18.告白

「吸、血、鬼・・・?」


私は呟くように聞いた。

アーサーは寂しそうに頷くと、そのまま目を伏せた。


「吸血鬼って・・・、吸血する・・・その、つまり血を吸う・・・?」


アーサーは小さく頷く。


「蚊と同じ・・・?」


「・・・ちょっと違う・・・」


アーサーは顔を上げた。


「藪蚊・・・?」


「だから、蚊ではない」


「刺されたら痒くなる・・・?」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


また車内に沈黙が流れる。

ポカンと見つめる私の視線に耐えきれなくなったのか、アーサーは再び顔を伏せた。


「えっと・・・、すいません。ちょっと理解が追い付かなくって・・・」


私はポリポリと頭を掻いた。


「当然だ・・・。普通は信じられないだろう。私自身だって未だに信じたくない・・・」


アーサーは辛そうに呟いた。


ん? 自分でも信じられないって、どういうこと?


「あの・・・それはどういう意味ですか? ご自身でも信じられないって・・・」


「それは・・・」


アーサーはキュッと拳を握り締めて苦しそうに私を見た。


「生まれながらに吸血鬼なわけではないから・・・。これは我が家に掛けられた呪いだ。レイモンド家の子孫に掛けられた・・・。二十歳になったら人の生き血を欲する呪われた化け物に化してしまうという・・・」


「二十歳になったら・・・」


「だが、私は二十歳になっても変化はなかった。二十一になっても・・・。だから安心していた、きっと我が家の呪いは絶えたのだと。もしくは自分には掛からなかったのだと・・・。そう思い安心していたのだ・・・」


「・・・」


「しかし、やはり呪いに掛かった・・・。それも・・・、貴女との結婚式の二週間前に・・・」


アーサーは苦しそうに両手で顔を覆って俯いた。


「すまない、ローゼ。本当ならこの結婚は止めるべきだったのだ。いや、呪いは分かっていたのだから、婚約時代に解消するべきだった。貴女を解放するべきだったのに・・・」


彼の声が掠れている。


「でも、貴女との生活を夢見てしまったんだ・・・。貴女と家族になる事を・・・。貴女の期待に応えることが出来ないというのに・・・。貴女に寂しい思いをさせてしまうことは分かっていたのに・・・」


掠れながらも必死に言葉を紡ぐ。そんな彼の姿に胸が熱くなってきた。


「・・・でも、もう終わりにしよう。貴女を解放しなければ・・・。短い間だったが、私の妻になってくれてありがとう・・・」





『君も分かっているとは思うが、これは政略結婚だ。私に愛されたいという思いを持っていたら捨ててくれ。その期待には応えられない』


結婚式の十日前に言われた言葉。

改めてその言葉を思い出す。その時のアーサーのことも。

私の顔を見もせず、冷たく言い放った彼の顔・・・。


今思えば、あの時からだ。私の顔を見なくなったのは。


元々愛想の良い方ではないし、口数も少ない。会った時は私の方ばかり話していた。

それでも、それまでの彼は必ず私の顔を見て話を聞いてくれていた。短い返事で相槌を打ってくれていたし、微かに笑みも浮かべていた。

とても分かりづらい笑顔だったけれど、私はその微笑みの中に彼の優しさと愛情を見出していた。私だけが一方的に恋焦がれているわけではないという、そんな確信めいたものがあったのだ。


だからこそ、あの言葉に打ちひしがれたのだ。熱を出してうなされるほどに。


『愛されたいという思いを持っていたら捨ててくれ』


そうか・・・、そういう事か・・・。

私は精神的に愛されたいと思うなという事かと思っていた・・・。

私のことなど一生好きにならないという意味かと・・・。


逆なのね。

私を抱けないから・・・。


愛する夫に抱いて欲しいと思うのは当然のことだ。

そんな私に、女性としての喜びを与えることが出来ないから・・・。

禁欲主義の夫を持つ女の寂しさを味わわせることになるから。


「そういう意味だったのですね・・・」


顔を覆って項垂れているアーサーを見つめたまま呟いた。



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