第18話:雷人と炎剣
次の日、朝早くから俺達はサイクロプスの方へ歩いていた。メンバーはキュルケー、セシリア、ティオナ、俺。騎士達は野営地でお留守番だ。
作戦はシンプル。まず俺がセシリアに防御魔法を掛けてもらう。
次にサイクロプスの気を引きつつキュルケーの詠唱時間を稼ぐ。
最後にキュルケーの一撃でフィニッシュ。
ティオナは別の魔物が二人を襲わないよう守る係。
本当は別の騎士が来る予定だったんだけど、ティオナがどうしてもというのでこの編成に。俺もそれがいいと思う。
サイクロプスまであと三キロメートルぐらいのところで俺達は止まった。三人とはここでお別れだ。
「ーー我を象る聖なる器よ・魔を退け闇を拒む盾よ・
蒼混じりの銀色の光を放つ、十五の魔法陣が俺を囲む。
それはセシリアの
「ーー《アルカーメス・エスクード》ーー」
凛としていてかつ透き通った声。
鍵言葉が響くと同時に、前よりも一段と強い光が俺を覆った。やっぱり視界は明瞭で、全く邪魔になってない。
「ありがと、セシリア。じゃあ先行くね」
「ユウトさん、どうかご無事で」
「はーい」
三人に軽く別れの挨拶をし、走り出す。目指す先はもちろんサイクロプス。
(いた!こいつだな)
体感十分が経ったころ、超巨大な肉塊が前にいた。
「あっははは!でっか!やば!」
『ゴアアアアアアア!!!』
サイクロプスが雄叫びを上げれば、世界が震えているような錯覚を受けた。あまりの声量に、耳と目を塞いでしまう。
「鬼さんこっちら!血の出る方へ!」
足の小指らしきところを斬りつければ、ジュワッという音と共に瞬く間に傷が塞がった。噂に劣らぬ再生能力だ。
地上に闇が落ちる。圧倒的質量が振り下ろされる。
もちろん一撃必死。拳の外まで全力で走る。
光の中に飛び込んだ瞬間に、巨大な振動と爆風が撒き散らされた。
「うおおおお!飛んでる飛んでる!」
その風に巻き上げられ、空中に投げ飛ばされる。
横は一面代赭色。陰翳を突き刺し、落下の勢いを殺す。
奴の再生能力により、宙ぶらりんになった。
再び影が覆う。今度は背後から拳が迫ってきた。
陰翳を引き抜き、奴を踏み台に空へと躍り出る。すれ違う腕を掻い潜り、落下を始めるより早く陰翳を突き刺す。
奴は腕を出鱈目に振り回す。体にかかる遠心力が半端じゃない。陰翳を握る腕が千切れ飛びそうだ。
最高点に到達した瞬間、手が限界を迎えた。痺れる手で陰翳を無理矢理引き抜き、奴の上空を飛ぶ。
真下には奴の顔。巨大な口を開き、俺が落ちてくるのを待ち構えていた。もちろんタダで食われてやるつもりはさらさらない。
陰翳を正眼に構え、身を
飲み込まれる寸前、陰翳の刃が奴の肉を捉えた。その瞬間に体をピンと伸ばし、陰翳を起点に大車輪。遠心力に吹っ飛ばされた俺の足が、奴の鼻の下へと俺を導いた。そのままくしゃみでもされたら堪らないので即座に走る。
鼻を横切り、眼前には巨大な瞳が一つ。瞳を踏む寸前に脚に力を込め、跳躍。陰翳を下に向け、全体重を掛けて突き刺す。
『ゴアアアアアアア!!!』
奴が痛みに呻き、耳をつんざく咆哮を上げる。刹那、光が天を貫いた。数瞬遅れて轟音が地を揺らす。
「かっけえええええ!ケラウノスかよぉぉ!!」
ゼウスの
陰翳を再び突き刺し、今度は捻りを加えて
「あっはははは!!良いじゃん良いじゃん!!もっと見せろぉ!!」
昂るまま、天に向かって咆える。その時、俺の目が空に浮かぶ
足元が揺れる。多分サイクロプスが笑ったんだろう。すげぇ。お前…
