【18】古渡会議

 

 

 

 古渡城の広間。

 城主が着くべき上段の間は空席で、それを背にするかたちで城主夫人の土田どた御前ごぜんうつむき加減に座している。

 土田御前は信秀の正室で、信長の生母である。

 信長の二つ下の弟、坊丸ぼうまるの母でもある。

 ──『史実』において信長の同母弟、勘十郎の幼名は知られていない。だが彼の嫡子である津田信澄つだ のぶずみの幼名が坊丸と伝わるので、本作では元服前の勘十郎も同じく坊丸として記す──

 土田御前から見て左手には信長と、信秀の庶長子である三郎五郎信広さぶろうごろう のぶひろ、信秀の弟のうち美濃攻めから唯一生還した孫十郎信次まごじゅうろう のぶつぐ、信秀の従兄弟の玄蕃允秀敏げんばのじょう ひでとしという一門衆が並ぶ。

 その向かい側、土田御前から見て右手には、柴田権六しばた ごんろく、林新五郎、長谷川宗兵衛はせがわ そうべえ山田弥右衛門やまだ やえもんといった信秀と信長の主だった家臣が並んでいる。

 このうち長谷川と山田は古渡城の奉行と勘定方で、有能な吏僚であり家老に準じる者として信秀から取り立てられたが、もともとの重臣として家格が高く発言力があるのは柴田と林だ。

 信長は、一同に向かって告げた。

 

「──昨日さくじつ、我が城に斎藤山城入道殿からの使いと申して慈慶なる僧が参った。儂は大和守様の御召おめしで清洲へ出向いておったゆえ引見は夕刻となったが、慈慶の申すところでは、山城入道殿は近く父上の首を供養の僧とともに、この尾張へ送り届けようとの意向であるとのこと」

「……なんとまあ、ようやく殿の御首みしるしがお帰りに……」

 

 土田御前が嘆息するように言って、それきり絶句する。

 三十代半ばの土田御前は、いつも穏やかな物腰で口数は少ない。

 本来控えめな性格であるはずの彼女が、この場で上段の間を背に座しているのは、信秀の名代としての立場を示すためであろう。

 元服済の嫡子である信長を差し置いてのその行動は、林や柴田ら家臣たちに説き伏せられてのことであろうと信長は見ている。

 いまのところは林たちの出方を窺うほかはないが。

 信長は言葉を続けた。

 

「されば父上の首級は萬松寺にお迎えし、日を経ずして葬儀を執り行うことといたす。武衛様、大和守様にもその旨を、あらかじめお知らせいたそう。喪主は那古野の城を預かる儂が務めようが、母上に御異存はござろうか」

「……ええ、わたくしは、それで……」

 

 土田御前が言いかけたのを、林新五郎が制した。

 

「あいや御方おかた様、しばらく、暫く」

 

 それから林は、勿体もったいぶった仕草で信長に向き直った。

 肌は浅黒く、目と鼻が大きく眉は太く、仏教絵画に描かれる天竺人てんじくびとのような大作おおづくりな顔の男である。

 口元に笑みをたたえているが、その大きな目は決して笑っておらず油断がならない。

 

「畏れながら喪主は殿の御正室たる御方様にお務めいただくべきと存じまする」

 

 林は言った。

 

「御当家の主君、大和守様より、家督継承の儀はあらためて勘考かんこうなされるよしとの御沙汰があったと、それがしには聞こえておりまする。されば喪主は殿のいずれかの御子息ではなく御方様にお務め願うのが道理でございましょう」

昨日きのうの清洲での話が、すでに聞こえておるとは大した早耳よ。あるいは小守護代殿か若守護代様が親切にもお知らせくだされたか」

 

 信長は口元をほころばせて言う。

 しかし林と同様、その目は笑っていない。

 

