第33話:霊山までショートカット
次の日、俺たちはセシリアのお父さん、アグネスに案内されて王城の地下に来ていた。
ここに転移魔導と呼ばれる、いわゆるポータルがあるらしい。このポータルは一方通行で、行先は各国の王城と、魔境付近にある特定の建物だけ。
ちなみに魔境とは、ラグバグノス樹海、インフェルティオ霊山、アギフレスト湖の三箇所を意味する。どれもこの大陸、インシオン大陸一の大きさを誇り、そして人が住むことが出来ない環境だと言われている。ラフィが教えてくれた。
ギギギと古い金属が擦れる音がして、扉が開く。
「おお〜!めっちゃ綺麗!」
その先には、結構広い六角形の空間があった。その輪郭を辿る赤紫色がすごく幻想的だ。
(これが転移魔導かぁ…)
周りをキョロキョロと見ながら、中心へと歩く。先頭を行くライヒは、三重の魔法陣の真ん中で立ち止まった。その周りにヴェラ、キュルケー、ヴァレン、ティオナが並ぶ。俺もそこに混ざった。
セシリアはテレーズとお母さんのエウラリアと抱きしめ合っていた。淡いピンク混じりの水色の長髪が、別れを惜しむように混じり合っている。しばらくして、三人は名残惜しそうに離れた。
セシリアが俺の隣りに立った。これで全員集合。忘れ物もないし、準備万端だ。
「皆、どうか無事に帰ってきてくれ」
「もちろんだよ」
「ああ」
「む!その時にはさらに強くなってるぞ!」
「そうね。せめて魔王相手に勝機が見えるくらいにはなりたいわ」
「今度は足手纏いにならないよう、死力を尽くします」
心配するアグネスに、各々が力強く答えた。アグネスは少し安心したように頷くと、テレーズたちと一緒に少し後ろに下がった。
(かっこよく決めるぞぉ!)
気合い十分。大きく深呼吸をし、仰々しく右手を上げる。
「ーー我らが在るのは此方の陣ーー
ーー我らが行くのは彼方の龍床ーー
ーー此方と彼方は交わりてーー
ーー我らを運ぶ船となるーー
ーー開門ーー
ーー《シエルニスナーヴェ》ーー」
赤紫の光が疾走し、緻密で繊細な紋様が描かれる。それは、百を優に超える魔法陣が織りなす新たな理。俺たちを完全に覆ったとき、体が浮遊感を感じた。
「クジョーユウト!」
薄れていく感覚の中、ダルクの声が聞こえた。
「セシリアに手を出したら許さないからな!」
やけにはっきりと耳に響いた。きっとそれだけ想いが込められているんだろうな。
「大丈夫!俺は人を虐める趣味ないから!」
俺も全力で叫び返す。これでダルクも安心だな。たぶん。
視界が完全に赤紫に染まる。足裏の感覚が消え、何かに引っ張られた。
視界に他の色が戻ってくる。頭が少しボーッとするので、頬を叩いて、首を大きく振る。そして状況を確認。
周りはゴツゴツとした焦茶の岩壁の、おそらく洞窟。ところどころ赤いマグマみたいなのが見える。そしてめちゃくちゃ暑い。とりあえず、防寒用にと着させられた上着を脱いで、リュックの中に突っ込む。
(あれ?みんなは?)
なんか誰も喋らないなーって思ってたらそもそもいなかった。
(もしかして…人生初転移は失敗?)
