第3話
その特性と申しますのは、これといった
明るくもなく暗くもないブルネットの髪に同色のブラウンの瞳。背格好は中肉中背、容姿は美人でもなければ不細工でもありません。
特徴がないことこそ最大の特徴とも言えまして、言い得て妙ではございますが、この特性は仕事をする上で大変に役立つものなのでございます。
「あ……お勤め、お疲れ様です」
「ああ、どうも。そっちもお疲れさん」
清掃メイドの服装をして挨拶すれば、人に出くわしたとしても、なんの疑いもかけられることなく素通りできてしまうのです。
特徴がないということは、逆に特徴を付け加えてしまえば、なんにでも化けられるということでもあります。
王女付きの侍女である私の仕事は、王女殿下の身の回りのお世話だけではありません。
もっとも重要な仕事は、陰謀渦巻く王宮内の情報を収集することにあるのです。
存在感を消すことも得意なので、どこにいても目立たず、違和感を与えません。
離れて壁際に立てば背景と同化しますし、人混みに紛れてしまえば完全に埋没します。
異変に気付き探そうとしても、特徴のない私を見つけ出すことは極めて困難です。
黙って見つかるようなヘマもしませんので、まず不可能と言って良いでしょう。
この特性を活かし、私は――
暗躍する悪徳貴族や権力者の懐に潜り込み、言い逃れができぬだけの証拠を集めることも。
王女殿下をお守りするに相応しい、忠義と実力を合わせ持った信頼できる騎士様を見つけることも。
情報を操作して敵を撹乱させ、
――できてしまうわけです。
……あ。えっと、仕事の合間に推し活と言いますか、推し活の合間に仕事と言いますか、推し活がメインになっている面も多々あったりするのですが……そこは王女殿下にもご理解いただいておりまして、問題はないのです! なので、断じて怠慢ではないのです!!
イマジナリーな推し様にお叱りを受けて、言い訳じみたことを考えてしまいました。
私ほどのものになれば、心の中にはいつも推し様がいらっしゃいまして、厳格でストイックな推し様に監視していただいているからこそ、どんな仕事でも完璧にこなせてしまうのです。
……抗えぬ
人は自分にはないものに強い憧れを抱き、執心するものなのでございます。
その最たるものが、原初より王家にお仕えする由緒ある伯爵家。
私のご先祖、初代伯爵が起源となっております。
たいそう地味で平凡だった初代伯爵は、民のため国を興そうとした初代国王の高潔さとたぐいまれな
それはもう、採算を度外視して全財産をなげうって貢ぎ、地位も名誉もかなぐり捨ててお仕えして守り抜き、全身全霊でもって応援して初代国王の地位まで押し上げたのです。
初代伯爵の気質や体質は子々孫々にいたるまで脈々と受け継がれ、その血を色濃く体現したのが、この私なのでございます。
いわば、私は由緒正しき面食い一族の末裔にして、推し活の申し子! 美しい推しを
――ゆえに、致し方のないことと、ご容赦いただいているしだいでございます。
私が王女殿下に初めてお目見えした時の衝撃は、それはもう凄まじいものでございました。
一目見たその瞬間、このお方にお仕えして守リ抜きたいと、衝動が心の底から湧き上がり、気付けば忠誠を誓っていたのですから。
それからというもの、お美しく可憐な王女殿下をつけ狙う数多の魔の手から、お守りし続けてきたのでございます。
多くの不可解な顛末から、人々は目に見えない何か、不思議な力に王女殿下は守られていると噂しました。
神に寵愛される加護なのか、はたまた天使か悪魔か
その辺りからでしょうか、王女殿下の人間離れしたお可愛らしさも相まって、妖精姫と称されるようになったのは……。
本来であれば、自分が主と認めたお方一人だけを推しとし、全身全霊を捧げて尽くすのが伯爵家の性質なのですが、私には主とは別にどうしても応援したい特別なお方が現れてしまいました。
それが、唯一無二の尊い推し様。氷の騎士、ランスロット様なのでございます。
そんなことを考えていると、推し様のお部屋の前に到着しました。
この時間帯は推し様が寮邸宅に戻られることはないので、今のうちに差し入れを置いていってしまいましょう。
