第14話 伝説の存在たち

 ◇◇◇◇


 翌朝。

 朝露が草木を濡らし、静かな空気の中、焚き火の名残で温められた鍋の中から、湯気が立ち上っていた。


「今日の朝食は、干し肉と豆のスープです。簡単なものですが、どうぞ」


 アンナがスプーンと木製の器を配り、ほのかに香ばしい香りがあたりを満たす。


「ん、うまい……。体に染みるな」


 ロジャーが目を細め、スプーンを口に運ぶ。

 その傍らでは、モモルとミミフィーヌ、シロモンも小さな器で食事を摂っていた。


「本当に、アンナの料理はすごい。毎日でも食べたいくらいだ」


 セレスティアが目を輝かせると、アンナは少しだけ照れくさそうに笑った。


「お口に合って良かったです」


 そんな穏やかな朝の空気の中、アンナがふと口を開いた。


「……昨日の夜のことなんですけど、ロジャーさんってどういうスキルを持ってるんですか? 格闘家みたいに拳や蹴りで戦ってましたけど、ハガネトカゲと戦った時は短剣で戦ってたじゃないですか? 強いということはわかりましたけど……どういうことなんですか?」


 その一言に、場が一瞬静まった。

 ロジャーはスプーンを止め、セレスティアが視線を向ける。

 彼女もロジャーの強さの秘密を知りたいのだろう。

 興味深そうにロジャーの口が開くのを待っていた。


「ふむ……。セレスティア。昨夜、魔法を使っていたな?」

「え? あ、ああ。それがなにか?」


 急に話を振られて、驚くセレスティアだったが、ロジャーの問いに答えた。


「セレスティアはテイマーだろう? だが、剣も使えれば、魔法も使える。それは何故だ?」

「何故って、鍛錬を積んだからだな。ただ、やはり、本職の人間には負けてしまうがね……」


 本職というのは天職の儀で剣士、魔法使いといった職業を与えられた者たちのことだ。

 セレスティアはテイマーであり、剣士でも魔法使いでもない。

 その為、習得速度は遅いし、威力や精度は格段に落ちる。

 もしも、今のセレスティアが剣士と剣で戦えば間違いなく負けるだろう。

 無論、魔法使いと魔法の勝負をしても同じ結果だ。


「そうだな。本職の人間には負けるだろう。俺たちがいくら努力しても本職の人間には追いつけない。それが天職というものだからだ。しかしだ。俺たちも剣を学べば剣を扱えるだろう? 魔法も同じだ。本職の人間には及ばないとしても、それなりの実力はつく」

「うむ。そうだな」

「であれば、だ。話は簡単だろう? 本職の人間たちよりもさらに努力を積み、修行に励めば、超えることはできる。確かに本職の人間たちに比べたら、俺たちの歩みは遅いかもしれん。それでも追いつけないことはないんだ。その証明を俺が見せてやる」


 ロジャーは静かに立ち上がり、焚き火の灰を指で掬って、指先でぱっと弾いた。


「よく見ていろ。魔法使いたちが覚える火属性の最上級魔法が一つ! 紅蓮滅界焔フレイムノヴァ!」


 ロジャーが天を指差し、詠唱もなく呟くと、その瞬間――

 空が裂けるような音と共に、灼熱の紅蓮の炎が渦巻きながら出現した。

 空中に浮かぶ巨大な火球は、まるで太陽の欠片のように光と熱を放ち、地面に影を落とす。


「これが人間の可能性であり、底力だ……!」


 火球は螺旋を描きながら上昇し、大空で炸裂。

 一瞬にして爆風とともに雲をかき消し、紅蓮の柱が天を衝いた。

 ただの火ではない。

 魂をも焼き尽くすかのような、破壊と浄化の焔だった。


「……すごい……」


 セレスティアが小さく呟いた。

 瞳に映るのは、今もなお空に漂う、紅蓮の余韻。


 アマンダも黙って頷いていた。

 火球の爆発が巻き起こした風が、髪を揺らし、焚き火の残り火をさらっていく。


「俺は、天職の才能を持っていない。けれど、それがどうした? 使い魔を戦わせるのがテイマーの役目だと誰が決めた? 俺は、あいつらを戦わせたくないから、自分の拳を鍛えた。それだけの話だ」


 ロジャーは、焚き火の前に腰を下ろすと、シロモンたちを優しく撫でた。


「才能にあぐらをかいてる奴には、決して負けない。たとえ不器用でも、俺は俺のやり方で最強になる」


 セレスティアはロジャーの横顔をじっと見つめていた。

 この男は、本気でそう信じているのだ。

 信じて、進んで、積み上げてきたのだ。


「(……本当におかしな人だ。変態と呼ばれているが、その心は本物だ。彼についていけば、いずれ私も……)」


 ドラゴンをテイムできるかもしれないと、セレスティアは心の奥底で確信していた。

 未だに高い目標ではあるが、人間の可能性を信じ、底力を見せられた今、ドラゴンのテイムも夢物語ではなくなったのだ。


「私も……私もそこまで至れるだろうか?」

「そりゃ当然。俺ができたんだ。セレスティアなら俺を超えるかもしれんぞ?」

「セレス。そう呼んでくれ、師匠」

「ほう! そうか。なら、セレス。努力を怠るな。お前は今でも十分に強い。だが、それだけじゃ、ドラゴンは厳しいだろう。決して諦めるな。そうすれば、ドラゴンも答えてくれる。俺がそうだったようにな」