「サイコーかよぉ!!!かっけぇぇぇ!!!」
刺さっていた陰翳を引き抜き、切先を天に向ける。金色の大鷹がサイクロプスに劣らない金切り声を上げる。
お互いの闘気が高鳴っていくのを感じる。それに釣られ、空が、大地が、バリバリと悲鳴を上げる。それが
「いざ、尋常にーー」
陰翳を下段に構え、両脚に力を籠める。
「ーー勝負!!!」
終焉の轟音が轟き、全てが黄金に染まった。
ーーーー
揺れが、音が、ユウトさんとサイクロプスの戦闘の激しさを物語っています。
(ユウトさん…大丈夫なのでしょうか…)
私の心配を他所に、キュルケーはずっと瞑想を続けています。
強力な魔法を使う時は、事前に瞑想をして、
不意に、キュルケーが目を瞑ったまま立ち上がりました。
「
何故か耳に残る、それでいて心が澄んでいくような詠唱。キュルケーの鈴を転がすような声が言の葉を紡いでいきます。
「ーー現世を照らす汝の光はーー」
「ーー我らの明日を切り拓くーー」
差し出されたキュルケーの右手が、魔法陣に包まれ、光を纏います。それはまるで陽光のような輝きを放っています。
「ーー
スッと流れるように左手が差し出されます。
「ーー
「ーー我らの今日に幕下ろすーー」
今度はキュルケーの左手が魔法陣に包まれます。月光のような淡く強かな煌めきが灯りました。
「ーー汝ら陽と陰が交わる今ーー」
「ーー創世の滅炎が天へと駆けるーー」
キュルケーが両手の光を合わせて、天へと掲げます。巨大な緋色の魔法陣が空に刻まれました。
その時、サイクロプスの怒りの咆哮が、空気をビリビリと震わせました。あまりの大きさに、思わず耳を塞いでしまいます。
バチッという何かが弾けるような音がして、空の緋色の魔法陣が砕け散りました。
「失敗したわ…」
「そんな…」
キュルケーが疲弊した様子で溢した一言に、目の前が真っ暗になるのを感じます。
「あれは!?」
ティオナの驚く声が聞こえます。顔を上げれば、空に金色の巨大な鷲がいました。場所はちょうどユウトさんがいるあたりです。
「あの威力…間違いないわね。二人とも、急いでこの場を離れるわよ」
「ユウトさんを置いていくのですか!?」
「仕方ないでしょ?あれを撃たれたらここも危ないわよ。真下にいるなら尚更だわ」
「でも…!」
キュルケーの方を見れば、荒く呼吸をしていながらも、その顔には悔しさがはっきりと現れています。その表情に、思わず息を呑みました。
「ティオナ、悪いけど私たちを運んで貰える?」
「ええ、お任せください。失礼します」
抵抗も出来ず、キュルケーと共にティオナに抱えられた。ティオナが飛ぶように地を駆け、景色がどんどん後ろへ流れていきます。
「ティオナ、ここでいいわ。ありがとう」
「承知しました」
騎士達の野営地から程近い小高い場所で、ティオナは私たちを降ろしました。振り返れば、大鷹はその頭を地面へと向けています。
直後、天が裂けるような爆音が轟き、何も見えなくなるほどの眩い光が視界を埋め尽くしました。キュルケーが風魔法を使ってくれたおかげで、幸い吹き飛ばされることはありませんでした。
戻ってきた視界に、焼け焦げたラグバグノス樹海の中央に堂々と立つサイクロプスの姿が映ります。
「アルアーンサイクロプス…」
ティオナが小さく呟きます。
アルアーンサイクロプス。サイクロプスの中でも随一の雷魔法を扱う種族で、再生能力も上位に位置します。ただ動き自体は比較的遅く、また魔法を撃った後の隙も大きいです。なので、ヴァレンティーア様とツァールライヒ様が気を引き、ヴェラスケス様とキュルケーが止めを刺すといった感じでした。
