少女と葬儀屋

20XX年。


高度な医療と遺伝子研究によって、人々の生死観は様変わりしていた。

病気や怪我で死に至る確率が、極めて低くなっていたのだ。


そんな日常の一コマ。

住宅街にある一軒家の前で、黒髪の少女は、インターホンを押した。


少女の名は、天宮春火。

小さな背丈は、美容技術の発展の成果であり、彼女の実年齢を現すものではない。


「……はい?」


ドアが開き、中から出てきたのは、パジャマ姿の少女だった。

艶のある長い黒髪に、眠たげな目。

その佇まいには、どことなく儚げな雰囲気があった。


「葬儀屋です。健康診断の結果をお知らせに参りました」


春火は、少女に向かって、淡々と告げる。


「どうぞ……」


少女は、春火を家の中へ招き入れた。

春火は、家の中をぐるりと見渡す。

 

リビングには、少女の家族と思しき人物の写真が飾ってあった。

それは初老の老人だ。


「旦那ですわ。あの人は歳を取るのが自然だって言ってましたから……」


少女は、春火の目線の先に気付いて、説明した。


「そうですか」


春火は、特に感情を見せることなく、淡々とした口調で返す。

私や彼女には理解できない感覚なのだ。


老いるというのは、死の足音を感じるという事。

それを自然だと受け入れるなんて、正気ではない。


「こちらが、診断結果になります」


春火は、少女に書類を手渡した。

少女にしか見えない彼女はそれを受け取る。


「あと一ヶ月の命……ですか」


少女は、自らの余命を見て、呟いた。


「残念ですが、その通りです」


春火は、表情を変えることなく言う。

少女は、寂しそうに笑った。


「でも、どうせ長生きできないのなら、やりたいことをやってから死ぬのも悪くありませんわ」


少女は、前向きな意見を述べる。


「それは、良い心がけですね」


春火は、感心するように言った。

たまに現実を受け入れない人がいるのだ。


そういう人間は、自暴自棄になる危険性もある為、強制的に制圧する事も春火の仕事の一つであった。


しかし、この少女はその心配はないらしい。


「私は、これからどうしたらいいのかしら?」


少女は、不安そうに春火に尋ねる。

春火は、少女に質問される事を予め想定していたかのように、答えを出した。


「そうですね。本日から葬儀場に入居して頂きます」


春火の答えは、一般的なものであった。


「あの人と同じなのね」


今、自暴自棄にならずとも最後までそうとは限らないのが人間なのだ。

それは歴史が証明していた。


葬儀場という名の収容施設だ。

ただし、一つの街程の規模があり、その中では自由に過ごせる。


犯罪率が上昇しているのが社会問題になっているが、春火の領分ではない。


「最後にやり残した事があれば、可能な範囲で対応いたします」


春火は、補足説明を付け加える。

望むなら、できる限り希望を叶える事が仕事だ。


それがどんなに難しいものであっても、である。


春火にとって、最後の願いを叶える事は、仕事に対するプライドであった。


「一つありますわ」


少女は、何かを決意したように春火の目を見つめる。


「どうぞ、仰ってください」


春火は、先を促した。


「あの人のお墓で手を合わせたいの。今、行きますからねって」


少女の目から涙が溢れ出す。

今まで我慢していたものが、一気に溢れたようだった。


「承知いたしました」


春火は、短く答えると、スマートフォンを取り出した。

電話を掛けた先は、葬儀場のスタッフである。


『はい、もしもし』


電話に出たのは、女性の声だった。


「お疲れ様です。車を手配して下さい」


春火は、端的に用件だけを伝えた。


『了解しました』


女性は、春火の意図を察して、返事をする。


「五分以内に到着します」


春火は、簡潔に説明すると電話を切った。

そして、少女が落ち着くまで待つ事にした。

五分後。

家の前に一台の車が止まった。


「どうぞ、お乗り下さい」


春火は、後部座席のドアを開けて、少女を促す。


「ありがとう」


少女は、涙声で礼を言った。


「……葬儀には来てくれるのかしら?」

「ええ、仕事ですから」


春火は、事務的に答えた。


「では、さようなら」


少女は、車に乗り込んだ後で春火に向かって手を振った。


「さようなら」


春火は、無表情のまま小さく手を振り返した。

少女が乗った車が発進するのを見届けた後、春火は次の家へと歩き出した。



一ヶ月後。


昔ながらの火葬で、棺の中には骨だけが収められている。


「どんなに美しさを保っても、最後は皆、ただの骨か……」


火葬場の外にあるベンチに腰掛けた春火は、独り言を呟く。


それは自分にも向けられた皮肉でもあった。


そして、次の仕事へと淡々と向かうのだった。

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