 ロジャーがシロモンの頭を撫でながら、満足そうに笑う。


「ふっ……! そうだな! 師匠。これからもよろしく頼む!」

「任せておけ。俺の修業は厳しいぞ」

「望むところだ!」


 朝露がまだ残る草原で、ロジャーとセレスティアの修行が始まる。

 内容は実にシンプル。

 木の枝を剣代わりに、ひたすら打ち合うだけの訓練だ。

 アマンダとアンナは二人の修業を眺めていた。


 ロジャーの一撃一撃が重い。速い。的確。

 まるで剣士の天職を持っているかのような動きに、セレスティアは舌を巻いていた。


「言っておくがな、セレス。これはまだ準備運動だぞ?」

「えっ……!? ちょ、ちょっと待って! じゃあ本番は――」

「体が温まったらな!」


 ロジャーが笑いながら一歩踏み出し、次の瞬間には目にも止まらぬ速さで木の枝が唸りを上げる。

 セレスティアは必死にそれを受け止め、足を滑らせながらも食らいついた。


「いいぞ、セレス! その気合いを忘れるな!」

「うおおおおおおおおっ!!」


 叫びながら、セレスティアは突っ込んだ。

 そして――。


「ぜ、ぜぇ……ぜぇ……」

「よく頑張った。ほら、水だ」

「ありがとう、師匠……」


 ぐったりとしたセレスティアに、水袋を手渡すロジャー。

 それを受け取ると、彼女はまるで命の水のようにごくごくと喉を鳴らして飲み干した。


「この調子で続けていけば、ドラゴンにだって好かれる女になるぞ、セレス」

「み、道のりは遠そうだ……!」


 そんなやり取りを交わしながら、彼らは再び旅路へと戻った。


「悪いな。待たせた」


 軽く手を挙げながらロジャーはアマンダのもとへいく。


「大して待ってないよ。それより、お嬢さんはどうだった?」


 アマンダは気にしていない様子でロジャーへ話しかけた。


「もともと、騎士から手ほどきを受けていたから筋はいい。あとは本人の努力次第だろう」

「どれくらいでドラゴンをテイムできそう?」


 核心を突くアマンダ。

 旅の終着点はセレスティアがドラゴンをテイムできるかどうかだ。

 そして、一年という制限時間までついている。

 果たして、間に合うのかどうか。


「……それに関してはわからん。ドラゴンの種類にもよるし、ドラゴンの性格にもよる」

「ロジャーがテイム寸前までいったドラゴンはどういう奴だったんだい?」

「戦闘本能剥き出しのレッドドラゴンだった。半日ほど、戦い続けて、牙を折ってやったら、笑い出してな。余計にパワーアップしたんだよ。そこからさらに戦い続けて、角を折って、尻尾を切ってやったところで、ようやく止まったんだよ」

「角に……尻尾まで……?」


 アマンダが信じられないという顔で呟いた。


「もちろん、俺もボロボロだったぞ? 服は破けてたし、骨も何本か折れて、内臓も潰れてた。回復魔法がなかったら死んでたな!」

「ど、どれだけ強いんだい、そのレッドドラゴンは!?」

「知らん。だが、本人というかドラゴンが言うにはトップスリーには入るって言っていたぞ? なんでもブラックドラゴンとゴールドドラゴンとそのレッドドラゴンがドラゴンの中でも強いらしくてな」

「え、ちょっと待って……。ブラックドラゴンにゴールドドラゴン? もしかして、ヴァルグネザリオとオルハルディアスのこと?」

「なんだ、そりゃ? 初めて聞いたけど?」


 ロジャーの反応に、セレスティアとアンナは目を丸くした。


「ヴァルグネザリオって、黒竜の王って呼ばれてるんですよ!? 七つの王国を滅ぼした災厄の象徴!」

「オルハルディアスも同格だ。神話時代に現れて、帝国を丸ごと焼き尽くした黄金の竜……。どっちも歴史の授業で必ず習うような存在じゃないか!」


 セレスティアとアンナの声に、ロジャーは首を傾げる。


「そんなに有名な連中なのか? 知らんかったな。俺は可愛い魔物にしか興味ないから、そこら辺は全く調べなかったし……。アマンダ、もしかしてだが、レッドドラゴンも有名なのか?」

「その二体に並ぶとされているならブレイズヴェルトしかいないわ……。かつて大陸南部の一国がブレイズヴェルトの怒りに触れて、大地は三日三晩燃え続け、森は灰になり、川は蒸発し、大地すら赤く焼けただれたという伝説が残ってるわ。その跡地は今も草木が育たず紅の死地カーマイン・デッドランドと呼ばれているのよ……」


 アンナが頭を抱え、セレスティアが呆れたように天を仰ぐ。


「そ、そんな存在に師匠は認められていたのか……」

「とんでもない人だとは思っていましたけど、予想以上でした」


 そんな空気の中、ロジャーは、まるで関心がない様子で呟いた。


「まあ、どうでもいいだろ。ドラゴンなんて可愛くないし、俺はこいつらの方が百倍好きだ!」


 そう言って、自分の使い魔たちを抱き寄せて笑うロジャーにアマンダたちは呆れたようにため息をつきながらも、どこか楽しげな笑みを浮かべるのであった。

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