「だが新五郎、そのほうには話が正しく伝わっておらぬようだ。大和守様は儂に、まずは一族と家来どもを束ねてみせよと仰せになった。それを成し遂げておのれの力を示せば、あらためてこの儂を一門衆と認めようとの厳しくもがた御諚ごじょうであるのよ。さればまずは父上の葬儀を恙無つつがなく執り行うことが、儂を正嫡と認めていただく第一歩であろう。母上におすがりして喪主をお引き受け願ったのでは、我が器量が示せぬではないか」

 

 本来、林は信長が那古野城主を任された際に筆頭家老としてけられた者である。

 建前としてはその時点で信長の家臣となり、信長を『殿』、信秀を『大殿』と呼ぶべき立場に置かれたが、当人の意識や周囲の見方は信秀から信長に派遣された『与力』というものであったろう。

 林は織田弾正忠家の家臣のうちでは大身であり、動員できる兵力が大きい。

 元服前の子息を城主見習いとして置いた那古野城の攻守の要として、信秀は林の軍事力に期待しており、林自身もその自負があったろう。

 ゆえに林は、主君として立てるべき信長──元服前は吉法師──をあなどった。

 林にしてみれば信秀こそが主君であり、若輩の信長は城主といってもお飾りにすぎなかった。

 それは明確に言葉にしなくとも日頃の態度から透けて見えるもので、信長は他人から向けられる好悪の情には極めて鋭敏であった。

 信長は元服して自ら政務をるようになると、林新五郎を遠ざけた。

 筆頭家老である彼にはかることなく物事を決め、評定の場で林が意見を述べれば聞き流して取り上げなかった。

 平手政秀は二人きりの場で信長をいさめたが、信長は答えて言った。

 

「林新五郎は常々つねづね、儂を『殿』とは呼ばず『三郎様』あるいは、よくて『若君』などと呼ぶ。儂を主君と思わず、この那古野では客分のつもりでおるのだろう。左様な者が何やら申したところで耳を貸すには及ばぬ」

 

 信長と林の不和は信秀にも伝わったが、仲裁に入ることはなかった。

 

「家来を使いこなすことが主君の器量よ。三郎が片生かたおいと申すほかなかろう」

 

 つまり信長が未熟というわけだ。

 とはいえ信秀は林の肩を持ったわけでもない。

 

「家来が主君に用いられぬのは奉公が足りておらぬからであろう。ひたすら奉公に励んで主君の意を迎えるほかはないわ。主君から見て奉公を怠る家来は逆意を抱く者と同じ。果たして新五郎は叛臣はんしんとして討たれるまでの覚悟があって、ぬるい働きを見せておるのか」

 

 信秀はそうした考えを隠すことなく周囲に語っていたから、信長の耳にも入ったし、林にも聞こえていただろう。

 その状況下で信秀が陣没して、信長と林との関係は微妙なものとなった。

 順当にいけば、信秀の後継者は正室所生の長子である信長となる。

 林は信長にびを入れて再び奉公にのぞむのでなければ、本気で謀叛むほんを考えることになろう。

 だが主君が没した直後に嗣子ししである信長に弓を引いたのでは、林は大逆の者として家中の憎しみを浴び、皆を信長の下に結束させることになる。

 家中では大身であるとはいえ、ほかに味方を得られなければ、林に勝ち目はない。

 残る道はできるだけ後継者の決定を先延ばしにして、信長に代わる者を擁立するまで時を稼ぐことである。

 そのために林は土田御前を城主名代として立てたのであろう。

 しかし土田御前は万事に控えめではあるが、思慮は深い。

 林にどのように説得されたにしろ、彼が腹の底では信長をおとしめようと目論んでいたことは、いままでのやりとりで気づいたはずだ。

 この状況で土田御前が我が子の信長を差し置き、なおも林に味方するとは考えられない。

 信長は、土田御前に念を押した。

 

「よろしゅうござるか母上、父上の葬儀は、この三郎が喪主を務めまするぞ」

「え……ええ、わたくしも、それがよいと思います……」

 

 土田御前は目を伏せたまま、うなずいたが、言葉の最後は消え入りそうだった。

 柴田権六が何やらいわくありげな笑みで林に目配せし、林は薄笑いで首を振る。

 そのことに信長は気づいたが、何も言わずにおいた。

 いまのところ主導権は、こちらが握っている。

 信長は続けて言った。

 

