第41話:おじいさんの歓迎

次の日、私たちはヨトゥンさんに連れられて、闘技場のような場所にいました。


装備は万全。体調も良く、鍛錬には完璧な状態です。


ヨトゥンさんは私たちの前に立つと、笑って言いました。



『まずは瞑想からするよ』



最初は魔法鍛錬の定番、瞑想でした。


魔法に置いて心の在り方ネスティは最も重要と言っても過言ではありません。何故なら魔法の属性、出力、効果などを決定するからです。


様々な状況下で、使いたい魔法の心の在り方ネスティを整える。これが瞑想の基本です。



『といっても、ただの瞑想じゃ効果は薄いからね。はい、これ』



ヨトゥンさんに渡されたのは、桃色の球でした。あまり重さは無く、特に変わった様子もないただの球です。



「「これは…?」」



私たちの疑問の声が重なります。ヨトゥンさんは得意そうに笑うと、少し声を上擦らせて教えてくれました。



『王が作ってくれた、瞑想用の魔導具だよ。甘幻の魅惑って言うんだ。予備はあるけど、作り方は分からないから壊さないでね』



ヨトゥンさんの様子から、魔王のことが本当に好きなことがひしひしと伝わってきます。



『早速やってみて。詠唱は、我が見るのは甘き夢・我が聞くのは甘き声・今幸福の世界へと羽ばたかん。鍵言葉は《ドルチェトラオム》だよ』



球を手に持ち、アイオリアさんが用意してくれた椅子に座ります。



(一体どんな効果なのでしょうか?)



緊張で手が震えるので、深呼吸をして落ち着きます。ティオナと一瞬目を合わせて、同時に詠唱をしました。



「「ーー我が見るのは甘き夢・我が聞くのは甘き声・今幸福の世界へと羽ばたかん


ーー《ドルチェトラオム》ーー」」



刹那、目に映る景色が、闘技場から少しお洒落な部屋に変わっていました。


大きな寝台が真ん中にあり、隣の小さな机の上には可愛らしい花が生けてあります。他にも、鏡や少し大きな机、それを挟む二つの椅子などがあります。


部屋を見て回っていると、後ろから扉が開く音が聞こえました。



「ただいまーセシリア」


「え…?」



ずっと待ち望んでいた声。聞こえる音は低くても、子供のような無邪気さばかりが含まれている不思議な声。


振り返れば、ニコニコと笑っているユウトさんがいました。インエイを背負い、レサルシオン王国騎士団の魔法使い用の制服に身を包んだ、いつもの姿。


グッと熱が込み上げてきます。視界が霞み、全身が少しずつ震え始めます。



「ちょ!セシリア!?どうしたん!?」



ボヤける視界の中、ユウトさんが心配そうに私に駆け寄ってきます。涙を拭い、なんとか笑おうとしますが、溢れる涙が止まる様子は一向にありません。



「大丈夫。大丈夫だよ」



全身を包む温もりが、耳元で囁く声が、頭を撫でる優しい手付きが、私の涙をさらに誘います。


感情が絶頂になる直前、ポンッという音共にキラキラと光が飛び散りました。



「あ…」



その光が、夢に沈んでいた私を現実に引き戻します。胸の内の熱が萎んでいくのが分かります。



『とまあ、こんな感じで心の在り方ネスティがぶれると戻されるんだけど…その、大丈夫?』



ヨトゥンさんが心配そうな表情を浮かべます。


涙を拭い、大きく深呼吸。気持ちを落ち着かせ、頷きました。ヨトゥンさんの表情は変わりませんでしたが、説明を続けるよう促します。



『修行内容は、そこで得意属性の心の在り方ネスティを維持すること。最初の目標は三分。出来るようになったら時間伸ばすよ』


「わかりました」



フッと息を吐き、気合を入れます。もう一度修行に挑もうとしたところで、ヨトゥンさんから待ったが掛かりました。



『一つ聞いてもいいかい?』


「はい、なんでしょう?」


『あれは、どうすればいいと思う?』



そう言ってヨトゥンさんが指差した先には、顔を真っ赤に染めて、恥ずかしさに悶えるティオナがいました。





ーーーー






ダンジョンに来てから、たぶん一週間以上過ぎた。


何せずっと太陽を見てないんだから時間感覚がわからん。腹が減ったら飯を食い、眠くなったら安全そうな場所を見つけて寝るを繰り返してたし。


寝た回数から逆算すれば、今日で十日目だ。



(干し肉はまだまだあるしいいんだけど、お野菜欲しいなぁ)



もちろん、ダンジョンの中でそんなものは見かけなかった。森林とか草原のダンジョンならまだ希望があったんだけどなぁ。


それはさておき、ここから早く出なければ。



(まさかスライムゾーンの次は迷路とはなぁ。壁は硬すぎて壊せないし進むしかないんだけど…)



あまりにも巨大すぎる迷路。しかもエンカウントする敵は結構厄介。何せーー



「出た!おい待てぇ!!」



ーー進行方向を土魔法で蓋をしてくる。走って通り抜けようとするけど、間に合わなかった。



「まーた捕まえれなかったよ」



どんな姿か見てみたいけど、如何せん奴はすぐに逃げるもんだから苦労している。


来た道を引き返し、左に曲がる。右はさっき通ったし。


しばらく進めば、また分岐。なんとなく右を選択。


また分岐。今度は左を選択。


前に妨害されてから六度目の分岐に差し掛かったとき、俺の直感がビリッと震えた。


道なり全力ダッシュ。目の前に土色の光が現れるが、構うことなく突撃する。



「ふげっ!」



いい流れのところで何故か強制ストップ。見ればボスリザードンの槍が、狭くなった通路に引っ掛かっていた。どうにか外そうと踠いている内に、足音がどんどん離れていく。


結局、リザードマンの槍は両端が埋もれていて、取り出すことが出来なかった。



(俺にヴェラぐらいのパワーがあればなぁ)



