第2話 新たな少年

「折笠先生、こんにちは」

「こんにちは」


 如月君が塾から出ていくのを見送った私は、急いで生徒たちを迎える準備を始めた。教室を掃除したり、カリキュラムを作成したりと仕事はたくさんある。


(今日は一人で回すのか)


 個人指導専門塾に関わらず、最近は、どの会社でも人手不足は深刻だ。通常、私の塾では一教室につき二人の講師が配置されることになっていた。しかし、アルバイトが集まらず、一人の講師で教室を回すこともある。最近は、如月君が入ってきてくれたおかげで、二人で回すことが多かった。そのため、この教室を一人で回すのは新鮮な感じだ。


「如月先生は?」


 教室にやってきた生徒の一人が、先生が私しかいないことに気がついた。


「今日は体調が悪くてお休みだよ。もしかしたら長引くかもしれない」

「如月先生、優しくてかっこよくて頼りにしていたのに」


 その生徒は、中学一年生で色素の薄い金髪に近い茶髪、瞳はぱっちりとした中性的な少年だった。三ツ木愛斗(みつきあいと)という生徒で身長は155cmほど。この子もまた、私の好みに合致したお気に入りの生徒だ。


「先生では頼りないとでも?」

「別に」


 愛斗君は如月君のことが気に入っているようで、よく授業中に話し掛けて質問していた。しかし、あからさまに如月君がいないことにがっかりされると、こちらの自信がなくなってしまう。子供の戯言として片付けてしまうには、私の心はどうにも繊細にできている。


「如月先生は?」


 その後も、生徒は続々とやってきた。私が如月君の休みを口にすると、皆、ガッカリした表情を浮かべた。塾が終わって生徒が一人もいなくなると、つい叫んでしまった。


「どうして如月君はそんなに人気なのー!」


 私だって子供にモテモテになりたい。子供たちが如月君を選ぶ理由は何だろうか。顔か、若さか。雰囲気から出る陽キャのなせる業か。


「先生、夜中にそんなに大声出したら近所迷惑ですよ」


 叫びながらも、黙々と塾の後片付けをしていたら、噂の男がやってきた。服は昼間と同じだぼだぼのカッターシャツに同じくだぼだぼのズボン。他人の目に触れたら、私は通報されてしまう。完全に誘拐犯だ。如月君は教室に入ると講師用の机に座り、脚をぶらぶらさせながら私をじっと見ている。



「それで、俺はどうしたら元の姿に戻れるでしょうか」

「私に聞かれても」


 片づけをする手を休めずに如月君の話を聞いているが、そんなことは私に聞いてもわからない。二次元好きな私からしたら、このシチュエーションに対する答えはいくつか持っている。しかし、それが現実にも当てはまるとは限らない。それにその場合、私と如月君の関係が邪魔をする。


「先生、その子は誰ですか?」

「如月君だよ。信じられないのも無理はな」


「愛斗君!」


 なぜ、生徒がこんな時間に塾にやってくるのだろうか。とっくに帰ったと思っていた生徒が閉講後の塾の教室に入ってきた。隣を見ると、自分の幼い姿を見られた如月君が生徒の名前を口にして、はっと口をおさえていた。


「如月先生も彼女にやられたの?」

「如月先生、も?」


 何やら、愛斗君にも何やら秘密がありそうだ。話を聞くのは問題ないが、この状況は私にとってかなりやばい。


「秘密を抱えた少年たちと28歳の成人女性。これはやばすぎだろ」


 心の声が口から出てしまう。これはまずい。仕事中はさすがに生徒に手を出すことはなく、心の中で愛でるだけに留めている。しかし、今は勤務時間内だとは言え、生徒を迎え入れる時間ではない。すでに時刻は夜10時を回っている。そんな時間に好みの少年二人と一緒にいたら。