「また、これよりのちの我がいえく末について、儂に存念がある。当家は先の美濃攻めで大いに痛手をこうむった。かねての父上の御諚の通り、外に打って出るいくさであったゆえ領地をうしなうことはなく勝幡も守り通したが、士卒を数多あまたそこのうた上はこの先、全ての城を保つことは望めぬであろう」

「…………」

 

 柴田は不敵な笑みを浮かべて信長の言葉を聞いている。

 彼は諱を勝家かついえといい、父の土佐守勝義とさのかみ かつよしは信秀の筆頭家老であったが五年前に亡くなった。

 後を継いだ権六勝家は、まだ二十代半ばであるが仁王のような偉丈夫であり、黒髭を伸ばしつつある不敵な面構えと相まって、織田弾正忠家の宿老としての風格をすでに備えている。

 その柴田を見据えて、信長は告げた。

 

「父上の宿老であり歴戦の将であった佐久間大学さくま だいがく次右衛門じえもんの両名も討たれた。いまや当家の宿老として頼れるは権六、そのほうばかりよ」

「は……」

 

 柴田は頭を下げる。

 だが信長は本心では、柴田を頼ろうとは思っていない。

 これまで信秀の家老として古渡城に出仕して来た柴田は、那古野城に置かれた信長よりも、信秀の手元の古渡城で育った坊丸に親しみを抱いているだろう。

 信長の激しやすい苛烈かれつな性格は家中に知れ渡っている。

 それに対して信長の同母弟、坊丸は、素直で愛嬌があって周りの者に好まれる。

 家臣にとっては信長よりも坊丸のほうが担ぎやすい主君ともなろう。

 信長に反感を抱く林新五郎が次期当主に坊丸を擁立しようと企めば、柴田はそれに乗ってもおかしくない。

 いや、そうであるからこそ、柴田と林は意味ありげに目配せしたに違いない。

 彼らはすでに土田御前にも、織田弾正忠家の行く末のために信長ではなく坊丸を立てるべきと働きかけているかもしれない。

 しかし土田御前から見れば、いずれも腹を痛めて産んだ我が子である。

 兄弟が対立する事態は望んでおらず、どちらかに肩入れすることはないであろう。

 信長は、そう考えている。

 あらためて信長は、一同を見渡して告げた。

 

「古渡は古来、鎌倉道の要衝であって、南の熱田へ下らず東の鳴海なるみへ向かう間道かんどう追分おいわけとなっておる。この地に城を築いた父上は慧眼けいがんであったがしかし、いまの当家がこれを保持することはあたわぬ。されば母上には坊丸ら我が弟、妹とともに那古野へお移りいただき、古渡の城は破却いたすべきと儂は考える」

「父上が築いた城を捨てると言うか!」

 

 隣に座していた信広が信長に体を向けて、声を張り上げた。

 信長より六歳上の彼は柴田権六に劣らぬ偉丈夫で、上背があって胸板が厚い。

 織田の一族らしい秀麗な美貌の主でもある。

 その兄に信長は笑みを向けて、答えて言った。

 

「父上が開基された萬松寺のある那古野を確実に守るため、古渡よりは一旦、兵を引くのでございます。いずれ精兵を養い、古渡の城を再建いたしましょう」

「うむ、萬松寺を守るためならば仕方ない! のう、叔父上!」

 

 信広は白い歯を見せて笑うと、信長と反対隣に座した信次の背を、ばしんと叩く。

 

「あいたっ」

 

 信次は身をよじってうめいた。

 

「相変わらずこの猪武者は加減を知らぬのぅ……」

 

 本来は織田一族らしく美形であるのに、いつも困っているような『ハ』の字の眉に『ヘ』の字の口をした気弱な信次である。

 信広は「ハッハッハッ!」と豪放に笑い、

 

「この三郎五郎に加減という言葉はございませんぞ! いつでも全力全開が本分ですからな!」

 

