第35話:氷世界の霜の巨人
ボス部屋リザードマンの最後を見送った後、俺はリュックを探した。そして扉の奥に転がっているのを見つけた。戦いの余波で飛んでいったのだろうか。とりあえずラッキー。
それともう一つ、戦利品。
なんの装飾品もない無骨な長槍。炎の槍と変わらないくらい大きい。
(とりあえず持ってきたけど、使いにくいなぁ)
右手が動いたとしても、長すぎるし重すぎるから振ることすら出来なさそう。それでも捨てておくには忍びないし。結局持って帰ることにした。
ちなみに右手は絶賛機能不全中。手首の形が歪んでるし、たぶんこれが原因なんだよなぁ。
(太刀を片手でぶん回したし、負荷もそれなりだろうなぁ)
とりあえず動かない右手に代わり、左手でリュックを漁る。どっかに干し肉があったはず。あ、あった。
干し肉片手に、リュックを背負う。そしてボス部屋の奥へと向かった。こういうダンジョンは進むに限る。
ボス部屋の奥には、やっぱり扉があった。その扉を開ければ、上へと続く階段が現れた。
(次はどんな
昂る気持ちのままに、俺は階段を登り始めた。一段目で転けた。
ーーーー
最後のホワイトウルフが、真っ二つに斬れました。ふさふさの白い毛が、赤色に染まっていきます。
「想像以上に歯応えがないな」
「そうだね。これならあっさり攻略できるかな」
「む!油断は禁物だぞ!」
ティオナが少し息が上がっているなか、余裕綽々といった雰囲気の三人。実力の差が浮き彫りになっています。
ティオナの動きですら目で追うのが精一杯な私には、彼らが何をしているのか認識することすら出来ませんでした。魔法を使えば見ることだけは出来るのですが、今は使っていないので…
「ティオナ、大丈夫ですか?」
「ええ、セシリア様。まだ行けます」
ティオナは汗を軽く拭うと、姿勢を正しました。
「それじゃあ行こうか。天候もーー」
ヴァレンティーア様は、そこまで言ったところで急に剣を抜き放ちました。私たちの間に、緊張の糸が張り詰めます。
「セシリアさん!全員に加護をお願い!出来るだけ強いので!」
「はい!」
ヴァレンティーア様の指示通り、全員を対象に全身体能力上昇の魔法を発動します。
「ーー我を象る聖なる器よーー
ーー十五の
ーーその音が覆う我の技はーー
ーー魔を浄化し闇を照らすーー
ーー一条の光とならんーー
ーー《アルカミサーシャ・デュナヴィテスクード》ーー」
全員が光に包まれ、力が漲ります。その瞬間、正面で爆破が起きました。雪が飛び散って、視界が白で覆われます。
ティオナが私とキュルケーを庇うように前に立ちます。
「ーー大蛇ーー
ーー《サルジュサーペント》ーー」
キュルケーの凛とした声が響き、空が影で覆われました。
「む!」
氷が砕け散る音と共に、陽の光が再び現れます。氷の破片がそれを反射しキラキラと輝く中、着地したヴェラスケス様とキュルケーがお互いの
「な!?あれはまさか!!」
ヴァレンティーア様が驚きの声を上げます。その先では地面が
「嘘でしょ…」
「む!?実在したのか!」
正しくはそれは地面ではありませんでした。余りにも巨大で地面と錯覚していたのです。その正体は初代勇者様の英雄譚に現れる魔物ーー
「霜の巨人…ヨトゥン」
王城をも超える白緑色の巨体。手や足にある神秘的な白の紋様。空に近いところにあるにも関わらず、はっきりと見える金色の目。今まで戦ってきた魔物とは、文字通り次元が違う存在なことを
(それでも…)
「魔王ほどの圧はないな」
ツァールライヒ様の言う通り、魔王に比べれば全然怖くないです。それはティオナ以外の共通認識のようで、各々の武器を構えました。
