第33話 成長しているのだ

 赤茶けた荒野を進む一行の前に、異様な光景が広がっていた。

 地面は黒く焦げ、岩肌には鋭い爪痕が深々と刻まれている。


「これは……!」

「焼け焦げた跡に、巨大な爪痕……間違いない、ドラゴンだ!」


 セレスティアが目を輝かせ、アマンダも眉を吊り上げる。

 アンナも薬箱を抱えたまま、小さく息を呑んだ。


「……本当に……いるんですね……」


 三人が高揚した声をあげる中、ロジャーだけが腕を組み、渋い顔をしていた。


「……むむ」

「どうした? 師匠。まさか、これがドラゴンの痕跡じゃないとでも?」


 様子のおかしいロジャーを見て、セレスティアが首をかしげる。


「ドラゴンだとは断定できないが可能性は高いだろう。火力も爪の大きさも、並みの魔物ではない……」

「じゃあ、なんでそんな微妙な顔してるのよ」


 冷静な分析を聞きながら、アマンダがじろりと睨む。

 ロジャーはしばし沈黙した後、拳を握りしめて叫んだ。


「どうしてドラゴンらしき痕跡ばかり見つかるのに……フェルリオットは一匹も見つからねぇんだ!! 不公平だろうが!!」

「……は?」

「え、そこですか!?」

「師匠……」


 三人の声が見事にハモる。


「荒野といえばフェルリオット! ドラゴンの影を追うのは当然だが……! どうして俺の癒しは出てこない!? 砂の上を駆ける可愛い姿を一目見たいだけなのに!」


 頭を抱えて荒野に叫ぶロジャー。

 その横で、セレスティアは額に手を当て、アマンダは「もう慣れたわ」と呟き、アンナは苦笑しながら使い魔たちをなだめていた。


「……結局、師匠はドラゴンよりもフェルリオットが気になっているのか」

「どっちも探せばいいじゃない」

「……バカにつける薬はないんですよ?」


 荒野の熱風が吹き抜ける中、ロジャーの不公平論だけがむなしく響いた。

 結局、ロジャーの不満は三人に軽く受け流され、一行はドラゴンの痕跡を追って荒野を進んでいった。


 やがて、赤茶けた荒野から砂漠地帯へと景色が変わっていく。

 乾いた風が砂を巻き上げ、視界を霞ませる中――


「……いたわ!」


 遠くに大きな影を見つけたアマンダが声を潜めた。

 砂丘の向こうに姿を現したのは、全長十メートルはあろうかという巨大なトカゲだった。


 分厚い鱗に覆われた体、鋭い爪、冷たい瞳。

 まるで大地そのものが動き出したような迫力。


「こ、これが……ドラゴン……?」


 ついに念願のドラゴンを見つけたと興奮するセレスティアがごくりと唾を飲む。


「いや……竜種じゃねぇな。翼もねぇし、竜魔法の気配もない。これは……亜竜種だ」


 ドラゴンと同じカテゴリではあるが、大きなトカゲに過ぎないとロジャーが低く答える。


「砂漠に棲むサンドレクシス……! ドラゴンの亜種の一つよ」


 そう呟きながらアマンダが剣に手をかける。

 オオトカゲのようなその魔物は、砂を巻き上げながら舌を伸ばし、ゆっくりと一行へ迫ってきた。


 ただの亜種とはいえ、その一歩一歩に圧があり、冒険者としての本能が警鐘を鳴らす。


「……さて、セレス。これがドラゴンの影の正体かもしれんぞ。覚悟はいいか?」

「……ああ! やってみせる!」


 セレスティアが剣を構えると、サンドレクシスが砂を蹴り、突進してきた。

 サンドレクシスの突進は大地を震わせ、砂煙を巻き上げながら一直線に迫る。


「くっ――!」


 セレスティアは咄嗟に盾を前へ突き出した。

 だが、巨体の衝撃は凄まじく、腕ごと吹き飛ばされそうになる。

 膝をつきながらも踏みとどまり、砂の中で歯を食いしばった。


「耐えたな……悪くない」


 腕を組んで見守るロジャーの声が飛ぶ。


「セレス、集中を切らさないで! サンドレクシスは直線だけじゃない、横薙ぎの尾に気を付けて!」


 アマンダの冷静な忠告に、セレスティアは目を見開いた。

 次の瞬間、風を切る轟音とともに尾が薙ぎ払われる。


「――っ!」


 セレスティアは転がるように前へ飛び込み、背後を薙いだ尾を紙一重で回避する。


「危なっ……!」


 額に汗が滲む。

 目の前で振り返ったサンドレクシスの瞳が、ギラリと光った。


「負けられない……! 私は、ドラゴンをテイムするんだ!」


 負けじとセレスティアは叫び、剣を構え直す。


「そうだ! その意気だ! こんな奴に負けてるようじゃ、ドラゴンはテイムなんてできないぞ!」


 ロジャーがセレスティアの背中を押すように激励を飛ばす。

 

 セレスティアに巨体が再び迫る。

 今度は真正面から受け止めるのではなく、横へ躱し、鱗の隙間に剣を突き立てた。


「グアアアッ!」


 サンドレクシスが砂を撒き散らし、苦悶の声を上げる。

 だが、まだ終わらない。

 熱を帯びた息を吐き出し、砂混じりの炎が迸った。


「セレス!」

「セレスお嬢様!」


 アマンダとアンナが思わず立ち上がるが、ロジャーが手で制した。


「まだだ。セレスならやれる」


 セレスティアは迫る炎を盾で受け止める。

 盾が瞬く間に焦げ、熱で腕が焼けるように痛む。

 それでも、彼女は叫んだ。


「うおおおおおおおおっ!」


 炎を押し返すように踏み込み、最後の力を込めて剣を振り下ろす。

 サンドレクシスの首筋に刃が突き立ち、巨体が悲鳴と共に崩れ落ちた。


 砂塵が舞い上がり、やがて静寂が訪れる。

 肩で息をしながら剣を構え続けるセレスティア。


「……やった……のか?」


 その声に、ロジャーはにやりと笑い、アマンダは小さく頷いた。

 アンナは二人の後ろで感極まったように泣いていた。


「上出来だ、セレス。これならドラゴンにも挑めるかもしれんぞ」


 弟子の成長にロジャーは嬉しそうにしながら、セレスティアに拍手を送った。

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