原因はわからないけど、貴重な経験なことには変わりない。俺はこの体験が出来たことに感謝しながら、とりあえず歩き始めた。
ーーーー
眩しい赤紫の光が消えて、無事転移が完了しました。
「他とそう大差ないな」
「そうだね」
ツァールライヒ様とヴァレンティーア様の言う通り、転移先の建物は他の魔境の転移先とほとんど同じでした。
幾つかの宿泊できる部屋と、二箇所の浴場があって、あとは全員が集まれる大きな部屋が一つ。違うのは、暖炉があることくらいでしょうか。今は火がついていないので、吐息が白くなっています。
「うう…寒いわね…」
唇を真っ青にしたキュルケーが、炎魔法を手のひらで発動します。キュルケーの震えに合わせるように、ゆらゆらと炎が揺れます。
「む?寒いなら温めるぞ?」
「よ、余計なお世話よ!」
ヴェラスケス様の一言に、キュルケーが顔を赤くして背けます。
ところで、いつまで経ってもユウトさんの声が聞こえません。お城の時と同じように息が詰まっているのでしょうか。確かめるために横を見ると、そこには誰もいませんでした。
「さっさと行くぞ。ゆっくりしている暇はない」
「待ってください!ユウトさんがいません!」
進もうとするツァールライヒ様を、慌てて呼び止めます。
「何を馬鹿なことを…いないな」
「ユウト様はセシリア様の隣りに立っておられたはずですが…」
突然のことに全員困惑してしまいます。
過去に転移魔導で転移を失敗した例はありません。それもそのはずです。あらゆる魔法において神をも超えると言われた、初代大魔導師リディマギア様。リディマギア様がお造りになった魔導具である転移魔導に欠陥があるとは思えません。
「探さないと…!僕は北に向かうよ」
「待て」
「では私はティオナと東へ向かいます」
「待てと言っている」
すぐに探しに行こうとした私たちを、今度はツァールライヒ様が引き止めます。
「ユウトは探さない。このまま霊山に向かう」
「どういうつもりですか!?ユウトさんを見捨てるとでも言うのですか!?」
「そうだよライヒ。ここの環境で一人というのは危険すぎる。早く探さないとだめだよ」
ツァールライヒ様の方針に、私とヴァレンティーア様が異を唱えます。
ヴァレンティーア様の言う通り、インフェルティオ霊山はあまりにも過酷な環境です。伝説の剣を求めて、たびたび冒険者の方たちが訪れているのですが、半数が登山を断念し、四分の一の方たちが行方不明になっています。
戻ってきた方たちによると、激しい寒さと暑さが共存する不思議な地獄とのことです。氷の下は溶岩だったり、突然地面から溶岩が噴き出したり、動けなくなるほどの強い吹雪だったりと、環境の変動が激しいそうです。
そんな環境化にいる魔物もとても強力で、一体を相手するのに上級の冒険者でも十人は必要なほどです。
(私とティオナ以外は特級並の実力…噂の範囲までは大丈夫ですね。ただユウトさんは…)
聞いた話によれば、ティオナ相手に手も足も出なかったようです。そこには少し違和感を感じました。
ユウトさんは前に、ヴェラスケス様に化けたイミタッツィオーネを単独で倒しています。
イミタッツィオーネの模倣能力の質は高く、戦闘技術や力までも模倣できます。たまたま模倣できない部分が戦闘に関することだったという場合もあり得ますが、途中で見せた一撃の威力は、少なくとも上級上位とそう変わらないはずです。
(ティオナの実力も上級上位ほど。それなりの戦いになるはずですが…)
考えれば考えるほど、ユウトさんのことが心配になります。
「む!俺もこのまま進むことに賛成だぞ!」
「ヴェラもかい!?」
「私もよ」
「キュルケーまで!」
ヴェラスケス様とキュルケーまでも、ユウトさんを探すことに反対しました。残るティオナの方を見れば、申し訳なさそうに首を横に振られました。
「どうして…?そんなにユウトさんのことが嫌いですか…?」
「違うわよ。ただユウトが言った通りにしてるだけよ」
泣きそうになりながら言えば、キュルケーは淡々と言いました。
「セシリア様、ユウト様はここに来る決断をした時、何をおっしゃったか覚えていますか?」
「決断…あ…」
悲しそうな顔をするティオナに言われ、あの夜のユウトさんを思い出しました。
わざとらしい態度で、嫌な役を買って出てくれたあの時。ユウトさんは生きているかもしれない人を諦めて、今確実に生きている人を救うと言いました。
現状、ユウトさんは行方不明。ユウトさんの判断で言えば、切り捨てるべき存在です。