「ティオナ、護衛の方をお願いします」
「しょ、承知しました」
固まっているティオナを軽く小突くと、ようやく動き出しました。ティオナも抜剣し、全員が戦闘体制に入ります。
「さ、行こうか」
ヴァレンティーア様の合図をきっかけに戦いの幕が上がりました。
ーーーー
僕はライヒとヴェラと同時に、空中へと飛び出した。
「出し惜しみはしないよ」
「好きにしろ」
「む!ならば俺も全力だ!」
ヴェラが全身に炎を纏う。炎の化身と化したヴェラは、炎を噴出してさらに加速。目の前で太陽のような輝きを放った。僕も負けてられないね。
「ーー此方は彼方へーー
ーー《エスパシオ》ーー」
瞬きの瞬間、周囲の景色が変わる。足元にはヨトゥンの頭があった。跳んだときの慣性に重力が加わって、一段と加速する。ヴェラの蹴りが炸裂するのと同時に、
金属音が鳴り響き、切先が弾かれる。あまりの硬い手ごたえに腕が痺れるね。
煌爛に風を纏わせる。奴に着地し、そのまま攻撃。五十の剣撃を叩き込んだけど、薄皮が切れる程度だった。
今度は奴の瞳の前に転移。左手で照準を定め、光線の雨を浴びせる。流石に痛かったのか、苦悶の咆哮を上げながら、巨大な両手で目を覆った。
「速さ自体は大したことはないな。攻め続けるぞ」
空中ですれ違ったライヒが、追撃とばかりに雷の斬撃を放つ。轟音が空を揺らし、奴の両手に傷をつけた。相変わらず凄い威力だ。
「チッ、頑丈だな」
ライヒは舌打ちをすると、奴の肩に着地し数多の剣閃を見舞った。
風を起こし、方向転換。ライヒがつけた傷に近づく。
「ーー
ーー《ヴェレーノストゥリディ》ーー」
紫の魔法陣が現れ、巨大な雨降を召喚する。雨降は奴の傷口に張り付き、毒液を撒き散らした。効果は…薄そうだね。
頭上に転移。刃に光を纏わせ、落下の勢いで突きを放つ。爆発が起き、奴の肉が少し抉れた。
唐突に奴が身を震わせた。あまりの勢いに、空中に投げ出された。ライヒとヴェラが落ちていくのが見えた。その先には黒煙。どうやらキュルケーさんの一撃が効いたみたいだね。
奴がキュルケーさんの方を向いた。雄叫びを上げ、拳を振り下ろす。
ティオナさんが結界を張った。一瞬の拮抗が生まれ、硝子が砕けるような音が響いた。
「む!よくやったティオナ殿!」
その一瞬でヴェラの拳が届いた。奴の拳が跳ね上がり、風が巻き起こる。
「合わせろ」
「わかったよ」
ライヒより一瞬早く、奴の懐に飛び込む。六十、七十と光の剣戟を叩き込み、後ろへ転移。僕に代わり前に出たライヒの双剣が、雷光を放ちながら美しく舞う。刹那の間に百を超える連撃、奴を蹴って上へ。僕は風魔法で加速し、最高速度の刺突を放った。
内部で爆発が起こり、腹を抉り飛ばした。即座に転移。下で凄まじい爆発の嵐が巻き起こる。
火球の嵐が止まった瞬間、雷光が駆け抜けた。奴の腹に風穴が開く。
「煌爛!決めるよ!」
切先を天に掲げ、叫んだ。一際強く、大きく風を纏い、煌爛は巨大な刃を得る。上段にあるそれを、全力で振り下ろした。
奴が一瞬でちぎれ飛び、遅れて衝撃波が大地を揺らした。雪が舞い散り、光を受けて輝く。
みんなの隣りに着地。煌爛を鞘に収めた。
「存外余裕だったな」
「む!そうだな!これならばまだーー」
ヴェラが何かを言おうとした瞬間、僕たちは氷に包まれていた。ほんの僅かな隙間しかなく体を動かせない。
「ーー紅蓮の炎・十の砲門・灰燼の景色ーー
ーー《イグニルクス》ーー」
キュルケーさんのくぐもった声が聞こえた。目の前が赤く染まり、体が自由になる。
