第4話

四月四日 池袋 四神学園大学学生食堂 十一時二十分


 四学大の学生食堂は一般にも広く開放されている。お昼時ともなれば、学生と近隣の利用者で満席になることも珍しくない。

「席は開いてるかな、っと」

 中庭でのビラ配りを切り上げた龍斗たちプロレス研究会一同は食堂に赴いていた。時間は少し早いが、混む前に昼食にしてしまおうということだ。

 食堂は空いていた。新入生はまだガイダンスを受けている時間であるし、今日、登校してきている在校生はみなサークル活動をしている者。ガイダンスが終わった新入生を引っ掛けようと、中庭で手ぐすねを引いているのだ。

「かいちょー、ここにしましょうー」

 先に食堂に足を踏み入れていた陽子が、適当な席を確保していた。窓際の陽当たり良好な席だ。

「じゃあ、陽子ちゃんはそこで待ってて。食券買っちゃうけど、いつもので良い?」

「いいっスよー」

 陽子は食堂ではいつもチャーハンをおかずに白飯を食べている。チャーハンは値段の割には大盛りなのだが、大食漢の陽子には物足りないらしい。なにも米をおかずにして米を食べないでも良いような気もするのだが、エンゲル係数の異常に高い陽子は常に金欠なので、そういうチョイスで落ち着いていた。

「賢治はなに食べるん?」

「俺はパスタだな。ミートソースだ。龍斗は?」

「僕は……そうだね、カツ丼でいいかな」

 ここの学生食堂は和洋中どれを選んでもそれなりのクオリティのものが出てくる。腕の良いコックが料理長を務めているのだ。

「頼獏さん、こっちにいつものチャーハンとごはんのセット、あとミートソースにカツ丼ね」

「おう、ちょっと待ってな。すぐに用意する」

 配膳口に食券を持って行くと、料理長の頼獏が出迎えた。彼は有名ホテルで修行したコックで、その腕を買われて、学食の料理長に抜擢された。和洋中なんでもござれのオールラウンダーな料理人である。いかつい顔をしていて、笑顔を浮かべることも少ないが、人当たりが悪いわけでもないのでなかなかの人気者だ。

「そういや、プロレス研。お前らはアレどうするんだ?」

「アレ?」

 フライパンでチャーハンをあおりながら、頼獏が聞いた。龍斗は話の骨子が掴めず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。

「そこに貼ってあるだろ」

 頼獏は視線で食堂の掲示板を指し示した。

「四学格闘部会主催、ナンバーワン決定トーナメント~四神格闘統一祭~開催……と。うちの大学の格闘系サークルの中で誰が一番強いかを決めるトーナメント、ね。優勝賞金十万円は魅力だね。って、なんで僕らにこの話を?」

「だって、お前さん達はプロレス研究会だろ? そういうのにも興味あるんじゃないかと思ってな」

「あー、頼獏さん。そういうのは僕らはパス、パス。プロレス研究会はあくまでも文化系サークルですから」

 文化系サークル――そう、プロレス研究会は純然たる文化部だ。鉄道研究会や漫画研究会と同じようなノリのサークルなのである。所属している部会も、体育会ではなく、文化会だ。だからこそ、実戦を求めたSGWEと袂を分かつことになり、未だに折り合いも悪いのだ。ちなみに、SGWEは体育会に所属し、名実ともにかなりの地位を確立している。今となっては弱小サークルと人気サークル、明暗はこれ以上ないくらいにはっきりと分かれてしまっている。

「まてよ、龍斗。これは、チャンスかもよ?」

「どういうことだい、賢治」

「俺達は三十年に渡って日本のプロレス界――いや、格闘技界をウォッチしてきたサークルだ。格闘技観戦というジャンルにおいては、この大学では唯一無二であるといえる」

「それはそうだね」

「なら、その観戦力を活かして、この大会の観戦ガイドから試合総評までを、うちのサークルでやったらどうかってね。そうすれば、新メンバー集めのための知名度アップにもなるし、自治会長サマの言う、目に見える活動成果にもなるだろ?」

 龍斗は賢治の提案に、ぽんと手を打った。

「それは良い! それは良いアイデアだよ、賢治! 偉い!」

 プロレス研究会は実戦をやらないかわりに、観戦に関してはかなりの実力がある。選手のデータ分析もするし、興業の試合傾向の予測もやってみせる。そんなプロレス研究会が本気を出して観戦ガイドを作ったのならば、それは面白いものができるだろう。そのためには、この「四神格闘統一祭トーナメント」が成功してくれなくては話にならないのだが、体育会の中でも格闘技に特化した格闘部会が主催となれば、盛り上がらないはずがない。四学大は古くから格闘技に力を入れていて、格闘部会は独立した部室棟を与えられるなど、優遇されている。その結果、各種大会では優秀な成績を残し、「大学格闘技界に四神あり」と言われるほどである。

「なんか、希望が湧いてきたよ。上手くすれば、同好会への格下げもナシになるかも」

「そこはナシになるかも、じゃなくて、阻止してみせる! とか言おうぜ、会長さんよ」

「はは、そうだね」

 龍斗と賢治は拳を突き合わせた。

「かいちょー、お腹すいたっスー」

 男たちは熱くなっていたが、陽子は空腹でダウン寸前だった。この辺のお気楽さは、この研究会ならではと言えるかもしれない。

「頼獏さん、料理できた?」

「おうよ。そこに出してあるぜ」

 配膳口には、三人が注文したものが過不足なく出されていた。どの料理も、いつも通り値段以上にハイクオリティーだ。

「それじゃ、ご飯にしよう。食べ終わったら、午後のビラ配りに行こう。新入生勧誘の線も忘れないでおきたいしね」

 漫然とした不安感の中で過ごすよりも、なにか、目標に向かって突っ走ったほうが、気分的にもだいぶ楽である。当面の目標が大雑把にではあるがまとまりつつあり、龍斗もそれに向かって突っ走ってみよう、と意気込みを新たにしたのだった。

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