 二人のやりとりを、秀敏は苦笑しながら見守っている。

 沈着冷静な彼は、平手が信長の附家老となって以降、信秀から外交の使者をたびたび任されて来た。

 しかし信秀と同族ではあっても分家であり家臣である立場をわきまえて、積極的に自分の意見を口にすることはしない。

 それは信次も同じであり、信秀の庶子である信広もまた、次期当主が決まれば──性格的に言いたいことは黙っていられないだろうが、立場の上では──これに従うことになろう。

 彼らの態度を見る限り、まだ坊丸擁立の働きかけは及んでいないか、及んだとしても応じていない。

 ならばこれ以上、林や柴田の策動をゆるしてはならない。

 それを封じるために、土田御前ともども坊丸を手元の那古野に抱え込もうと、信長は考えたわけである。

 柴田が言った。

 

「三郎様の御考えにも一理はござろう。されど新しき御当主の決まらぬまま、亡き殿のお定めになったことを改めるのは得心いたしかねまする。古渡は殿のられた御当家の本城ほんじょう。これは守って譲らぬ一線といたしましょうぞ。その上で全ての城を保ちかたければ、領内各所の小城こじろ、砦から兵を引き上げるのは、やむを得ないことと存ずる」

 

 これに林が同調して、

 

「いや柴田殿の言われる通り、主だった城に置く諸将は殿の御生前の通りといたすべきと存じまする。守将に代替わりがあればこれを認め、継嗣けいしが幼少であって一族に相応ふさわしき後見人がなければ与力をつかわすのがよろしいでしょう」

 

 そして林は、ぎょろりと大きな目を信長に向けた。

 口元は相変わらずの笑みをたたえ、しかしその目は笑っていない。

 

「されば勝幡の城代は武藤掃部の子、平三郎といたしまして、兵の不足を補うため与力に我が組下の前田蔵人くろうどを遣わしましょう。三郎様が差し遣わされた足軽衆は、那古野にお戻しくだされ」

「これは異なことを申してくれたものよ」

 

 信長は呆れた顔をして、大仰おおぎょうに首を振ってみせた。

 

「諸将を父上の生前の通りに置くなら、荒子あらこを居城とする前田蔵人を勝幡に配するのは筋が通らぬ。いや、そもそも前田蔵人は当家の直臣。与力として新五郎そのほうの組下に置かれてはいたが、どこそこに遣わそうなどとおのれ家人けにんの如く申すのは不遜ふそんであろう」

「与力の扱いは寄親よりおやに任されるのが亡き殿の御諚にございまする。佐久間大学殿、佐久間次右衛門殿がすでに亡く、平手中務殿が蟄居の身となったいま、僭越せんえつながらこの林新五郎、家中古参の老職として差配させていただきますぞ」

 

 林は胸を反らして言い切った。

 

「三郎様の勝幡への後詰めは御見事でござった。されど初陣と合わせてようやく二度目の出陣をなされたばかりの若君に、軍備いくさぞなえはお任せできませぬ!」

「……よう申してくれたわ」

 

 信長は林の顔を、冷ややかな目で見据えた。

 

「儂を青葉者あおばものと侮るならよかろう。前田蔵人なり誰なりとも勝幡に遣わすがよい。しかし我が旗本衆は引き上げぬゆえ、相応の覚悟を持って参るようにと申し伝えよ」

「それは勝幡の城を……いや、津島の富をわたくしになさろうとの御考えでございましょうや」

 

 林は笑みを崩さず言い返す。

 

「畏れながら三郎様が当家の御当主とは、大和守様にはお認めいただいておりませぬ。そのことは、ほどなく家中に知れ渡りましょう。されば三郎様、御一人の考えで決められたことに家中の皆が従うわれはございませんぞ」

 

 そこに秀敏が割って入るように声を上げた。

 

「いや、それまでとなされよ、三郎殿も林殿も。まず当家の大事は、亡き殿の葬儀であろう」

「…………」

 

