新撰組転移録
幕末と呼ばれた時代、俺は京都に転移していた。
その日、京都に観光に来ていた俺は気付けば見慣れぬ格好の人々の往来の真っ只中にいた。
そして、周りを見渡せば見慣れたはずの現代建築も車も道路もない。
まるで時代劇の撮影の中にでもいるような錯覚を覚えた事を今でも覚えている。
「どうしたんです、良さん?」
細身だが長身の若者が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
彼の名は、沖田総司。
時代劇に詳しくない俺でも知っているくらい有名な青年だ。
その沖田が俺に対して、気遣わしげな表情を向けていた。
「そんな緩い構えじゃ死にますよ?」
「ああ……」
俺達は今、斬り伏せたばかりの死体を見下ろしていた。
そう、ここは幕末の京都。
そして、俺は新撰組に所属していた。
剣道を習っていたからというわけではないが、浮浪者が運良く辿り着いた就職先がここだったというわけだ。
だが、ここで剣道が役に立つかは別の話だ。
基本的に多数で囲って袋叩きにするのが戦術であるし、剣道みたいに綺麗な型なんて乱戦で活きるかは別の話だ。
目潰しに投げ技、なんでもありなのだ。
それでも、俺がここで生きてこれたのは、
「その馬鹿力、期待してますから」
現代という恵まれた環境で育まれた体格だ。
196cmに90kgという現代でも稀なくらいの恵まれた体躯。
この時代の人々は、小柄な者が多く、そんな中で俺は化け物のように目立つ。
だから、この時代で生き残れたとも言える。
そして、俺は近藤局長率いる僅かな手勢で、とある旅籠に討ち入りをしていた。
外に少ない味方を残し、僅か5人で十数人を相手にするのだから無謀と言わざるを得ないだろう。
俺は血振りをすると、襖を蹴破って中に突入した。
その瞬間、3人の男達が俺に向けて一斉に刀を振りかぶる。
「うおりゃあああ!!」
だが、俺は特製の大太刀を薙ぎ払って、一気に3人の男の胴体を吹き飛ばした。
その長さは七尺三寸(約221cm)にも及ぶ。
それを俺は、片手で振るっている。
斬れ味よりも耐久性を重視して作られたこの大太刀。
重さも尋常ではなく、並の者では持ち上げる事すら出来ない。
だが、俺は軽々と持ち上げて、敵を蹴散らしていた。
「はははッ、相変わらずだな!」
誰かが歓声を上げながら、部屋に飛び込んでくる。
その人物は俺の恩人と言える人だ。
近藤勇。
新撰組の局長であり、浮浪者だった俺に飯を食わせてくれた人だ。
そして、斬り合いと捕縛がまた始まる。
それが後に池田屋事件と呼ばれるとは、まだ知る由もなかった。
◆
それからは、日常と斬り合いを繰り返す日々だった。
長州軍を相手に市街戦を繰り広げた事もあった。
大砲の爆撃が響く中、先を知る俺は剣の時代の終わりを感じた事もあった。
だが、この時代に染まりきっていた俺は大太刀を捨てれなかったのだ。
そんな時代は終わると知っていても、捨てれなかったのだ。
やがて、京都の治安維持だった俺達はいつしか旧幕府軍と新政府軍の戦いに身を投じていた。
仲間も随分と減っていた。
「土方さん、とうとうこんなとこまで来てしまいましたね」
「ああ、だが新撰組はまだ終わってはいないさ」
蝦夷、俺が知る時代では北海道と呼ばれていた土地だ。
「明日もでるんだ。酒はほどほどにしておけよ」
「ええ、副長」
「ふ、そんな風に呼ぶのも僅かしか居なくなってしまったな」
そう言って、副長は盃を飲み干した。
俺も酌をしながら、しみじみと頷く。
既に、近藤局長は鬼籍に入っている。
仲の良かった沖田さんは体調が悪いらしく随分前に隊を離れていた。
そして、鬼の副長と恐れられた土方さんが今や酒飲み相手だ。
昔は怖くて話しかける事すら出来なかったが、会津を離れて函館に向かう最中、嫌でも身近にいるのだ。
そして、昔よりも優しい雰囲気を醸し出している気がした。
「……良、この戦は負け戦だ」
「そうでしょうね」
歴史を詳しく知らない俺でも、幕府が終わるくらいは知っている。
もっと勉強をしていれば、歴史が違ったかもしれない。
いや、ただの隊士が出来る事などないか。
「覚悟はできてるようだな」
「……なんの覚悟です?」
「おまえはたまに抜けた事言うな」
それは褒められているのか、馬鹿にされているのか。
「……武士の覚悟だよ」
そう言って笑うと、副長は席を立った。
◆
翌日、戦場に早馬が走る。
「土方様が被弾落馬され、味方は総崩れとなっています!」
「副長は無事なのか!?」
俺は思わず身を乗り出して、聞いていた。
「……それが」
伝令の者が目に涙を浮かべながら、口ごもる。
「……そうか、副長は逝ったか」
「良さん!退却しましょう!」
必死で俺の腕を掴む仲間達。
——武士の覚悟だよ
俺は、首を振る。
「退却してどうする?どうせ、降伏だろう?」
俺の言葉に皆が俯く。
分かっているのだ。
元から俺達に勝ち目はない。
「おまえ達は若いんだ。行けよ」
「良さんは?」
「俺は古参の隊士になっちまったからな。副長達に情けない後ろ姿は見せれないさ」
俺が笑ってそう言うと、仲間達は涙を流し始めた。
俺はいつからこの時代に染まってしまったんだろうな。
大太刀を担ぐと、敵軍へと視線を移す。
銃口がこちらを捉えていた。
「まったく、嫌な時代になっていくよな」
俺は大きく息を吸うと、その体躯から精一杯の声を張り上げる。
「新撰組!いざ!参る!」
まったく古臭い言い回しだ。
局長、今からそちらに行きますよ。
俺の最後の武勇伝を手土産にね。
急所を庇い、指揮官目掛けて突撃する。
そして、俺の人生は幕を閉じた。
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