「助かったよキュルケーさん」
「悠長にしてる暇はないわよ」
周囲を見て、状況を確認。僕たちがいるところ以外は、全て氷で埋まっていた。
「む、新手か?」
「どっちでもいいわよ。とにかくここを出るわ」
「それなら任せろ!」
ヴェラが地面の足をしっかりつけて腕を引いて構えた。腕を覆う炎が増し、輝きを放つ。それが絶頂に達したところで、拳を突き上げた。巨大な炎の塊が穴を開け、白の何かが見えた。
「とりあえず上がるよ」
「待ってください!」
土魔法を使おうとした瞬間、ティオナさんから静止の声がかかった。振り返ると、ティオナさんが息も絶え絶えな様子のセシリアさんを支えて立っていた。
「申し訳…ありません…限界です…」
僕たちを包んでいた光が消える。漲っていた力が消えていくのを感じた。
「よくやった。少し休んでいろ」
「はい…」
セシリアさんはティオナさんに縋りながら、座り込んだ。肩は苦しそうに上下している。気付けなかったことが凄く申し訳ない。
「ごめんね、セシリアさん。無茶をさせたね」
「後は私たちに任せなさい」
「お願い…します…」
セシリアさんがゆっくりと目を閉じる。僕は上を向くと、土魔法を発動した。蔦を操り、氷塊から脱出する。そのままティオナさんとセシリアさんを覆い、出来るだけここから離した。
辺りを見回す。先程までとは打って変わって、天気は大雪になっていた。肌を刺すような寒さは一段と酷くなり、息を吐けば即座に凍ってしまうほどだった。
キュルケーさんが炎を出し続けているから凍らずにいられるけど、この状況がいつまでも続くわけじゃない。早くなんとかしないと。
「姿どころか気配すらないわね」
「気候変動の可能性もある」
「ない…とは言えないね」
警戒心を張り詰めたまま、さらに細かく周囲の気配を探る。
『やあ』
ふと目の前に、小さな男の子が現れた。軽く手を上げ、にこやかに笑う男の子。人懐っこくて無害そうな雰囲気を纏っている。
だけど僕は、嫌な汗をぐっしょりと掻いていた。
全く気づかなかった。話しかけられるまで、気配を感じなかった。いつからそこに居たのかすら分からなかった。
「迷子かな?ここは危険だし、早く離れた方がいいよ」
なるべく平静を装い、男の子に話しかける。すると、彼の雰囲気が少し変わった。
『危険?よくわかってるね。お兄さんたちこそどこかへ行った方がいいんじゃない?』
苛立ちを乗せた声。その声の圧だけで、奴相手に勝ち目はないと悟ってしまった。
『
奴の圧が急激に高まっていく。さっきまでとは比べ物にならないほどの重圧感。
体が重い。喉が締め付けられてる気がする。それでもーー
「ここで動かないと、ユウト君に怒られるからね」
「ふん」
「あいつのことだし、あまり気にしなさそうだけど」
「む!俺もキュルケーに同じくだ!」
頼もしい仲間と肩を並べて、聳え立つ小さな壁に一歩を踏み出した。
ーーーー
『こんなものか』
僕の前には、今し方蹴散らした四人が転がっていた。手加減はしたし、生きてると思う。ていうか、生きていないと困る。
『あいつですらだめだったんだ。この程度の強さじゃだめだめだよ』
僕を相手に一瞬も保たないだなんて。さっきからため息しか出ないよ。
『はぁ、僕がここから離れれたらな。僕がもっと強ければな』
悔やんでも仕方がない。まだ心が折れてないことを祈ろう。
あくびが出た。眠くなってきた。
(ちょっと離れて寝よう)
僕は氷の寝床を作って、その上に横になった。
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