千紫万紅
綿貫灯莉
虹
七海は、体の半分が無くなってしまったような喪失感に
母親に頼まれたものを買いに行くのだ。
いつまでも部屋から出ようとしない七海を、外に出すための口実だとは分かっている。
三日前にクロが、虹の橋を渡ってしまったのだ。
七海が子供の頃から、ずっと一緒にいたあの子は、半身といっても良いくらい心が通じ合っていた。
学校で嫌なことがあって、泣きながら帰った時には、静かに寄り添ってくれた。
出された宿題がわからなくて、悩んでいる時には、机に飛び乗って応援してくれた。
寝る時はいつも一緒だった。
この先もずっと一緒にいられると思っていたのに、なんで──。
七海の目には、もう何度目かわからない涙が浮かんでいた。
視界が歪んで、前がよく見えなくなる。
でも、こんなに人通りの多いところで泣いてしまうのは嫌だ。
知らない人に声をかけられるかもしれない。
涙が落ちないように、ぐっと上を向いた。
何度か瞬きをすると、数粒の涙がこぼれた。
それを急いで手で拭う。
すると虹色の光が目に入った。
それは、たまに見る虹のような橋ではなく、空の途中に敷かれた帯のようだった。
虹の橋を渡ると言うけれど、虹の橋は両端が急すぎると思っていたのだ。
猫のくせにジャンプが下手で、おっとりしていたクロは、あんな急傾斜の虹の橋は渡れないかもと心配していた。
だけど、あれなら大丈夫だ。
クロは、あの虹の
そう見上げていると、すれ違うカップルの男が
「あれって、環水平アークって言うらしいよ」
と、彼女に知識をひけらかした。
へー、よく知ってるね、と彼女は鼻にかかったような甘い声で感心していた。
七海はガッカリした。
あの美しい光景に名前をつけるなんて、そんな無粋なことをしないでよ。
名前をつけられてしまった虹の絨毯は、七海の中で幻想的な光景から、科学的な現象に変化してしまった。
空に浮かぶ虹の物語を諦めて、七海は再びスーパーへ向かって歩き始めた。
了
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