第7話 そして、明日を見る
「山だな」
「山だねえ」
「緑が豊かだな」
「豊かだねえ」
「……結局、どこ向かってんだよ」
「秘密ですねえ」
行き先も告げられぬまま、ただ小春の後を追う。とりあえずわかるのは、町とは真逆の山林地帯を進んでいるということ。
「ほら、コウくん。見えてきたよー」
「見えてきたって……まさか、目的地ここか?」
「その通り! 神様の自宅に突撃訪問です!」
山道をひたすら登った後脇道を逸れ、更にそこから登り下りを繰り返した先に辿り着いたのは明らかな無人神社だった。
「ただの、廃れた神社じゃねえか。……ここなんの神様なんだ?」
「わかんない!」
「神社名は?」
「知らない!」
「それ、全く知らない他人に婚姻届出すようなもんだぞ」
小春はそんなことはお構いなしとばかりに、嬉しそうにバックから手作り婚姻届を取り出す。
「全く知らない訳じゃないよー。一応、こちらのお宅には来たことがあるからさ」
「こんなとこ、いつ来たんだよ」
「こんなとか言わないの。神様、私達の仲人やってくれなくなっちゃうよ。あ、とりあえずお賽銭のとこに婚姻届突っ込んどけば受理してくれるかな?」
「ガンガン進めるな。こっちは、お前の世界観についていくのに必死なんだよ」
突拍子のない言動をとり続けられて、こっちの頭が追いつかない。ただ、この独特な空気感は小春のデフォルトであり、変わらずの日常はまだここにある気がしてくる。
「この神社さー。引っ越して来たばっかりの頃、お休みの日にちょろっと散歩してたら見つけたんだよねー」
「気軽な散歩で、山登りするなよ……」
「そんでね。これも何かの縁だと思ってさ、手持ちのお金お賽銭箱に突っ込んでお願いをしたんだー」
「何を願ったんだ?」
「コウくんと結婚出来ますようにって」
「……よく恥ずかしげもなく言えたな。こっちが、照れるわ」
「もうすぐ世界終わるのに、今更恥ずかしいも何もないでしょー。さて、申請しますよー、」
小春は婚姻届を二つに畳む。そのまま、小さな賽銭箱に突っ込んだ。
「はい、受理されましたー! 私たち、晴れて夫婦となりましたー!」
「入籍が雑すぎて、神様も困惑してるだろうな」
「さらに、ここに私のへそくりが全部入った封筒があります!」
「……今度は何を願うんだ?」
「理解が早いねー。……コウくんだったら、何をお願いする?」
「世界の存続」
「あはは、だよねー。私も、一緒」
小春はどこか寂しそうに笑う。心の隅ではもう覚悟を決めているのかもしれない。
神頼みという言葉がある。俺はずっと、そんな言葉はくだらないと思っていた。どんなに祈っても、助けを求めても、神様は動いてくれやしない。変わらないものは変わらない。
目に見えないものに縋るよりも、自分自身がより良い未来へ歩む選択をする方が大事だ。
じゃあ、もうすぐ世界が終わると言われたら俺は何を選択すればいいのか。
最期の瞬間まで悔いのない行動をとること。大切な人のそばにいること。そんなことは、当たり前に選択する。
でも、俺が本当に欲しいものはその先だ。小春との未来だ。そして、それは俺がどんな選択をしようと変わってくれることはない。
だから、今日だけ。人生に一度だけ。
俺は、本気で神頼みをしたくなってしまった。
「……もしも、本当に世界が続いたら。そのへそくり分、俺が稼ぐからな」
「GOサイン出ましたね。では、心置きなく収めさせて頂きます」
小春はずっしりと厚みがある茶封筒を、賽銭箱へと放り込む。それと同時に、俺たちは手を合わせ、目をつぶる。
「……小春」
「なに、コウくん」
「ウエディングドレス、どんなのがいい?」
「えっとね、お姫様みたいにフワフワしたやつ。……でも、こちらの神様は和式だと思いますが?」
「世界救ってくれるほどの寛大な神様だ。細けえことは、気にしねえよ」
「あはは、確かにそうだねー。……ぼちぼち帰ろうか」
「そうだな。なあ、卵まだあるか?」
「さっきの目玉焼きで使い切ったよー」
「じゃあ、買いに行かなくちゃな。明日の朝ご飯に必要だろ」
俺の言葉に小春は目を丸くしている。
少し間が空いた後、嬉しそうに俺の左腕にくっついて来た。
「ねえ、日向幸平さん」
「なんだよ、日向小春さん」
「犬の名前は、ペスにする」
「ダセえな。ゴンザレスとかがいいわ」
「あはは、そっちのがダサいよ!」
そのままゆっくりと帰路を辿る。左腕から伝わってくる温もりは、きっとこんなことにならない限り得られることはなかったのかもしれない。
これが小春の願いを叶えるために神様が仕組んだことなのだとしたら、それを覆すことなんか簡単だろう。
だから、頼む。頼むよ。
神様、俺に小春との未来を見せてくれ。
「綺麗な空だな」
「綺麗な夕暮れだねえ」
手を繋いで見上げた空は、いつもと何も変わらなかった。変わらないはずだった。
次の瞬間、俺達の世界は光に包まれた。
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世界滅亡まであと
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