いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼

1.目が覚めたら・・・

「今日もしんどかった・・・」


夜の10時も回った頃、私はやっと会社を出た。

ここ最近、目の回る忙しさで連日の残業続きだ。

これでも部内の中では早く会社を出た方の口。課長以上の管理職はまだまだ残って書類のチェックやらメールのチェックやら役員からの呼び出しやらで帰宅できる気配が無い。

それでも、彼らはタクシーチケットあるもんね。終電逃したって車で帰れるからね。平社員とはそこが違う。


駅に向かって歩いていると、ぐるる~~とお腹が鳴った。そう言えば夕方にチョコレートを摘まんだだけで、何も食べていない。


「お腹空いた・・・」


赤信号の横断歩道の前で立ち止まり、お腹を摩りながら天を仰いだ。

月が綺麗だ。今日は満月ね。


信号が青に変わる。


私はまたグ~と鳴るお腹に向かって、もうすぐ何か入れてあげるからね、電車の中では鳴らないでねと心の中で話しかけながら、横断歩道に一歩踏み出した。


その時だ。


右から明るい光に包まれた。キキキーっという大きなブレーキ音も聞こえた。

振り向くと、巨大なトラックが目の前に迫っていた。





目が覚めた時、私は天蓋付きの大きなベッドの上にいた。


「お目覚めになりましたか! お嬢様!」


まだ働かない頭でぼんやりとしている私に、叫ぶように声が掛けられた。

驚いて声の方に振り向くと、メイドのような恰好をした女性が心配そうに私を覗き込んでいる。


え? 誰? 何、その恰好・・・。


私は呆然と彼女の顔を見つめた。


「すぐに、旦那様と奥様をお呼びしますわ!」


旦那様と奥様って何? ってか、あんた誰?


そう聞こうとした時、急に強烈な頭痛に襲われた。頭が割れそうな激痛に、思わず唸り声を上げた。頭を抱えて悶絶している私に、


「大丈夫ですか! お嬢様!」


メイド服の女性が私を抱きしめるようにして声を掛ける。


「お嬢様! お嬢様!」


彼女の必死に呼びかける声が聞こえる。だがその声が徐々に遠くなってきた。

私は再び意識を失った。





もう一度目が覚めた時、この部屋には誰もいなかった。

さっきの頭痛は嘘のように消え、頭も霧が晴れたようにすっきりとしている。


私はベッドから起き上がると、ゆっくりと部屋を見渡した。

広くて豪華な部屋だ。まるでお姫様の部屋のようだ。


私は恐る恐る鏡に近づいた。そして、大きく息を吸い、意を決して自分の姿を見た。

鏡に映ったその姿は・・・。


「ああ、ローゼ・・・。これも私だわ・・・」


私は手を伸ばし、鏡に映る自分を触った。


そこにはゆるくウェーブの掛かった長い金髪に青い目の若い女性がいた。

そして、それは紛れもない私だ。


ローゼ・マクレガン伯爵令嬢。


それは間違いない。19年間そう育った。その記憶はしっかりとある。

なのに、そんな私の中にもう一つの記憶が鮮明に存在する。

28年間、日本と言う国で生きたもう一人の私の記憶が・・・。


「ローゼって19歳だものね・・・。若い・・・」


思わず鏡に映る自分の顔に見惚れ、手でそっと頬を撫でた。


「ああ、若いわ・・・。肌もピチピチ」


ムニムニと自分の頬を摘まんでみる。さすがギリ十代、スベスベした弾力のある肌。

そんな若々しい肌の感触に満足しながら鏡を覗き込むも、映る自分の姿にもう一人の自分の姿が重なった。


「でも、28だって若かったわ・・・。そうよ、まだこれからだったのに・・・」


もう一人の自分が寂しそうにこちらを見ている気がする。

その私が持っている記憶はトラックのヘッドライトを見たところで途絶えている。恐らく、あの時点で命を落としたのだろう。

なんということだ。信号無視の車なんかにはねられるなんて。私の人生は何だったんだろう・・・?

自分の事故死に切なくなり、ギュッと胸を抑えた。


中学高校と恋愛より友情を取り、大学時代になってやっと恋愛を楽しむも、恋人に浮気され、社会人は仕事に恋に謳歌してやると意気込んでいたら、仕事が忙しく、恋どころか友人との時間も持てず、ほぼ社畜。

親孝行さえできず、今ここに転生し、別の人生を歩んでいるわけだ。


「悩むのは止め止め!」


私はパシパシと自分の頬を叩いた。


前世に思いをはせていても仕方がない。今生、この人生をしっかり生きるのだ!

今度こそ幸せになり、可愛がってくれている現両親へ親孝行しよう! それこそ、前世の両親の分も含めて!


そうよ! これからこの世界で仕事も恋愛も十分楽しんでやるのよ!

第二の人生、謳歌してやる!


と、意気込んだところで重大な事を思い出した。


「あ・・・、私、もうすぐ嫁入りだ・・・」


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