詞ですか」


 ……ちょっと待て。このやり取り、前もした記憶があるんだけど。


「……それに、寂しいしさ」


 その時、いつも明るい雨宮部長が一瞬だけ表情を曇らせた。

 確かに、幽霊なら眠ることもできないのかもしれないし、誰も来ない真っ暗な部室で一人、ただ朝を待つというのも辛いものがありそうだ。

 しかも大型連休中は日中も人は来ず、それが何日も続く。部長が寂しいという理由もわかるような気が――。


「いやいや、それでもさすがにお泊りはダメですって」

「なんでー? 一度夜遅くにお邪魔したことあるよね!?」

「それでも、お泊りはダメです。俺の家でダラダラしてたら、ダメな幽霊になりますよ!」


 俺は焦るあまり、妙なことを口にしていた。家に女の子が泊まりに来るなんて、想像しただけで耐えられない。


「……わかったよ。その代わり、ゴールデンウィーク中に一緒に遊びに行こう?」

「ええ、それならいいですよ」

「やった。約束したかんね。デートだ」

「……はっ」


 言われて気づいた。お泊まりに比べれば難易度が低いので、深く考えずにOKしてしまっていた。


「じゃあねぇ……5月3日、空けてて」


 部室の真新しいカレンダーを見ながら部長は言い、その日に花の形をしたシールを貼りつけた。


「本気ですか?」

「もちろん。朝10時、校門前に集合でどうかな?」

「問題ないですけど……その」

「お? お前、一人で何やってるんだぁ?」


 反論しようとしたその時、部室の入口から教師が顔を覗かせた。


「もうすぐ下校時間だぞぉ。部活か?」

「はい。イラスト同好会です。もうすぐ帰りますから」

「イラストぉ……? そういや、ポスターが張ってあったなぁ。意欲があるのは良いことだが、時間だけは守れよ。じゃあな」


 彼は思い出したように言って、その場から去っていった。


「ふう。それで部長、話の続きですが……あれ?」


 それを見届けてから、再び部長に話しかけるも、その姿はどこにもなかった。


「逃げられた……」


 まんまとしてやられ、俺はその場で頭を抱えた。

 ……こうして俺は、幽霊部長とデートすることになってしまったのだった。

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