イニティウム

ゆりもす

1燿 ワスレモノを探して

 数えきれないほどの絶望を産んだ。

 数えきれないほどの希望をはぐくんだ。

 数えきれないほどの運命を紡ぎ、

 数えきれないほどの死を与えた。

 罪が罰せられるべきと云ふならば、

 罪の根源たる自分は誰に罰せられよう。

 否である。

 なぜなら自分は、在ってないようなもの。

 王とは名ばかりの、虚空に漂うもの。

 誰にも罰せられない業深き神。

 そんな自分にも、希望があった。

 はじまりがなにかのおわりのように。

 おわりがなにかのはじまりのように。

 近いうちに[[rb:神王>しんおう]]としての人格は消え、新しい私が産まれる。

 長く苦しい孤独な戦いから神王わたしは逃れることができる。

 それこそが神王わたしの希望。

 ……だけどもし、未来の私が望むなら。

神王わたし達の物語を完結させる以外の道を望むなら。

 どうか拾い集めて。

無窮むきゅうの星雲に浮かぶ小さなワスレモノを。


 ■


 ――神王コスモス。

 神々のヒエラルキーから外れた無の神でありながら、無限大に存在する世界の根源――『はじまりの銀河イニティウム』を誕み出した存在。

 森羅万象を無に還す神力ちから。不死を知らぬ肉体を持つ彼女は、いつしか神にすら恐れられ、神話に語られぬ真の王として。銀河の片隅に浮かぶ小惑星『ネビュラ・アステロイド』に君臨する。

 だが、長い年月の末。神王コスモスは神力ちからとともに記憶を失い、ひとりの少女――ナナとして生きることになる。

 育て親の元を旅立ったナナは、己が使命を思い出したのち【コスモス軍】を結成。総勢7名で、神王コスモスが調整していた『銀河の調和』を目的に活動を始めた。

 混沌を望む終王ついおう

 叛逆の狼煙を上げた主神。

 深淵よりいでし深潭王。

 彼らは、数多の戦いを潜り抜ける。

 正義も悪も存在しない地で、求められるのは勝利のみ。

 そんな動乱も落ち着きを取り戻した頃、ひとつの物語は動き出す――。


 薄い靄が漂う鬱蒼とした森林。

 奥に進むほど白い霧は一層濃くなり、『この先には立ち入るべからず』と忠告するように方向を狂わせる。

 その中を進むのは3人の男女。彼らは霧の障害をもろともせず、確かな足取りで奥へ奥へ前進する。

「聞いてはいたが、こんなに霧が深いとはな……」

「あら。怖いなら手繋いであげるわよ」

「いらねぇ」

 同伴者すら見失いかねない霧の濃さに、ベータは金色の瞳を細め、隣に並ぶ艶やかなロングヘアーのクレアは嘲笑を浮かべる。


「ふたりとも着いたよー」

 先導していた白いコートを羽織るナナの言葉を合図に、彼らに絡みついていた霧が、あたかも道を開けるかごとく左右に霧散する。

 そうして一同の前に姿を現したのは――聖なる安息地『ネフェロマ聖殿』。

主人ナナですら滅多に訪れることのない場所に彼らが訪問したのには、数時間前の出来事がきっかけであった。


 ■


 数刻前――『ネビュラ・アステロイド』エリア内基地。

 てんで長いテーブルが配置されているだけの単調な会議室には現在、ナナ、クレア、ベータの3人の他に【カオス軍】を指揮する終王カオスの姿があった。

「話したいことってなぁに、カオス」

 テーブルを挟んだ向かい側の席、長い脚を組むカオスはナナをじっと見据える。

「ひとつ、コスモスについて思い出したことがあってな」

神王わたしのこと?」

「ああ。恐らく君がまだ思い出していない事柄だろう」

 神王コスモスと旧知の仲・仇敵関係であったカオスは、こうしてナナが記憶を取り戻せるようにと彼女との出来事を教えてくれている。だが、長い年月の末に忘れてしまった出来事も多いため、そう簡単にはいかないが。

