審判の光


 輝夜が『蒼介お兄ちゃん』と言った。


 記憶が戻ったのか?


「おじさん早く!」


 輝夜は俺の腕を引きながら早くと急かす。今はそんなことどうでもいいか。



 すぐに倒れている賢者の元まで行く。


 最後の賢者は目をつぶっていて、いまだ起きる気配は無い。


 やはり聖刻剣士パラディンとしては不完全だったのだろう。


 倒れている賢者をよくよく見ると、本当にアンデットかと疑わしく思ってくる。アンデットは身体が異常な速度で腐っていくはずなのに、この賢者の肌はキメが細かく透き通っていて、今なお生きている俺よりも肌が綺麗だ。


 もしかしてアンデットじゃないのか? 


 腰を下ろし、賢者の胸に手を置く。


 柔らか……。


 背後から冷ややかな視線を感じて、真面目に確認する。


 アンデットにしては暖かな身体。トクントクンと動く心臓。そして魔力炉が一つしか感じられない。


 手に伝わってくる情報だけで十分だ。コイツは間違いなくアンデットじゃない。


「そういうことか」


 不意に納得した。俺がゴーディアスだったとしてもコイツをアンデットにはしない。


 魔眼は死ぬと無くなる、アンデットに引き継げるかは賭けになってくるはずだ。だから貴重な『転移の魔眼』を持っているコイツをそう簡単には殺せない。


「今洗脳を解いてもいいが……魔力の無駄だな」


 俺は賢者の胸から手を離し、立ち上がる。


「……おじさん?」


 振り返ると、眉を垂らし不安顔の輝夜がそこには居た。


「お前が姉を助けろ」

「……」


 口を開けたり閉めたり、それを繰り返す度に輝夜の表情が暗くなっていく。


「大丈夫だ、本物の魔法使いならできるだろ?」

「ッ! うん!」


 俺が挑発的な笑みを見せると、輝夜はパッとやる気の満ちた顔に切り替わる。


「何をやればいい!」

「回復魔法を使って魔法陣を消せ。それだけでいい」

「洗脳は?」

「それは考えなくていい」

「考えない!」


 俺は輝夜の肩を優しく叩きながら場所を輝夜に譲る。


「私がお姉ちゃんを助ける!」


 輝夜は腰を落として、すぐさま詠唱を始めた。


「あとは魔力か」


 横にいたリッシュに視線を向ける。


「な、なんだッ!」

「リッシュ、輝夜にお前の魔力を貸してやれ」

「ただ魔法陣を消すだけだろ、そんな簡単なことに僕の高貴な魔力を……使……えると、本気で思って……そ、そんなに見つめるな!」


 ジッと見つめたらしどろもどろになり、頬を赤らめたリッシュから視線をそらされてしまった。


「ダメか?」

「……くッ! しょうがない、貸しだからな!」

「ありがとよ」


 キッと目尻を吊り上げたリッシュは俺の頼みを心良く了承してくれた。


「下民はどうするんだ」

「俺、俺か? ちょっくら、ワルチャード帝国を消してくる」

「はぁ!?」


 呆けているリッシュを尻目にトットットッとと、『ウィンドシール』で空中を上に上にと飛行する。



 抉れた地面を乗り越えて、地平線の先に森が見えた。


 ゴーディアスが賢者たちに送っていた意識の本流は既に掴んでいる。森の中にいることは感知している。


 もう俺からは逃げられない。というか逃がす気もない。



 空中で立ち止まる。


 足の下に展開している風を引き伸ばして、擬似的な地面に作り出した。


「ここまでやる気は無かったんだ。……全部お前らが悪いんだぞワルチャード」


 静かな怒りを魔力に乗せると、周りの風に雷が這った。バチバチと空気が焼き焦げる。



「お前らは俺の琴線に触れすぎた」



 俺は左足を半歩前に出し、右足に力を込めて踏み込む。


 空気が震える。

 肌を刺すのは風ではなく、無数の静電気。

 空間が緊張し、息を呑む音すら雷鳴に呑まれた。


 左手を前にそっと突き出し、雷の流れを制御するように指を広げる。

 右拳は脇腹に収め、祈るように握り込んだ。

 思考は一つに絞る。


 ただの一発。

 ワルチャードを消すためのだけの一撃を。


 脳裏に刻んだ詠唱を、静かに、言霊に乗せた。


『雷の精霊に告げる』


 刹那、世界が呼吸を止める。


 言葉と同時に周囲を駆け巡っていた雷光が、一瞬だけ沈黙を刻む。


 風が止まり、雲が凍りつき、森のざわめきさえ消え失せる。

 大気が張り詰め、俺の鼓動だけがやけに大きく響く。


 次の瞬間には、雷が幾重にも轟き、空間そのものを食らい始めた。


『天を裂き、大地を焦がし、信念をも砕け』


 髪が逆立ち、皮膚が焦げる。

 骨が軋むほどの魔力が、容赦なく俺を蝕んでいく。


 テリトリーにある全部の魔力を注ぎ込む。


 圧倒的な力で審判を下す。


『雷の女神ラーファの名のもとに、駆けろ』


 それは、祈りではない命令。


 右拳を突き出す。


 すると俺の拳から、世界の理さえ焼き尽くす光が解き放たれる。



轟雷の女神カムイ・ラーファ



 雷が唸った。

 暴風を巻き込みながら、雷光は一直線にワルチャード帝国を貫くべく走り出す。


 視界を埋める純白の輝き。

 天と地を繋ぐ一閃が、あらゆる音をかき消し、ただ沈黙の後に破壊を残した。



 前方にあった森が一瞬で消え、焼け焦げた匂いが鼻を刺す。

 轟音すら呑み込んだ沈黙の中、炎だけが、静かに咲いていた



 炎が咲いた地平を見下ろし、息を整える。


「……これで洗脳は消えた。少し強引だったか?」


 

 下を見ると、口をあんぐりと開けたリッシュが俺を見ていた。リッシュへの視線を切る。



「やっと……終わった」


 安堵と共に、俺は浮遊感を覚えながら目の前が暗くなった。






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