己の非力さに落ち込みながら、槍の放棄を決意。後ろ髪引かれながら奴の追跡を再開。


奴が去っていったであろう道は、スライムゾーン並の長い真っ直ぐな道。これはもう迷路をしなくても済むかもしれない。そう考えると、長槍の偉大な犠牲も無駄ではなくなる。



(こんな俺のために…ありがとう、長槍)



勝手な妄想と感謝はさておき、周囲を観察。


マグマ頼りだった光源は、壁にセットされたトーチになっている。その揺れる灯りが、より一層ダンジョンっぽさを掻き立ててくれて凄く良い。あと、トラップっぽいのは今のところ見当たらない。このまま歩いても大丈夫そう。


カツンぺたんと響きが違う足音を鳴らしながら、ひたすら奥を目指す。見間違えじゃなければ、行き着く先はボス部屋なはず。


案の定、出迎えてくれたのは毎度恒例の巨大扉。今回その堂々たる表面を飾ったのは、三つの宝玉が付いた杖を持った、とんがり帽子のおじいちゃんだった。鼻はちょっと大きくて丸くて、ダボダボなローブを着ている。



(おおー!ノームの長老ってとこかな?)



ワクワクしながら扉に手を掛ける。もちろん回避の準備も万端だ。



「開く様子なし。んじゃあ、悠人、いっきまーす!」



グッと力を込めて、全力で押す。顔に血が昇って熱くなるけど、動く気配すらなかった。



「うへぇ、重過ぎ…これがリアルの重さか…」


『フォッフォッフォ!まだまだ未熟じゃのぅ』



高笑いと共に、扉が開く。



『入ると良い!若人わこうどよ!』



言われるがまま、ボス部屋に進む。一歩踏み入った瞬間、二つ、明かりが灯った。オレンジの光の篝火。俺と変わらない高さで揺れる火が、少しだけ前を照らしている。足元にしかれた金縁の赤い絨毯じゅうたんが、俺をリードしてくれてる。


もう一歩進めば、また明かりが灯った。



「おお!」



一歩踏み出すたび火が灯り、視線の先が明るくなる。その演出に興奮しながら、前へ前へと進む。


二十四個目の篝が灯ったとき、視界の端に段差が現れた。


見上げると同時に、連続で篝火が灯る。下から上へ、火の精が駆けるの如く着火する。そして二匹は頂点へと至り、さらに空へと舞い上がった。


チラチラと火の粉が羽ばたくなか、玉座に深く腰掛ける老人。足を組み、頬杖を付き、俺を見下ろしている。赤、緑、青の宝玉が煌めく杖が、その風格を確固たるものにしていた。



『フォッフォッフォ!歓迎するぞ、若人!』



そう言っておじいさんは不敵に笑った。



「う…」


『む?』


「おぉぉぉ!!めっちゃぁやべぇえええ!!」


『むむ』



ボス部屋の装飾品。炎が灯っていく演出。玉座のデザイン。杖。格好。雰囲気。どれを取っても、ザ・強者という圧倒的優位性の表れ。



「完璧、完璧だ。完璧すぎる!めっちゃ強ボスじゃんかぁ!!」



まさに厨二病ぶっささりのボス演出。感情メーターを余裕で限界突破してくる。



「あっははははは!!さいっっこおお!!」



感動の波に呑まれながら、激情を絶叫で吐き散らす。感情の大海のど真ん中で叫ぶ歓喜は風となり、おじいさんの海に波を起こす。



『ふむふむ、楽しそうで何よりじゃ』



温かい笑顔を浮かべるおじいさん。俺の波が収まるまで、ただただニコニコしていた。





ガラガラになった喉を癒やし、一呼吸。



『ふぅむ、落ち着いたかのぅ』


「うん」



伸びをして、ダラーン。コンディション調整完了。自然体に戻ってきた。



『では、話をしようかのぅ』


「話?」


『うむ。まずは自己紹介じゃ』



シャランという鈴の音と共に、おじいさんが立ち上がった。一段、一段と段差を降りる度に響く鈴が、ある種の神聖さを感じさせる。最後の一段を降りた時、三色の光が外へと螺旋を描きながら奔った。


壁に当たり、弾け、花火のように舞う。その美しさに、思わずため息が漏れた。



『ノームの長老にして大道芸人、エアブズじゃ。よろしくのぅ』



穏やかに流れる水のように、自然に差し出された右手。それを軽く握り返し、ニッと笑う。



「駆け出し冒険者、久城悠人。こちらこそよろしく」


『ユウトじゃな。わかったぞぃ』



エアブズは立派な顎髭を触りながら、俺を観察する。そして手をポンッと叩くと、クルクルと杖を回した。それに合わせてカラフルな光が散り、妖精のように踊る。



『ユウト、いきなりじゃが、提案があるぞぃ』


「なに?」


『お主を鍛えようと思うのじゃが、どうじゃ?』



宝玉が目の前でピタリと止まった。そんで俺の思考もピタッと止まった。



「はい?」



ほんとにすごくいきなりだった。

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