「『エターナルスター』という名を聞いたことはあるか?」

 カオスの問いかけに、3人は互いに視線を交わし合うと首を横に振る。

「え、なにその子供向けゲームでありそうなアイテム名……」

「やめろ否定してやるな。そういう年頃なんだ」

「私が付けたのではない。付けたのはコスモスだ」

 まん丸に目を見開くナナの隣で、クレアはテーブルに肩肘を立てながら「でしょうね」と呟く。

「それで? その『エターナルスター』とコスモスとの関係はなんなのかしら」

「コスモスが自ら創り出した物が『エターナルスター』という話だ」

 なるほどなとベータが頷く。

「コスモスが生み出したものであれば、記憶を取り戻す手掛かりにもなるか」

「それはどこにあるの?」

「『ネフェロマ聖殿』だったと記憶している」

『ネフェロマ聖殿』はこの宇宙『はじまりの銀河イニティウム』に浮かぶ小惑星ダレットに鎮座する神王コスモスのやしろ。別名『聖なる安息地』とも呼ばれるその場所には、過去にナナ自身も訪れたことがあるが、ナナにとってはあまり良い思い出とは呼び難い地だ。それゆえ、滅多なことがなければ立ち入らない。

 ナナが知らない場所に『エターナルスター』が安置されている可能性は充分にある、と言えよう。

「私が知りうるのはこれだけだ。あとは自分自身で確かめるといいだろう」

「ありがとうカオス。早速行ってみるよ」

 ナナのお礼に、軽く頷いたカオスは席を立つ。

「なんだ、随分と早いお帰りだな」

「もとより長居するつもりはない。話も済んだしな」

「送って行こうか?」

「いやいい。……少し周囲を散策して構わないか?」

 背中越しに背面の扉に視線をやるカオス。ナナは知ってか知らずか「いいよ」と笑みで返す。

「すまないな」

 カオスは先の言葉通り、そそくさと会議室の扉の向こうへ消えた。

 パタンと扉が完全に閉まると同時、ベータはナナに判断を問う。

「……で、どうする?」

「もちろん行くに決まってるよ!」

「ええ、そうね。早速準備を済ませてちょうだい」

 こうして彼らはカオスの情報を頼りに『ネフェロマ聖殿』へ赴き、冒頭へと至るのであった――。


 ■


 重厚な両開きの扉を開錠し、敷き詰められた石床に足音を響かせる。永劫に途切れることのない炎のゆらめきに照らされた内部は薄暗くも、心を穏やかにさせる雰囲気を纏い、まるで寝間を彷彿とさせた。それもそのはず。ここは神王コスモスが数百年休む際に使用していた寝室なのだから。

 以前、ナナも失った神力を取り戻すために使用した。結果として[[rb:神力>ちから]]神力ちからは得たが記憶は戻らず、仲間の不安を煽るだけとなってしまった。それ以降は使用するどころか立ち入ることもない。