「やっぱり、折笠先生って、少年す」

「皆まで言うな!」


如月君の言葉を途中で遮ってしまったことで、私の性癖は二人にばっちりと知られることになった。私は二人の少年に軽蔑の視線を向けられた。



「僕も、家の前に黒いローブをかぶった変な女がいて、腕に文字を書かれた」


 私たちは生徒用の面談室で話し合うことにした。私の正面に二人の少年が座っている。塾が始まる前は如月君だけだったのに、今はなぜか愛斗君もその場にいる。まさか、一日で二人の少年の秘密を知ることになろうとは思わなかった。


愛斗君はサイズの合った長そでシャツの左腕をまくって、私たちに見せてくれた。そこには如月君と同様に赤い文字で何か書かれていた。


「その後、家に帰って風呂で落とそうとしても落ちなくて、仕方なくそのまま寝たら」


『子供の姿になっていた』


 少年二人の声がきれいにハモリを見せた。なぜ、その女は私の近くで、私にしかメリットがなさそうなことをするのか。もしや、彼女は私と同じ性癖の持ち主ではあるまいか。


「今日、如月先生が休みって聞いて、もしかしてと思ったんだ」


 少年の姿で達観したように話す愛斗君。如月君と同じ状況というならば、彼もまた成人男性ということになる。一体この子の正体は。


「ねえ愛斗君、いつからその姿なの?愛斗君がうちの塾に入ったのって、確かGW明けだったよね。体験入学の時、保護者の人と一緒に来てなかった?」


「エエト、折笠先生、そんなに一気に質問しないでください。あと近いです。それに目が怖い……」


 愛斗君の正体が気になりすぎてつい顔を近づけてガン見してしまった。成人男性だとしたら、保護者と一緒に塾の体験入学に来て、そのまま塾に通うなんてことをするだろうか。




「この姿になったのはこの塾の体験入学に来た一週間前。GW中にあの女に会ってこの姿にされた。保護者だと言って僕と一緒にいたのは、兄夫婦だ」


 保護者らしき二人の男女は愛斗君の兄夫婦。ということは、兄夫婦は愛斗君の秘密を知っていることになる。だとしたら、愛斗君に関して私の出る幕はない。いや、秘密を共有している相手が兄夫婦というのは気になる。


「僕はこの姿になる前まで社会人として働いていた。三ツ木愛斗(みつきあいと)、32歳。仕事はIT関係で普段は自宅でリモートでの作業が多かった」


「しゃ、社会人、32歳……」


 愛斗君は私の質問に答えると、簡単な自己紹介を始めた。少年姿で言われても冗談にしか聞こえないが、如月君のこともあるので私は彼の言葉を信じることにした。


「32歳なのにどうして塾なんて通っているんですか?」


 それにしても、元の姿が年上とは衝撃的すぎる。衝撃的過ぎて思考が止まっていると、如月君がもっともな質問をする。確かに、愛斗君は塾の正式な生徒として週に二度ほど私たちが働く教室に生徒としてやってくる。


「それは……」


 何か言いにくい事情があるのだろうか。まあ、元が社会人なのに、少年姿になったからと言って塾に行かせようとする兄夫婦だ。複雑な事情があってもおかしくない。


「まあ、話したくないのなら構いません。ですが、愛斗さんも俺と同様に元に戻る方法を探しているんですよね?」


「戻る方法を知っていたら、こんな塾に通っていない」

「そうですか」


 やはり、そう簡単に戻る方法が転がっていないらしい。こういう時、二次元ではどうやってもとに戻っていただろうか。如月君は愛斗君が年上と知った途端、呼び方をさん付けに変えていた。律儀なことである。



「二人がキスするとかどうですか?」


 少年二人が元に戻る方法を探している間に、私は一つの提案をする。美少年二人がキスをする。これは涎物の光景だ。これで彼らが元に戻らなくても、私にとってはメリットしかない。想像するだけで鼻息が荒くなる。自分が少年好きな自覚はあるが、自分が少年に手を下すのではなく、あくまで美少年がわちゃわちゃイチャイチャするのを見るのが好きなのだ。見るだけなら、お巡りさんに捕まることもない、はずだ。



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