 信長は口をつぐみ、林から目をらす。

 林は薄笑いはそのままに、信長から視線を外して居住まいを正した。

 秀敏が、一同に呼び掛けた。

 

「葬儀を執り行うは萬松寺、喪主は三郎殿。これには御方様の御了承もいただきました。また武衛様、大和守様へは、それがしよりお知らせいたしましょう。そのほか亡き殿と交誼のあった方々への使者も、それがしにて手配りいたします。三郎殿は大雲永瑞和尚と葬儀の段取りを御相談なされ。近隣より弔問の御使者や代理の僧が数多あまた遣わされましょうから、喪主は相当に多忙なものと御覚悟なされよ」

「……うむ」

 

 信長は秀敏とも誰とも目を合わさずに、うなずく。

 林の挑発に乗った我が愚かしさを、信長は悔いていた。

 誰が何を言おうと勝幡を守ったのは信長自身である。

 ヴァルデュギートの力は借りたが、その彼女も信長であればこそ協力したのである。

 ならば林ごときに何を言われようが感情を露わにせず、堂々と主張すればよかった。

 勝幡も津島も渡さぬと。

 それを感情的になって言うか、当然のこととして落ち着いて言うかで、周囲の受け取り方は変わる。

 激しやすい未熟な者に、家中の皆は従うまい。

 堂々と自信を持った主君を家来たちは頼みとし、盛り立てるのだ。

 そこで柴田が口を開いた。

 

「──御葬儀の喪主は、ひとまず三郎様にお務め願うとして、これは御耳に入れておいていただかねばなりますまい。三郎五郎様ほか御一門衆にも、いま初めてお伝えいたすことにござるが」

 

 その勿体もったいぶった言い方は、信広たちに伝えるのは初めてでも、すでに土田御前には伝わっていることを意味しているのだろうか。

 

昨夕さくゆう、この古渡には大和守様からの御使者として坂井大膳殿と織田藤左衛門殿がお見えでござった」

「…………」

 

 信長は眉をひそめ、柴田の顔を見る。

 柴田は不敵な笑みを信長に返して、言葉を続けた。

 

「大和守様は、童形どうぎょうのまま父を失くした坊丸様の先行きを案じられ、近く清洲にて元服の儀を執り行おうとの、ありがたい仰せにござった。また、その際には『かつ』の一字の偏諱へんきを賜ろうとの内々の仰せもござい申した」

 

 つまり織田大和守達勝は、信秀の後継者として我が偏諱を与える坊丸を推すと宣言したわけだ。

 信長には自身が次期当主として相応ふさわしいことを実力で示せと告げておきながら。

 達勝は信長の反発を承知の上で織田弾正忠家を割ろうと目論み、林と柴田はそれに乗ったのだった。

 信長は、ちらりと土田御前の様子を窺った。

 彼女は顔を伏せていた。

 主君、達勝の差配による元服は坊丸にとっては名誉なことである。

 だがそれによって兄の信長との対立が引き起こされることは土田御前も理解していよう。

 それでも主君の御沙汰とあれば、彼女にはどうすることもできなかったのだろう。

 信長は母から視線を外して目を伏せ、言った。

 

「……であるか」

「されば殿の御葬儀ののち、当家の御家督につきましては、あらためて大和守様の御意向も汲んで談じることになりましょうぞ」

 

 柴田が言ったが、信長はもう答えない。

 達勝が織田弾正忠家の次期当主に坊丸を推せば、家中の過半はこれを支持することになろう。

 それでも信長が当主の座を主張するなら、彼は本来我が味方となるはずだった家臣の多くを敵として争わねばならない。

 それこそ達勝の思うつぼだった。

 

 ──落ち着け。大和守ごときの策謀に乗ってはならぬ。

 

 信長は自らに言い聞かせた。

 

 ──儂は神獣たるドラゴンを味方につけておる。いざともなれば誰にも負けぬ。気を鎮めて、次に儂のとるべき手を考えよ。

 

 そう、ヴァルデュギートが味方でいる限り、最後には信長の勝利は約束されているのだ。

 

 

 

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