「カオスの記憶通りなら、このどこかに『エターナルスター』があるってことだよね」

 祭壇の前で脚を止めたナナは周囲に視線を向ける。ベータも同様に不可思議な点がないか探す。

「スターって付くぐらいだから星の形をしているんだよな」

「いや惑星プラネットの可能性もあるよ。地上から見たら星に変わりないし」

「そう言われるとますます分からなくなるな……」

 ナナの反応から見るに、それらしき気配を感じてはいない様子。元よりこの地に溢れている魔力とも神力とも言い難い力が、障害となっているかもしれないが。

 頼れるのは、入口を潜り抜けてからこれまでずっと、スクリーンで『エターナルスター』の在処を捜索しているクレアだけだ。

「どうだ?」

「なかなか見つからないわね。もしかしたら、なにかアクションを起こさないと現れない仕組みかもしれないわ」

「戦えってことだね!」

『そのアクションじゃない』。目線で訴えるベータとクレアに、ナナは口をつぐむ。

「……ごめんなさい」

「聖殿をぶっ壊したら元も子もないだろ」

「肝心の物が壊れたらどうしてくれるの」

「だからごめんってば‼︎」

 う〜っと涙目になるナナはさておき、クレアは顎に触れる。

「そうね……例えばだけど、そこの祭壇に横たわってみたらどうかしら」

「祭壇に?」

 ここが神王コスモスの寝室であるならば、祭壇は寝台。長方形の石塊だが寝心地はそれほど悪くない……らしい。

「でもそれ、大丈夫か?」

「数分程度なら大丈夫よ」

 なおも不安げに眉をひそめるベータを、ナナは軽く笑い飛ばした。

「ちょっとだけだから大丈夫だよ。なにかあったらすぐ起こしてくれるでしょう?」

「……お前が言うならそうする」

 ベータの言葉にナナは微笑みで返す。少しばかりの恐怖を滲ませて。

「……よしっ、じゃあ寝てみるね!」

 クレアとベータに見守られながら、ナナは祭壇に横たわる。

 数秒後。すぅと意識が落ちたのを確認した2人は、ナナから目線を逸らさずに言葉を交わす。

「十分したら無理矢理にでも起こすわよ。それ以上は危険だわ」

「なにも収穫がなくてもか?」

「ワタシには関係ないわよ。昔の彼女なんて。ワタシが好きなのはあの子なのだから」

 アナタもでしょう? と顔を覗き込むクレアを一瞥。

「ああ……そうだな」


 ■


 ゆめを見た。

 地平線の彼方まで真っ暗闇で、私だけが光に照らされている空間に誰かが立っている。

 灰色の髪に菖蒲色あやめいろの瞳。会った覚えのない少年が、私になにかを叫んでいるように見えた。

 なにを言っているかまではわからないが、流れ込む私の感情は『拒絶』。

 嫌だと。やめてくれと。聞きたくないと。心の奥底をぐちゃぐちゃに掻き乱されているようだ。

 その理由までは分からない。

 ゆめの終わりが近づく。

 目の前が白む。

 まるで天から垂れる糸に引っ張られるように、意識が浮上する。

 最後に私は、神王わたしの声を聞いた。



「――ナナッ‼︎」

「っ⁉︎」

 バチッと弾かれて覚醒したナナに、必死で呼び続けていたベータは安堵したように微笑む。

「良かっ……ふ、フン。命拾いしたな。あと少し遅ければ叩き起こすところだった」

「アンタの悪いところはそこよ」

 クレアはナナの視線とは反対側を指で示す。

「ナナ。あれが『エターナルスター』なのかしら」

「えっ?」

 ナナは振り向いた瞬間、その眩さに目を細める。

 やがて目も慣れると、神々しい光を放つ正体が星の形をした『なにか』であることが分かる。

 星を構成するひとつひとつの色が異なる『それ』に、祭壇から立ち上がったナナが手を伸ばす――。


 ――刹那。視界を遮るほどの極光が放たれる。

 反射的に顔を腕で覆い隠した一同の耳に、『カラン』と落下音が届く。

 困惑する一同が目にしたのは、虹色の要の部分だけとなった星の姿であった。


 ■


「ご機嫌ようカオス様」

 ナナ達3人が『ネフェロマ聖殿』へ出発した頃。基地の廻廊でカオスは、【コスモス軍】に所属するケイスに声をかけられた。かつては自軍の軍師だった男は黒衣を揺らし、恭しく頭を垂れる。

