sunfollower
栗尾りお
プロローグ
「何をお探しですか?」
背後からかけられた声に過敏に反応してしまう。挙動不審になりながら振り返ると少し背の高いショートヘアの女性が立っていた。
花を見るのに真剣になりすぎていたのだろうか。近くにいた店員さんに全く気が付かなかった。
白のシャツに青いデニム。深緑のエプロンをしたどこにでもいる店員さん。マスクをしていてはっきりとは分からないが、きっと凄く美人なんだろう。
多分この人とは初対面のはずだ。それなのに懐かしい気持ちが込み上げる。何も言わずじっと見つめる俺に、店員さんは申し訳なさそうな目でを向けた。
「邪魔してすみません。凄く真剣に悩んでいらしたのでつい」
怒っていると思われたのだろうか。慌てて首を大きく横に振り誤解を解く。
「あ、いえ全然邪魔とかじゃないです! むしろ、ちょうどよかった。その……大切な人に花を送ろうと思いまして」
「もしかして結婚のプロポーズですか?」
「はい、実は。彼女の誕生日に花束と一緒にプロポーズしようかと。でも花のことなんて全然分からなくて」
「大丈夫ですよ。大切な人へのサプライズをお手伝いする。それが私たちのお仕事ですから」
照れて頭を掻く俺に店員さんは柔らかい笑みを浮かべた。
滲み出る優しい雰囲気。勇気を出して花屋に入ったが、ここは当たりだったようだ。
「にしてもプロポーズってよく分かりましたね」
「……男性が花をプレゼントする定番のイベントですから。それより先にご予算とブーケの形をお伺いしてもいいですか? 基本的にはこれをベースにしてお花を選んでいく流れなのですが。あ、見本持って来ますので。少々お待ちください」
そう言ってパタパタとレジに向かい、下から分厚いファイルを取り出した。
レジの上にファイルを置きパラパラとページをめくっていく。吸い寄せられるようにレジに向かい覗き込むと、そこにはブーケの写真が貼ってあった。
時期や何用のブーケなのか。細かな要望までびっしりと手書きでメモされていた。きっと今までの作品が全てこの一冊にまとめられているのだろう。
夏の時期に作られたブーケの写真を真剣に見つめる。そこには先程までの優しい雰囲気は薄れ、仕事モードになった彼女がいた。
彼女に任せておけば花の準備は問題ないだろう。こんなにスムーズに決まるのなら最初から頼れば良かった。1人で入る花屋に緊張しすぎていて店員に聞くことを忘れる。そんな自分が恥ずかしい。
少し自分を責めつつ眺めてと徐に顔を上げた。目尻あった泣きぼくろが俺の心臓の鼓動を速める。
「ちなみにパートナーの方の好きな花はご存じですか? 好きな花じゃなくても名前に花が入っているとか。あればそれもベースに選んでいこうかなと」
「あっ、えっと……好きな花か……ごめんなさい。知らないです。名前にも花はないので……店員さんのおすすめの花ってありますか?」
「そうですね。定番はバラですが、おすすめはジャスミンとかデンファレとか。芍薬にラベンダー。あっ、カスミソウもいいですね。あとひまわりも好きです。って、これじゃ私の好みになってしまいますね」
指折り数える手を止め、恥ずかしそうに目を細める。そんな店員さんの愛らしい照れ笑いが、消し去ったはずの記憶の輪郭を描いた。
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