私は俯いて、唇を強く噛み締めました。そして心配を無理矢理飲み込んで、言葉を搾り出しました。
「分かり…ました。霊山に行きます」
「セシリアさん!?」
「ユウトさんの判断を…尊重します…」
本当は、飛び出して探しに行きたい。飲み込んだ心配が心臓を締め付けて苦しい。でも、ここで修行を遅らせるのは、きっとユウトさんが望むことではないです。
「ヴァレン、ユウトとて覚悟はしているはずだ。漢の意志を捻じ曲げるのは無粋だぞ!」
「ヴェラ…」
ヴァレンティーア様はヴェラスケス様の説得に、ため息を吐くと自身の頬を叩きました。
「わかった、行こう。ごめんね、駄々をこねて」
「気にするな。いつものことだ」
ツァールライヒ様はふっと笑い、ヴァレンティーア様の肩を軽く叩きました。
「行こうか!目指すは炎帝の討伐だ!」
「おい、国の許可すら降りてないからやめろ」
私たちは、インフェルティオ霊山に向けて、重たい一歩を踏み出しました。
私の気分とは対称的に、空は雲ひとつない快晴でした。太陽の光を反射する銀世界の美しさに浸る気も起きません。
ザクザクと音を鳴らして、インフェルティオ霊山を進みます。目指しているのは頂上。伝承によれば、そこにはぽっかりと穴が空いていて、その中に炎帝が住んでいるのだそうです。
(ユウトさんがいれば、伝承を聞かせて上げれたのですが…)
そんなことを考えていると、地面が少し揺れていることに気が付きました。目線を上げると、白い雪に紛れて何かが走ってきていました。
先頭にいるヴァレンティーア様が剣に手をかけます。それをツァールライヒ様が手で制しました。
「ティオナ、腕試しだ」
「承知しました」
ティオナが一歩前に出て、腰にある細剣、セツナを抜き放ちます。切先を正面に向けて構え、グッと脚に力を入れます。次の瞬間、積もっていた雪が舞い上がり、何も見えなくなりました。
太く低い断末魔が響きます。キラキラと舞う雪の中、ティオナが何かからセツナを引き抜きました。白かった雪が、赤く染まっていきます。ティオナはセツナを二度振ると、腰の鞘に収めました。
「剣筋がぶれている。刺突の際に力み過ぎだ」
「はい」
ツァールライヒ様の助言を聞きながら、ティオナは次の獲物に切先を向けます。幾つもの雪柱が立ち、その度に断末魔が響きました。
「全滅だね」
「ああ、イエティ程度では意味がないな」
イエティは、冒険者の依頼でいうと難易度五に相当します。ユウトさんならば、倒すのにどれくらいの時間がかかるのでしょうか。
「先へ進もうか」
ヴァレンティーア様を先頭に、私たちは再び頂上に向かって歩き始めました。
ーーーー
暑い。めっちゃ暑い。暑すぎて蒸しプリンになりそう。
俺は暑い上着は全部リュックにしまって、袖を捲って出来るだけ涼しくなるように努めていた。それでも汗は止まらないし、喉はからっからだしで散々な目にあっていた。
(汗かきすぎてびっちょびちょだよ。汗のシャワー浴びたんかってくらいだよ)
心の中で愚痴りながら、マグマの上の岩の橋を渡る。しかも結構高い。マグマまで三階建ての学校くらいはありそう。
水分補給をしながら、ひたすら前に進む。岩の橋を渡り終えたら、再び洞窟に入った。いや、さっきまでも洞窟なんだろうけど、広すぎてなぁ。あんまり洞窟って感じがしなかった。
ふと、背中にチリチリとした感覚が現れた。リュックを置いて、陰翳を抜刀する。
反射でしゃがんだ。頭上すれすれを何かが飛んでいった。振り向くと、尻尾と背中が燃えている二足歩行の
(おお!本物のリザードマン!かっけぇ!)
想像以上に鱗がテカテカしている。たまに見かけた金蛇を思い出した。色は燃えててちゃんと見えないけど。
リザードマンは口を大きく開けた。そこに背中の炎が集い、炎の球を成す。それが炸裂する前に、俺は奴との距離を一気に詰めて、下顎を思いっきり蹴り上げた。しかし奴はびくともしない。
炎の圧が高まり、前方を焼き払った。俺は奴の股下を潜り抜け、炎のブレスから逃れる。立ち上がりながら、横薙ぎ一閃。それが当たる瞬間、奴は上へと飛んだ。
空振りした勢いそのまま、落ちてくる奴目掛けて振り上げる。奴は身を捩って刃を躱し、後ろへ大きく距離を取った。仕切り直しだ。
俺は中段で切先を左に開いて霞の構えを作り、乾いた暑い空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
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