 そんなケイスにカオスは嫌悪するわけでもなく、至って平然とした態度で言葉を交わす。

「久しいな。たまには私のほうにも顔を出してはくれないか」

「お戯れも程々にしてくださいよ〜。僕は裏切り者ですよ?」

「だがディス息子とは度々顔を合わせているのだろう?」

 カオスの一人息子であり、【カオス軍】リーダーを務める『ディス』とケイスは言わば『幼馴染』。ケイスが軍を抜けて以降も交流を続けている数少ない本性を知る人物だ。

「取引しているだけですって」

「そうか」

 物言いたげな表情を浮かべるケイスに目尻を下げるカオスであったが、不意に目を細める。

「してケイス。先の話、最後まで聞いていたな」

 纏う雰囲気がガラリと変化したのに合わせ、ケイスも気を引き締める。

「聞かせてもらってましたよ。行儀が悪いのは認めますが」

 カオスがナナらに『エターナルスター』の話をしている最中、ケイスは会議室の扉越しに聞き耳を立てていた。世間話をしていたなら早々に立ち去るつもりであったが、自分に有益な話になると考えたのだ。

「お説教ならご遠慮しますよ」

「そうではない。実は、あの話には続きがあってな」

 ケイスは真っ先にカオスを訝しむ。

 だが余計な口は挟まず、カオスの言葉に耳を傾けた。

「コスモスは言っていた。『エターナルスター』は“願いを叶える代物”だと。それがどのような意味を持つかまでは知らんが、相当な力を秘めていることに違いない」

 神王と呼ばれるコスモス彼女は、強大な力を誇りながら、自身の力を宿す代物は作っていないと思われていた。だからこそナナは、力を取り戻すのにアテもない宇宙を彷徨う羽目になった。

 しかしながら、もしも『エターナルスター』の力を取り入れることが出来たなら……。

 自らの考えを見透かされたケイスは臆せず、堂々と野望を明かす。

「たしかに僕は利用しようと考えていましたよ、さっきまでは。でも今頃ナナ達が見つけていることでしょうし、無理ゲーですね」

「それはないな。彼女らが今、手にすることはできない」

 ケイスの顔から笑みが消える。

「……どういうことですか?」

「『エターナルスター』は7つに分裂し、各異世界に散らばるらしい。コスモスが課した試練といった具合にな」

 であれば、現在『ネフェロマ聖殿』に向かっている3人は一度基地に引き返してくるだろう。

 「私は戻るぞ」と踵を返したカオスを、ケイスは引き留める。

「なんだ」

「……もう直球に聞きますけど、どうして僕にだけ話したんですか」

 ケイスが【カオス軍】を離脱したのは到底周囲を納得させるような理由ではない。身勝手な欲望に従った自分は、裏切り者と罵られてもおかしくはない。

 まさか自分を利用するつもりなのかと怪しんでしまう。

 悶々と思案するケイスを、カオスは一笑に付す。

「お前は私に利用されるほど愚かではないだろう」

 なら一体なんだというのだ。

 追求すべきか見極めるケイスに、カオスは包み隠さず打ち明ける。

「私はな、ケイス。お前が私を超えるのを望んでいる」

「?」

「お前は私が知る中で、最も変化を遂げている。いつか私の力を……終王ついおうの名を奪われる日が来るだろう。そのときが楽しみなのだ」

 蕩けるような甘い微笑みに、心臓が早鐘を打つ。

「私は待っているとしよう。お前が上り詰めてくることを」

 その言葉を最後に、カオスは自軍の拠点へと帰っていく。


 力を奪われることが楽しみだと?

 自分は力を得るために多くのものを犠牲にしてきた。

 それを他人に譲るぐらいなら、死んだほうがまだマシだ。

 神様力を持つ者の考えることは全くもって理解し難い。


「……勝手なこと言って」

 ひとり廻廊に佇むケイスの耳に、喧騒の声が響く。どうやらナナ達が帰ってきたようだ。

 顔を上げたケイスは偽りいつもの笑みを浮かべ、ローブを翻し廻廊を進んだのだった。

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