41.待った無し

その夜、私は用意された寝室で、街で買ってきた菓子をやけ食いしていた。

本当なら爆買いしたお菓子は、すべて滞在中世話になる屋敷の使用人たちへの賄賂代わりの土産だったのだが、メアリーが私の分を確保してくれていた。翌朝のお茶の時間に出すつもりだったようだ。


だが、義父との会話があまりにもショックで、ベッドの上で頭を掻きむしり、枕に向かってガンガンと頭突きをしている私の様子を見て、


「奥様! 落ち着いてください! そうだ! 甘いものでも召し上がっては? お茶もお淹れしますね!」


と用意してくれたのだ。

いつもなら就寝前に甘いお菓子など絶対に許してくれないのに。


メアリーにも下がってもらい、一人で人目も気にせず、手掴みでガシガシと焼き菓子を頬張る。普段は淑女らしく少しずつ口にするはずのお菓子を、大量に放り込み、モグモグ食べる背徳感と満足感、そして口の中に広がる甘さと美味しさが、私の悲壮感と焦燥感を少しずつ和らげてくれた。


「ふう~・・」


私は焼き菓子のカスが付いた手をパンパンと叩き、お茶を口にした。

お茶も甘めのミルクティー。お菓子も激甘。飲み物も食べ物も甘々だが今の私には丁度いい。


軽く一息ついたところで、今日一日を振り返る。

分かったことは、参考になりそうな黒魔術の本が皆無なこと。ただし、元凶ジジイの研究室にはそれなりの資料が残っていたこと。そして、薬の効能と危険性・・・。


命に係わるほど強い副作用のある薬であると知ったからには、早くどうにかしないといけない。

このまま飲み続けていればアーサーは恐らく寿命は全うできない。早死にしてしまう。

そんなの冗談じゃない! 何とかして止めさせなければならない。

既に長年服用している義父に至っては待った無しだ。


「本当にうかうかしていられないわ」


考え始めると、再び瞬く間に焦燥感に襲われる。

私は自分を落ち着かせるためにマドレーヌを手に取ると、二つに割り口に放り込んだ。


ああ! 本来ならカチンコチンな堅焼き煎餅をバリンっと真っ二つにして、バリバリと嚙み砕きたい!

改めて元凶ジジイに対して怒りが沸いてくる。ホントにもう、お前を噛み砕いてやりたいわ!


私は残りのミルクティーを一気に飲み干した。

部屋の呼び鈴を鳴らし、もう一杯追加をお願いしたら、メアリーに却下された。





翌朝、私は朝食を済ますと早々にウィリアムの研究室に向かった。

今日からこの部屋を徹底的に調べるつもりだ。何かしら手掛かりがつかめれば!


「とは言っても、一体何が手掛かりになるのかすら見当つかないけど・・・」


そう独り言を呟きながら一人屋根裏へ向かう。

基本、あの研究室は禁忌区域だ。屋敷の使用人たちは入れない。権限のある者だけが許される部屋。そんな敷居の高い場所にいくら私付きの侍女とは言え、メアリーを一緒に連れてくることはここの使用人たちの目を考えると憚られた。私だけでも毎日籠っていたら不審がられるだろう。不穏な空気は最小限に抑えたい。


「でも・・・、いきなり挫けそうなんだけど・・・」


昨日入った時も思ったけれど、長年掃除をしていないこの部屋は埃の山。

何かを手に取る度に埃がぶわっと舞い上がる。私は慌ててスカーフをマスク代わりにして口と鼻を覆った。


「どこから手を付けよう・・・?」


部屋の中央で呆然と佇む。

調べる前に、まず大掃除した方がよくない?

いやいや、何を悠長なことを考えているんだ、私! そんな脱線している暇などないのだ。待った無しなのだから!


「どこからも何もあるか! 悩む暇があったら端から攻めてきゃいいのよ!」


私はグイっと腕まくりすると、部屋の端にある本棚に歩み寄った。


上段の棚から攻めていく。背伸びをして納まっている本を一冊手に取った。取った途端、埃が顔面に降り掛かってきた。ケホケホと咳き込みながら、宙の埃を手で払う。

ページをめくってみるも、薬草の専門書のようで内容は難しくてよく分からない。気を取り直して隣の本を取る。やはり薬草の専門書。薬を作ろうとしていたのだから当然だ。


本を手に取ってはパラパラと一通り中を見る。

手に取る度に埃を被り、目に入り涙が出るし、咳き込む。それでも手を止めなかった。


夢中で本をめくっているうちに、とうに昼食の時間が過ぎていたようだ。


いつまでも戻って来ない私をメアリーは心配したのだろう。彼女に頼まれたメイド長のケイトが迎えにやって来た。


「若奥様。昼食をお召し上がりくださいませ。あまり根詰めても・・・って! まあ! 大変! 埃まみれでございますよ!!」


入って来るなり、ケイトは目を丸めて叫んだ。


「そんなにひどい?」


驚いたケイトに私は振り向いて尋ねた。

戻すのも面倒になり、私の周りには本の山が幾つも出来上がっていた。


「酷いってものじゃ・・・! すぐにお着替えを! いや、お風呂にお入りになった方が・・・、髪の毛もお顔も洗わないと!」


「でも、またすぐ汚れるわよ。と言っても、このままでは不衛生ね。だからお昼はいらないわ」


私はまた本に目を落とす。


「いいえ! それはいけません!」


「え~、でも、今ノってるの」


「きちんと休憩をお取りくださいませ!」


ケイトは私の腕をむんずと掴むと、ズルズルと私を部屋から引きずり出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る