近衛騎士の方々のスケジュールや行動パターンはバッチリ把握済みですから、ぬかりはありません。
私はこっそりと推し様のお部屋にお邪魔させていただきます。
仕事でも何度となくお邪魔させていただいておりまして、有益な情報や便利アイテムなどをお布施……もとい、お渡ししているため慣れたものではございます。
……とは言えですね。
推し様の勤勉さや博識ぶりがにじみ出る書物や、こざっぱりと整えられた少ないながらも質の良い調度品や、規則正しく整理整頓された表彰盾や武具etc……このキレイなお部屋は実直でひたむきな推し様のお人柄をそのまま表しておりまして、まるで推し様を形作っているかのようでもあり、なんと言いますか……控えめに申しまして、ええ――
仕事でやむなしな事情でもなければ、決して踏み入ることなど許されざる聖なるエリアではあるのですが、この推し様を感じられるお部屋にいますとですね、私は癒やされ浄化されるような心持ちになりまして、その日一日がとても活気にあふれ幸福感で満たされたものになるのでございます。
きっと、推し様からほとばしるお美しさの波動が推し様イオンとなって、このお部屋を霊験あらたかなパワースポット的領域へと超進化させているに違いありません。
あぁあ、推し様の全てがお美しい! 神様、ご先祖様、尊い推し様、今日もありがとうございます!!
私は思わず天を仰いで感謝し、胸いっぱいにお部屋の空気を吸い込んでしまいます。
ふぁあ、推し様イオンに浄化されてしまいますぅ――
――と、ここまでの一連の流れが0.3秒のルーティンでして、推し様のお部屋の空気を吸い込んで良いのは3秒まで!
それが聖地にお邪魔する上で自分に課した最低限のルールですので、早々に本題の要件を済ませて退室しなければなりません。
いつものように、息を止めてテーブルの上にお菓子を詰めたカゴを置こうとして――
「甘い匂いがする」
「ひゅっ!?」
――背後から、どなたかの声が聞こえてきました。
一瞬、挙動不審なところを推し様に見られたのではと焦り、空気と一緒に口から心臓が飛び出そうなほど驚きましたが、推し様とはお声が違うようです。
緊急時なので一旦3秒ルールは保留にして……こんな時は一呼吸おき、決して慌ててはいけません。
今の私はただの清掃メイド。いつも通り冷静沈着にしていれば、何も怪しまれることなどないのですから。
ゆっくりと振り返ると、そこには光の騎士様が立っていらっしゃるではありませんか。
小脇に本を抱えておられるご様子……これは失念しておりました。
光の騎士様と推し様はお互いに本の貸し借りをされる仲でございます。
想定では、読了されるまでにもっと時間がかかるものと思い込んでおりました。
「本の続きが気になって借りに来たんだけど、ランスロットはまだ戻ってないみたいだね」
「はい、そのようです」
光の騎士様は私の横を通り、手に持っていた本を本棚に戻して別の本を取り出します。
それから、ふと何かに気付かれたようにこちらを振り向いて、私の手元を指差されました。
「やっぱり、何か甘い匂いがする……それは?」
「あ……これは、ことづけを頼まれまして、氷の騎士様に差し入れをと……」
さらに近寄って、光の騎士様はカゴの中を覗き込みます。
「ああ、これランスロットの大好物だ。王女殿下がたまに差し入れてくださるお菓子。彼は見かけによらず結構な甘党なんだよね」
そうなのです。推し様は甘い物がお好きで、特にこのたっぷりのナッツ類にバターやハチミツを加えて作ったキャラメルの焼き菓子、フロランタンを好まれました。
私のとっておきの一品でもあり、素材は季節や産地で厳選し、ナッツの種類によってもローストを変えるなど、推し様のお口に合うようこだわり抜いた自信作でございます。
「いつも美味しそうに食べているんだけど、僕には全然分けてくれないんだ。それにしても、本当に美味しそう……いいなぁ……」
そんなことをつぶやいた光の騎士様がお腹を押さえると、ググゥ~と鳴ってしまわれました。
しゅんとされるお姿はどことなく、耳と尻尾を垂らしてしょんぼりとする大型犬のようにも見えまして……とても不憫です。とてつもなく不憫です。