「あいつが命懸けで作った隙…無駄にはしないわ」
横を見ると、キュルケーがふらつきながら姿勢を作っていました。キュルケーがもう一度、瞑想を始めます。
(私にも何か出来れば…)
悔しさのあまり、私は服を強く握ってしまいます。結局私には、ユウトさんの無事とキュルケーの成功を祈ることしか出来ませんでした。
ーーーー
「あっぶねぇ…死ぬところだった」
あの瞬間、俺は大鷲に押し負け弾き飛ばされた。そのまま直撃してお陀仏かと思いきや、飛んだ先はなんとサイクロプスの口の中。しかも奴が、俺が口に入った瞬間に閉じたので、直撃を避けることが出来たのだ。まあ、最初の衝撃でローブはぼろぼろだし、皮膚もズタズタで火傷まみれだけど。
体はまだ動く。奴もまだ生きている。囮任務続行だ。
少し生臭い空気をたっぷりと肺に入れ、握っていた陰翳を構えた。あ、せっかくだし、昔見たあれやるか。
「奥義…
肉壁に向かって大きくステップし、横薙ぎ一閃。すかさず六段突きを放ち、一歩バックステップ。引いて構えた陰翳を大振りで突く。
『ガアアアアア!!!』
視界に青空が飛び込んできたと同時に、苦痛の空気の砲弾が背後で炸裂する。俺の体は空中へと投げ出された。
「ぶっ飛べぇぇ!!あっはっはっは!!」
地面が遠い。空が近い。最高に爽快な景色に、テンションが上がる。身を
奴の拳が迫ってくる。なかなか様になっているストレートだ。その拳に陰翳を突き立て、体を固定。奴が腕を引くのを利用して、再び体に取り付く。
飛びついた先は奴の右肩の上。あれだけの雷撃を直撃したにも関わらず無傷とは大したものだ。治ったのか、それとも魔法のコントロールが超絶上手いのか。
とりあえず目の前の代赭色の肉をひたすら斬る。斬ったそばから治っていくが、無視無視。
奴の体の上をちょこまか動き回っては、小さな傷を付けてまた逃げる。苛立ちが募ってきたのか、奴の動きがどんどん荒くなっていく。足場が不安定なのは由々しき自体だが、時間が稼げるならそれで良し。
五度目の移動を終えて左肩に来たとき、奴がこっちを向いた。そして大きく息を吸った。
「うわ!」
空気の流れが変わり、俺の体が浮く。反射的に陰翳を突き刺し、吸い込まれる前に奴の肩に体を固定。全力で陰翳を握り、ひたすら耐える。
数分にも感じられる時間が過ぎ、ふと暴風が止まった。体がベシャッと落ちるけど、すかさず陰翳を抜き、奴への反撃へ出る。
刹那、さっきとは逆向きの暴風が吹き荒れた。あまりの風の強さに、呼吸すらままならない。眼下には、雷の塊を握っている奴が見えた。
「来いやああああああ!!」
『ゴアアアアア!!!』
奴が雄叫びと共にその雷をぶっ放す。黄色のような白のような光が、全身を包んだ。
正面の陰翳をひたすら振るう。雷の世界に、少しでも生きれる場所を生み出していく。腕が、脚が雷に焼かれる。ジリジリして痛い。でもまだ動く。感覚は残っている。
必死に手を動かしているうちに、ようやく視界が開けた。
目に映るのは、緋色の巨大な魔法陣。そしてその下に浮かぶ炎の大剣。
「あははは!!かっこよすぎでしょ!!巨人の炎剣ってか!?」
煌々と燃える極剣が、奴を薙ぎ払う。上と下に真っ二つになったあと、太陽のような爆発が奴を包んだ。
「たーまやー!」
勝利の打ち上げ花火に合わせて叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます