第36話 防衛線の始まり

 夕食の時間。

 再び宿の食堂に集まったロジャーたちは、料理が運ばれるのを待ちながら地図を広げる。


「さて……次の候補地は二つ。北の森か、東の山岳だな」


 アマンダが指を置き、真剣な眼差しで皆を見る。


「私は山岳がいいと思う。爪痕の報告は無視できない」

「でも、森の翼音も気になるぞ。大きな音なら、ドラゴンの可能性もあるのではないか?」


 セレスティアが真剣に反論し、アンナも少し考え込む。


「……どちらにしても、今日は決めるだけにして、明日は準備と下調べに充てましょう」

「そうだな。焦っても仕方ない。候補地を潰していくのは根気がいる仕事だ」


 ロジャーが頷き、結論は出された。

 北の森を先に調査し、その後で東の山岳に向かう。


 食堂の空気が和らぎ、使い魔たちがテーブルの下でじゃれ合う。

「明日も慌ただしくなるな……」と誰かが呟き、一行は静かに杯を交わした。


 ◇◇◇◇


 翌朝。

 朝の光が差し込む中、ロジャーたちは冒険者ギルドへ向かった。


 だが、扉を開いた瞬間、ギルドの中に漂う張り詰めた空気に、ロジャーは思わず首を傾げる。


「なんだ……? いつもより騒がしいな」


 受付へ向かい、北の森に関する資料を受け取ろうとしたその時だった。

 奥から慌ただしく走ってきたギルド員が、声を張り上げる。


「緊急事態だ! 街に向かって魔物の大群が進軍中との報せが入った!」


 ざわめきが一気に広がり、冒険者たちが次々と立ち上がる。

 ロジャーは眉をひそめ、使い魔を腕に抱き寄せた。


「……魔物の大群、だと?」


 新たな脅威が、彼らの前に迫ろうとしていた。

 ギルドの空気は、一瞬にして緊迫感に包まれる。

 冒険者たちは慌ただしく装備を整え、職員たちは次々と指示を飛ばす。


「……街に向かっている魔物は確認されているだけで百を超える。群れの中心には、グロウリザードやバルバウォルフの姿もあるようだ!」


 その言葉に、食堂で待機していた冒険者たちが一斉にざわめいた。

 普段なら山奥や森の奥、渓谷に縄張りを持つ危険な魔物たちが、なぜか街を目指して進んでいる。


「おかしいだろう……! そんな魔物どもが群れをなして街へ迫るなんて、そんなことはあり得ない!」


 魔物の生態に詳しいギルド職員が声を荒げる。

 その横で、ロジャーが腕を組み、口を開いた。


「なあ。それ、ドラゴンの影響って可能性はないか?」


 その一言に、場の空気が変わった。

 職員ははっと目を見開き、地図を手に取りながら早口で分析を始める。


「……確かに。もしドラゴンが魔物たちの住み家に現れたのなら、不思議ではない。やつらは本能的に強者を避ける。つまり、街に押し寄せているのではなく、ただ、逃げてきている可能性もある」


「逃げてきている……」


 セレスティアが小さく呟いた。


「だが、それが事実なら街に迫る魔物はますます危険だ。恐怖で理性を失っている。防衛線を張らなければ……!」


 職員の叫びに、冒険者たちが次々と武器を手に立ち上がる。

 アマンダはすぐにロジャーへ視線を向けた。


「どうする、ロジャー?」


 ロジャーは抱きかかえていた使い魔たちをそっとアンナへ預けると、ニヤリと笑った。


「決まってるだろう。俺はこの子らを守る義務がある! そして、ついでに街も守らないとな。それから、ドラゴンの痕跡も探る。どちらもやれることは一つだ」


 その言葉に、セレスティアは力強く頷いた。


「わかった! 師匠、私も共に戦う!」


 こうして、街を襲う魔物の大群を迎え撃つ。

 防衛戦の幕が上がる。


 ギルドの重苦しい空気の中、報告を聞いたギルドマスターが受付に姿を現した。


「街の防衛線を敷く。町長にも報告せねばなるまい。ロジャー、共に来てくれるか?」

「もちろんだ。俺に任せろ」


 ロジャーはためらいなく頷き、ギルドマスターと共にギルドを後にした。

 セレスティアたちは後方で準備に入るよう指示され、残った。


 町役場、石造りの重厚な建物に駆け込むと、すでに街の幹部たちが集まっていた。

 中央の席で頭を抱えていた町長が、ロジャーとギルドマスターの姿を認め、立ち上がる。


「おお、ギルドマスター! そして……あなたがロジャー殿か」

「ああ」


 ロジャーは軽く手を上げただけで、妙な気負いはない。

 だが、町長の目は驚きに揺れていた。


「まさか……この街にS級相当の冒険者が一人いると聞いてはいたが……まさかあのロジャー殿とは」


 周囲の役人たちもざわめく。

 その名を耳にしただけで空気が変わるのは、彼がただ者でない証だった。

 ギルドマスターが口を開く。


「勘違いしてはならん。こやつはB級だ。だが、それはギルドの都合によるものに過ぎん」

「都合……?」

「そうだ。冒険者ギルドは国際組織。A級、S級はその顔となる。だから変態や奇人を据えるわけにはいかん。だが、実力は……」


 ギルドマスターの目が鋭く光る。


「単騎で国家を揺るがすに足る。ロジャーは、我が冒険者ギルドの最強戦力の一人だ」


 その言葉に、町長は唖然と口を開けた。


「そ、そんな……B級の肩書きに隠れて……」


 ロジャーは肩をすくめ、にやりと笑った。


「俺は俺だ。肩書きなんざ気にしねえ。可愛い子たちを守るためなら、それで十分だ」


 静まり返る場。

 だが、その軽い口調が、逆に彼の底知れぬ実力を物語っていた。


「ともあれ、防衛戦の布陣を決める必要があるな」


 ロジャーは地図を広げ、赤茶けた大地の方角を指さした。


「魔物の群れは南東から押し寄せている。市街地に入る前に、街道沿いに迎撃線を引くのが最善だ」

「我ら兵も加勢しよう。しかし……冒険者たちだけで本当に……?」

「安心しろ。俺がいる。俺の可愛い使い魔たちには一切触れさせん!」


 その一言が、場の不安を吹き飛ばした。

 町長は深く息を吐き、決意を込めて頷いた。


「わかった。街の全てを任せる……! ロジャー殿、どうか頼んだ!」


 こうして、街と冒険者たちが一丸となって迎え撃つ防衛戦の準備が始まった。

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