いつもは光の騎士様に別のものを差し入れているのですが、今回はまだ何もご用意していなかっただけに、ものすごい罪悪感に苛まれてしまいます。
「あ……えっと、たくさんありますし、お少しいかがですか?」
良心の呵責に耐えかねて、つい口走ってしまいました。
「え、いいの!? ありがとう! ……やっぱり、これ君の手作りなんだね。王女付きの侍女さん」
「……へ?」
今さらりととんでもないことを言われた気がするのですが、きっと何かの聞き間違いでしょう。
清掃メイドの服装をしている私が、まさか王女付きの侍女であるだなんて誰も思わないでしょうし、バレるはずがありませんから。
光の騎士様はお菓子を摘んでパクリと頬張って食べると、嬉しそうにおっしゃいます。
「美味しい~♪ 侍女さんは本当になんでもできるね。お菓子作りも天才的だ」
「!?」
これは完全にバレています。
こんなことは初めてで、動揺して言葉に詰まってしまいました。
「え、あの、えっと、はい?」
「ん? ……ああ、僕は容姿じゃなくてその人の持つオーラみたいなもので判別しているから、変装していても侍女さんだって分かるんだ。叙爵式でも挨拶したし、その前から対戦試合にもよく観戦に来てくれていたよね」
唖然とする私を光の騎士様は真っ直ぐに見つめ、優しく微笑みかけておっしゃられます。
「それに、いつも助けてくれるから、ちゃんとお礼が言いたいと思っていたんだ。……改めて、ありがとう」
日差しのような明るい笑顔を向け、光の騎士様は感謝のお気持ちを伝えてくださったのです。
私は温かい気持ちになり、最大限の敬意を払ってカーテシーをし、感謝の意を示します。
「こちらこそ、王女殿下をお救いくださり、ありがとうございました。どうぞ今後とも、よろしくお願いいたします」
「うん。よろしく」
光の騎士様は何か考えるそぶりをされて口を開かれます。
「そうだ。よろしくついでに、いいことを教えてあげるよ」
「いいこと、ですか?」
首を傾げて訊き返すと、人差し指を口元に添え、内緒話をするように囁かれるのです。
「そう。君はランスロット推しでしょう? 見ていれば分かるよ。僕しか知らない彼のいいところ、いっぱいあるんだけど知りたくない?」
「知りたいです! 教えてください!!」
私は興奮のあまり、前のめりになって食い付いてしまいました。
推し様のもっとも近くにおられる光の騎士様は相棒も同然のお方です! それはもう私の知らないアレやコレや、色々なことをご存じでしょうとも!!
それから、推し様のお話で盛り上がり、大変に有意義な情報収集をすることができたのでした。
「――なので、推し様のお美しさは聖なる加護なのです! 推し様イオンに浄化された私は一日中とても幸せな気持ちですごせるのですから!!」
「あはは、面白いねそれ。彼がいるだけで君は幸せになれるんだ……いいなぁ、そういうの……そんな君に愛される者は皆幸せだね」
光の騎士様の優しい眼差しは日向みたいに温かくて、なんだかポカポカした気持ちになってしまいます。
「やっぱり、僕達は似ているね」
「似ていますか? どこも似ていないような気がしますけど……」
「いや、とてもよく似ているよ。好きなものに一生懸命で一途なところとかね」
「なるほど。そうおっしゃるなら、そうかもしれません」
たしかに、光の騎士様も推し様と同じく、とても真面目でひたむきなお方です。
私が笑いかけると、光の騎士様は何か考え込み、意味深な視線を向けました。
「ああ、でもそうだな。少し違うとすれば、僕は君よりも諦めが悪いだろうね……」
「諦めですか?」
光の騎士様は少し困ったように笑っておっしゃいます。
「君に一つお願いがあるんだ。聞いてくれる?」
「はい、なんでしょう? 私にお手伝いできることでしたらなんなりと」
「僕の婚約者になって欲しい」
「こ……婚約者ですか?!」
突然のお話に困惑して、すっとんきょうな声を上げてしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます